大きなうねり(1)

「ハイみんな朝だよー、起きなー!!」


 元気の良い女性兵士の声がテント内に響いた。寝ていた者達がモゾモゾと起き出す。テントにお邪魔していた私も目覚めた。今日も一日が始まるのだ。

 朝食用に配られた水と乾パン。コップの水をちょっぴりフェイスタオルに湿らせて顔を拭いた。すっかり仲良くなったミラとマリナも同じようにしていた。


「いい加減シャワーを浴びたいよね」

「ホント、こんな汚い身体じゃ気になる人の傍に行けやしない」


 マリナらしい感想だが今の私には気持ちが解った。ルパートと言う名の厄介なイケメンに積極的アプローチを受けているからだ。

 彼に密着される度、ドキドキと同時に「私臭くない!?」というヒヤヒヤ感に襲われる。相手もお風呂に入れていないのだから条件は一緒なんだけどね、それでも女としてはいい匂いと思われたいって言うか……。いやいやいや、ルパートに何で気を遣ってんの私。


「そう言えば、マシュー中隊長もかなりカッコイイよね。マリナは彼をどう思う?」


 私は昨日気になったことを尋ねてみたのだが、


「マシュー中隊長? 無理無理無理無理無理!!」

「あ~、中隊長は無理でしょうよ」


 マリナにもミラにも光の速度で否定された。何故? にゅっと影から伸びてくる怖い手のせいかな?

 しかしマリナの回答は意外なものだった。


「流石に貴族様には迫られないわよ」

「へ? 貴族? マシュー中隊長は貴族なの!?」


 実力主義の聖騎士。勝手に全員庶民から成り上がった人達だと思い込んでいた。でもそうか、貴族の中にも魔法と剣、両方の資質を持つ人は居るよね。


「貴族の中では一番下の男爵家だけれど、それでも私達庶民からしたら雲の上の人よ」


 そのお貴族様、昨日しれっと夕食の輪に加わっていたけどね。


「そっか、気さくな方だから貴族だなんて思わなかったよ」

「性格は良さそうよね。お顔も。こちらから迫るのは不敬に当たっちゃうけど、向こうから声を掛けて頂けたらウェルカムだわ」


 あ、それならいいのね。

 私達三人は恋バナに花を咲かせつつ、テント撤去や馬車への荷積みといった必要な作業をこなした。

 そろそろ冒険者ギルドのみんなの元へ戻ろうかと考えていた頃、後方でどよめきが起きた。


「師団長、中隊長、おはようございます!」


 大きな、しかし興奮で少し裏返った声が上がった。見ると白銀の鎧を装着したルービックとマシューが存在感たっぷりに佇んでいた。絵になるな。彼らの後ろにはエンとマキアも居たのだが、こちらは女性兵士スペースに足を踏み入れて居心地が悪そうだ。

 いったい朝からどうしたんだろう?


「そこに居たかロックウィーナ。我々に同行してくれ」


 師団長から名指しをされて動揺する私に、マシューが柔らかい笑みを浮かべて説明した。


「エンの希望だよ。目覚めたユーリにこれから面会してもらうんだけど、エンはキミにも一緒に来て欲しいんだそうだ」

「えっ……」


 返事も聞かずに聖騎士達はとある方向へ歩き出した。私は慌ててエンとマキアに加わって聖騎士の後を追った。

 緊張した面持ちのエンが私に一礼した。


「すまない。情けないことだがユーリと冷静に話せる自信が無いんだ。おまえとマキアが付いていてくれると心強い……」


 ええっ!? バディのマキアはともかく、私も同席していいの?

 マキアが軽く私の肩に手を触れた。ああ駄目だよマキア。今の私は臭くて汚いの。


「エンのお願い聞いてやって。コイツが人を頼るなんて滅多に無いことなんだ」

「私は構わないけどさ、ユーリさんが嫌がると思うよ? だって私、一昨日に一発、昨日二発の合計三発の蹴りを彼に叩き込んでいるんだよ?」


 私は本気で心配したのだが、コフッと前方を歩くルービックが噴いた音がした。本当にこの人は笑いの沸点が低い。


「大丈夫。ユーリは能力の高い者こそ認める傾向にある。所属する組織の違いによって敵対しているが、個人的におまえのことは評価しているはずだ」


 本当に? かかと落とし食らわせた後、ユーリは白目いていたけど。自分に白目を剝かせた相手を好意的に見てくれるかな?

 不安いっぱいの私が案内されたのは兵団が使用している馬車の一つだった。荷馬車ではなく、扉がしっかり閉まるタイプだ。馬は繋がれておらず御者も今は居ない。五人の兵士が馬車を囲んで見張りに立っていた。

 マシューが扉を開けたので中が覗けた。手足を拘束されたユーリが、二人の兵士の補助を受けて食事をしているところだった。一緒に捕らえたもう一人のアンダー・ドラゴン構成員の姿は無い。結託しないように別々の場所に離されたのだろう。


