西へ駆けろ!(1)

 日付は変わったが陽がまだ昇っていない午前4時。暗い中で準備を整えた王国兵団第七師団と私達冒険者ギルドのメンバーは、アンダー・ドラゴンの本拠地へ向けて急ぎ出発した。

 本拠地の方角は国の西側、国境近くだ。日が暮れる前に目的地へ何とかして着いておきたい。アンダー・ドラゴンの構成員を逃がさないことも大事だが、暗い中で敵の陣地へ踏み込めば危険が増え、無駄な犠牲を払うことになるだろう。戦うなら明るい内だ。


 揺れる馬車の中で、私の隣に腰掛けていたリーベルトがギュッと腕を組んできた。昨晩、暗殺者相手に大立ち回りを演じてしまった私。一晩経った今も彼はまだ心配してくれているようだ。

 リリアナではなくリーベルトと称したのは、今日の彼が化粧も女装もしていない青年姿だからだ。


「時間が無くてメイクできなかったみたいだね。私もすっぴんだけどさ」

「いえ。ヒラヒラした服では戦いにくいので女装をやめたんです」

「でもそれだと、あなたがシュターク商会の御曹司だとバレちゃうかもだよ?」

「いいんです。お姉様を護ることが最優先です」


 キッパリと言い切ったリーベルト。完全に男性の見た目となった彼に密着されるのはドキドキした。ギルドで何度も抱き付かれていたが、その時はおっぱいの詰め物がワンクッションとなっていたので気にならなかった。女性だと信じていたし。


 アスリーは普段通りだったが、マキアが険しい表情で暗い窓の外を眺めて……と言うより睨んでいた。「おはよう」の一言以外は無言だった。

 私は馬車メンバーの最後の一人、エンに気になっていたことを尋ねた。


「ねぇエン、ユーリさんはアンドラ本拠地へ戻ったと思う?」


 聞きにくかったが大切なことだ。私達によって退けられたユーリは今どうしているのか。エンは表情を変えずに答えた。


「戻っただろうな。首領に即時の逃亡を勧める為に」

「財宝を諦めて首領はさっさと国外へ逃げるかな?」

「判らない。俺は首領の人となりを知らない」


 そっか。前の周回で首領に会った記憶を持っているのは私だけなんだ。私は首領のことを思い返してみたのだが……、物欲が強いかどうかまでは判らなかった。

 ただ一つ言えるのは、残忍な人物だということだ。

 喋り方は明るく社交的なようだったが、潰されたアジトの報復に自ら乗り込んできたところから見て好戦的な性格なのだろう。そして遺体となったエンを足蹴にした男。


 前の周回での嫌な記憶を思い出して、顔を強張こわばらせた私にエンが謝罪をした。


「俺とユーリとのことに巻き込んでしまってすまない」

「それは気にしなくていい。私は討伐隊メンバーとしての仕事をしただけだから」


 そういえば。エンはユーリをどうするつもりなんだろう?

 私はユーリを取り逃したことをミスだと思ったけれど、もし捕らえていたらユーリは王国兵団に引き渡された。そして拷問に近い尋問を受けることになっていただろう。情報を吐いた後は投獄だ。最悪、死刑も有り得る。


(ユーリを生かす為には捕まえちゃ駄目なんじゃない?)


 エンの考えを確認したかったが馬車内ではできない。マキアはともかくリーベルトとアスリーが居る。ユーリはルービック師団長の暗殺未遂犯だ。彼を助ける方法を議論するのはマズイだろう。


(次の休憩がチャンスかな)


 私は馬車内で仲間達と他愛ない会話をしながら、エンと内緒話ができるタイミングを計っていた。



☆☆☆



 三時間後、待ちに待った休憩時間が与えられたが十五分と短かった。私は停まった馬車から飛び降りて女性兵士エリアまで走り、速攻でトイレを済ませた。

 それからエンと話をする為に彼を捜したかったのだが、ぎゃー、立って用足し中の男性兵士がそこかしこに居てあまりキョロキョロできなかった。休憩時間が短いもんね。集中するよね。この中から運良くエンを見つけられても、彼も最中だったらどうしよう。


(あぁもう時間が無い。本拠地に着くまでにユーリさんのことを相談しておきたいのに……!)


