暗闇の中の義兄弟(2)

「どうした?」


 自分の持ち場を離れて傍に寄ってきた私を、エンはいぶかしげに見た。


「兵士と思えない人達がこの闇の中に居る」

「……何処だ?」

「北西を移動中。黒衣を着用。人数ははっきりしないけど四、五人」


 報告は端的に。ルパートに仕込まれた。


「夜に目立たないような黒い服か。なるほど怪しいな。俺が様子を見てくるからアンタはここに残って……」

「駄目だよ」


 私はエンの言葉にかぶせて、我らが冒険者ギルドの鉄則を唱えた。


「危険を伴う行動を起こす際は、必ず二人以上で臨むこと」

「…………。だがそれでは、テントを見張る者が居なくなる」

「ほっほっほ。わたくしが代わりに見張りに立ちましょう」

「!」


 不意に登場したのはリリアナの執事を務めるアスリーだった。完全に気配を消して後ろに立たれたので、私は驚いて悲鳴を上げそうになった。対してエンは平常心を保っていた。


「アスリーさんの申し出はありがたいが、しかし……」

「早く行こう。不審者を見失うよ?」


 私は強引にエンの腕を引っ張った。


「……了解した。だがアンタは前に出るなよ?」


 はは。ルパートにいつも言われていることをエンにも言われちゃったよ。やっぱり私の戦闘能力は、一線で活躍してきた彼らと比べてまだまだ低いんだな。


 私達はできるだけ足音を消して謎の集団を追った。


(あれは……)


 二十メートルくらい先に高級そうなテントが張られていた。入口から少し離れた所にかがり火が焚かれて見張りが何人も立っている。きっと兵団の高官が使用しているテントだ。

 テントの手前に木がポツポツ生えて林を形成していて、その陰に潜む者達の輪郭が、揺れるかがり火の灯りによって微かに浮き上がっていた。


「エン、左前方に誰かが居る」


 私は小さな声で見えたものをエンに伝えた。


「……よくアレを見つけたな」


 私達も別の木に隠れて不審人物達を観察した。


「あのテントはルービック団長のものだ」

「じゃあ、賊らしいあの人達の狙いはルービックさん!?」

「おそらくは」


 何の為に? 考えをまとめる前にエンが慎重に歩を進めた。もっと近付こうというのだろう。私も彼の後に続いた。

 そして距離を半分ほど詰めた頃、私の戦士としての勘が恐ろしい気配を察知した。黒衣の一団から殺気が発せられたのだ。

 まさか……彼らの目的はルービック師団長の暗殺!?


「……っ」


 林から鋭い何かが見張りの兵士に向かって投げられた。炎に一瞬だけ照らされたソレは、見張りの兵士の喉元に正確に刺さり、一気に三人が声も立てずにその場に倒れた。


「なっ、何だぁ!?」


 味方が一瞬の内に殺されてしまい、残りの兵士達は状況把握ができないながらも武器を構えた。その瞬間、林から五人の黒衣の男達がtテントヘ向かって飛び出していった。

 斬り合い……にはならなかった。動揺してしまった兵士達はあっさりと、黒衣の集団に身体を切り刻まれて次々に倒されたのだった。


(大変! このままじゃいずれテントの中の師団長も……)


 兵士達の加勢に向かおうとした私はエンに腕を掴まれた。


「行くな。目を閉じていろ!」


 エンはそう言ってふところから取り出した丸い物体を、戦場となったテント前へと投げ付けた。そして私を抱きかかえて護った。


 パンッ。


 乾いた音が響いて、まぶたを閉じているのに眩しい光が私の目を刺激した。


「ぎゃあっ!?」

「ぐあっ」


 向こうで男の声で悲鳴が上がった。エンが投げたのは目くらましに使う閃光弾だった。

 …………。

 眩しさが消えたので瞼を開けて見ると、私から離れたエンが、腰からクナイと呼ばれる東国の短刀を二本抜いて両手に装備し、黒衣の男達の元へ駆けているところだった。


「ぐほっ」


 視力を失った男達に勝ち目は無かった。彼らは自分達が兵士にしたように、今度はエンによってその身体を瞬時に切り伏せられた。


「チッ……」


 黒衣の男四人が大地に沈んだものの、残る一人は咄嗟に目をつむったようでエンが見えていた。それでも不意打ちした閃光弾のダメージが多少残っているようで攻めてこなかった。エンもまた、慎重に相手との間合いを測っていた。