「あれ~、まだ食べ終わってないの? 遅過ぎるだろ」

「すみません中隊長! コイツ水を口に含んだ途端に吐き出して、それから一切食べようとしないんです!」

「吐き出した……?」


 エンが眉をひそめた。


「何それハンストでも決め込んでんの? 食べとかないと体力が付かなくてユーリ、アンタ自身がつらい思いをするよ? この後み~っちりお話聞かせてもらうんだからね?」


 マシューの挑発をユーリは意志の強い瞳で跳ね返した。捕縛されても心は折れていないようだ。


「ありがとう、後は私達がやる。下がってくれ」


 師団長に言われて食事補助の兵士二人は馬車を降りた。入れ替わりに聖騎士二人が乗り込み、マシューに手招きされて私達ギルド三人組も馬車内へ入った。

 対面式の座席。ルービックとマシューが前の席にユーリを挟んで座り、後ろの席にマキア、エン、私の並びで座ることになった。


「………………」


 ユーリは真正面に座ったエンを静かな瞳で見た。しかし最後に馬車へ乗り込んだ私を見た時は、


「!…………」


 明らかに目を見開いた後にそっぽを向いた。気まずいですよね、私もです。


「ユーリ、体調はどうだ?」


 ルービック師団長がまず気遣いの言葉を掛けた。ユーリは答えなかった。


「沈黙はキミにとって不利となる。逆に協力的な姿勢を取ってくれるなら、我々もそれに出来得る限り報いよう」


 師団長としても協力者であるエンの義兄弟を拷問に掛けたくないのだろう。


「………………」


 唇を開こうとしないユーリ。ルービックはエンに視線を移した。


「エン。キミの方から言いたいこと、聞きたいことが有るなら口に出したまえ」

「はい」


 エンは機会を与えてくれた師団長に深く頭を下げてから、ユーリに改めて向き直った。そして聞いたのだ。


「ユーリ、食事に毒が入っていたのか?」

「!」

「!」

「!」

「!」


 説得の言葉が出てくると思っていた私達は度肝を抜かれた。毒!? 冷静なのは発言したエンと、尋ねられたユーリの二名だけだった。

 座席の隅に残されていた、ほとんど手付かずの水と乾パンへ皆の視線が注がれた。エンが手を伸ばして水の入った木製のコップを取った。


「エン、おい!?」


 迷わずコップに口を付けたエンをマキアが両手で止めた。


「大丈夫、舐めただけだ」


 エンは相棒を安心させた後、唾液と一緒に舐めた水をペッと手拭てぬぐいへ吐き出した。


「この水、毒が入っています」


 宣言されて私達は血の気が引いた。


「謀略の世界の住人である俺達は、幼い頃からありとあらゆる毒の知識を頭と身体に叩きこまれています。少量ずつ口に含んでは吐き出すことを繰り返してきました。他の物に混ぜられても、匂いと味に気づけるように」


 エンは淡々と凄く恐ろしいことを語った。

 え、でもどうしてユーリの水に毒? 考えをまとめて頭を整理しようとしていたのに、すぐ脇の扉をドンドンドンドン!と乱暴に叩かれて私は飛び上がりそうに驚いた。


「何事か!」


 私の対面に座るマシューが馬車の扉を開けて、走ってきたのか慌てた様子の兵士に尋ねた。


「大変です! 他の馬車に乗せていたもう一人の捕虜が、食事の途中に血を吐いて死亡しました!!」

「死んだ!?」


 マシューは奥の席のルービックを振り返った。師団長はよく通る声で伝えに来た兵士へ指示を出した。


「エドガー連隊長と軍医を向かわせて死因を調べさせろ」

「はっ!」


 兵士が走り去った後、マシューは再び馬車の扉を閉めた。いつもの愛嬌が消えて、厳しい表情となった彼は低い声で呟いた。


「どういうことだ……?」


 答えたのはエンだった。


「口封じです。ユーリ達が情報を吐かないように、尋問を受ける前に殺害しようとしたんです」

「なっ……。このキャンプの中にアンダー・ドラゴンの奴らが紛れているのか!?」

「いいえ」


 エンは感情を込めず状況を説明した。


「アンドラの人間なら、兵団が使っている水瓶にそのまま毒を仕込みます」


 想像して背筋が寒くなった。もしそれをやられていたら、朝食を摂った大勢の兵士が命を落としていた。私だって。


「毒を仕込んだ人間は、ピンポイントで捕虜二人を狙ったということか?」

「そうです」

「アンダー・ドラゴンの人間が犯人でないのなら……まさか…………」


 エンは頷いた。


「残念ながら犯人は兵団側の人間です」

「馬鹿な! どうして王国兵士が……。そんな!!」


 激昂するマシュー。ルービックは静かに怒っていた。


「……アンダー・ドラゴンと通じていた兵士が居たということだな?」


 恐ろしい事実を聞かされた私は声を上げそうになったが、手で口元を押さえてこらえた。


「おそらくはそうです。一昨日の晩に師団長を暗殺しに来たユーリ達は、その内通者によって手引きされたのでしょう。そしてそれを暴露されることを恐れ、捕らえられたユーリ達を内通者は消そうとしたんです。服毒自殺したように見せかけて」


 エンはユーリをじっと見た。


「アンドラも内通者も、おまえを切り捨てようとしたんだ。組織の為に身体と命を張ったおまえを」


 このエンの言葉には感情が込められていた。本拠地で首領達を逃がそうと、たった独りで時間稼ぎをしたユーリの姿が私の脳裏にも蘇った。

 つらそうなエン。大切な義兄弟を捨て石にされたのだから当然だ。

 ユーリはそんなエンに応じようとしたのだろうか、今日初めて口を開いた。


「それが……忍びの末路なんだ…………」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る