 立ちション兵士を背景にして私が頭を悩ませていると、誰かが横から腕を引っ張った。


「ロックウィーナ、こっち」


 マキアだった。昇った陽の下で燃えるような赤髪がキラキラと美しかった。


「こっちからなら見えないように歩いて、馬車まで行けそうだよ」


 マキアは小便兵士オブジェから私を遠ざけてくれた。私が男性の排泄姿を見て、羞恥心で立ち尽くしていると勘違いしたらしい。ああうん、ありがたいんだけど今はエンを捜さないと。


「マキア、エンを見なかった?」


 私の質問にマキアは眉間にしわを寄せた。彼にしては珍しい表情だ。


「……エンに会って、どうする気?」

「ちょっとね、話しておきたいことが有って」

「ユーリさんのこと?」


 鋭い。彼も以前エンからユーリのことを聞かされていたからか、結論に到達するのが早かった。


「ユーリさんを助ける為にどうすればいいか、エンと相談しようとしているの?」

「あ、うん……」

「やめろ」


 マキアに低い声で言われて、私は思わずビクッと肩を揺らしてしまった。


「キミはもう手を引け。ユーリさんのことは、俺とエンが何とかする」


 アルクナイトにワンコのようだと揶揄やゆされた愛嬌がマキアから消えていた。意志の強い男の目をしていた。


「いいね? この話はこれで終わりだ」

「嫌よ。私は引かない」

「何で!」


 私の腕を掴むマキアの手に力が込められた。痛い程に強い。筋肉量はエリアス達に遠く及ばないが、マキアもまた男性なのだ。


「解ってないだろ? ロックウィーナ、キミは昨日の夜に死にかけたんだ。エンより強いユーリさんが逃げたのは幸運だったんだ」


 似たようなことをエリアスとルパートにも言われたな。みんなに心配をさせたことを一度は反省した。

 でもさ、やっぱり納得できないよ。どうして私だけ危険を免除されるの? 女だから?


「キミは確かに強い。でも勤務年数は長くても実戦経験はほとんど無いって、ルパート先輩と出動した時に彼から聞いたよ。無理をさせないでやってくれって」


 ルパート……。そんなことを根回ししていたんだ。彼は私に過保護すぎる。 


「だから、キミはキース先輩と一緒に後方支援に回るんだ」

「嫌」

「だから何で!」

「前の周回で……その状況だったから」


 私は顔を伏せた。


「キース先輩と私は安全な場所で待機して、あなたとエンの二人だけでアジトの裏口へ向かって……、それで…………」


 マキアの息を呑む音が聞こえた。


「もうあれを繰り返したくない。エンを殺させない。あなたを……自爆させない」


 見送った二人の背中。何もできなかった無力な私。変えてやると決意して過去へジャンプした。決意だけじゃない、以前よりもハードなトレーニングを課して日々励んでいる。

 顔を上げてマキアを見た。


「私は変わる為にここに居るの。もう護られているだけじゃない」

「!…………」


 マキアはひるまず、より険しい目つきとなって私を見据えた。


「キミの決心は立派だよ。それでも引くんだ。キミが嫌がってもみんなはキミを護ろうとするだろう。キミを死なせたくないんだ」

「それは私だって同じだよ。仲間を死なせたくない」

「ロックウィーナ」

「私とあなたとどう違うの? 性別? 男のあなたは死んでもいいの?」

「………………」


 マキアは唇を噛んだ。私を説得できずに苛ついているのだ。


「私とちゃんと向き合って、マキア」

「向き合ってるよ」

「向き合ってない。私を仲間ではなく保護対象者として見てる」

「それは……」

「私が足手まといにしかならないんなら諦めるよ。でも私だって七年間訓練を積んできたんだよ?」

「実戦経験はほとんど無いんだろ?」

「ええ。フィールドではルパート先輩が全ての危険を取り除いてくれたからね。まるで子供に接する親のように。今のあなたと同じように」

「……………………」


 マキアは言葉を失った。ただ訴えるような哀しそうな瞳で私を見ていた。彼を責めたい訳じゃない。

 私は一度深呼吸をして言葉の棘を消した。


「……前にどっかの馬鹿魔王がさ、独りで魔物の軍勢と戦いに行ったことが有るじゃない? みんなで馬鹿の後を追い掛けたね」

「え、ああ」

「その時マキアが私の鞭に火魔法を付加してくれたんだよね。覚えてる?」

「うん。攻撃力が上がればいいと思って」

「あれ助かったよ。魔物を一気に数体倒せたからね。力を合わせると凄いんだね!」

「ロックウィーナ……?」


 私はマキアへ微笑んだ。


「私独りの力じゃ大したことはできない、そのくらい解ってる。頼りなく思われるのも」

「………………」

「だから、力を貸して下さい。私が独りで突っ走らないように傍に居て」

「傍に……」

「ユーリさんのことで暴走しないって約束する。私はあなたやエンの仲間に入れて欲しいだけなの」

「……………………」


 マキアはしばらく私をじっと見ていた。それから柔らかく笑った。


「キミは頑固だ」

「ガッチガッチだよ。自覚してる」


 笑い合う私達の耳にピイーーッと高い笛の音が届いた。


「ヤバッ、休憩時間終了だ。急いで馬車へ戻らないと」

「ロックウィーナ、昼休憩なら流石に少しは時間が多く取られるはずだ。その時にエンとユーリさんのことを話そう」

「……うん!」


 私はマキアに手を引かれて走った。腕ではなく、手を繋がれて。

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