「コイツらは本物の忍びではないな」


 エンが男に語り掛けた。男が答えた。


「ああ、素質の有る者を半年間訓練した。それでそこそこ使えるようになったんだが……、おまえの腕には到底及ばなかったようだ」

「残念だったな」


 まるで旧知の仲のような話しぶりだ。私はゆっくりと二人へ向かって前進した。


(え、アレって……)


 近付くことによって黒衣の男の風貌がようやく掴めた。エンとよく似た覆面をした男。そして彼の両手にはエンと同じクナイが握られていた。

 私はこの男を知っていた。タイムループに囚われた前の周回で会っていたのだ。


(嘘、でしょ……)


 忘れることなどできない、目の前に居るエンの仇。


「ユーリ」


 その名をエンは呼んだ。彼と義兄弟の誓いを立てたかつての同胞の名を。

 何てことだ。彼とこんな所で再会を果たしてしまうなんて!


「おまえはここで何をしている?」

「………………」


 答えなかったユーリに尚もエンは質問をした。


「アンダー・ドラゴン首領の側近の座は、そんなにも居心地がいいのか?」


 僅かにユーリの眉が動いた。


「……どこまで掴んでいる?」

「さぁな」


 二人の間に存在するのは緊迫した空気のみ。エンはユーリを求めて国を捨て、はるばるこの地までやってきたというのに。

 その時。テントから武器を手にした三人の兵士が姿を現した。ルービック師団長も居る。

 一瞬そちらへ目を移してしまったエンに、ユーリが迷わず襲い掛かった。


「くっ……」


 出遅れたエンはユーリが繰り出す連撃に防戦一方となった。双剣で互いに打ち合うが押され気味だったエンは、ついには左手のクナイを弾き飛ばされてしまった。

 仕方無く右手一本で挑むが分が悪かった。ユーリの双剣によって少しずつエンの肉がけずられていった。

 これが忍びと言うものなのか。ユーリに容赦は無い。弟であったエンの肉と共に命もがれていく。きっと前の周回でもそうだったのだろう。この速さ、魔術師のマキアでは対応できなかったのだ。そして悲しい結果となった。


 しかしこの時間軸にはエンの味方がもう一人居る。私だ。


 パアンッ。


 深夜の草原に鞭がしなる。弧を描いた鞭をユーリが後方ジャンプでかわした。鞭を握り全速力で接近した私を、ユーリはクナイを構えて余裕を持って迎える。


「ロックウィーナ!」

「いけない!」


 エンとルービック師団長の声が重なった。私は鞭を…………ユーリに力いっぱい投げ付けた。


「!?」


 まさか武器を自ら手放すとは予想していなかったでしょう? はっははーん。

 ユーリに一瞬の隙ができた。それで充分だった。

 私はクナイに刺されないようスライディングの姿勢で足払いを掛けた。クリーンヒットではなかったが、ユーリの爪先を私の脚が刈り取り、彼は体勢を崩した。

 飛び起きた私は、ユーリの目を狙って裏拳を放った。これは牽制の軽いジャブだ。目と鼻は急所でありながら達人であっても鍛えようがないので、生物はここを攻められると反射的に目を閉じてしまう。

 ユーリもそうなった。


(今だ!)


 私はユーリの鳩尾みぞおち目掛けて半回し蹴りを叩き込んだ。


「くはっ」


 小さく呻いて、ユーリは後方の樹の陰へ派手に吹っ飛んでいった。

 ……あれ? 流石に数メートル飛ばす程の威力は無いはずだけど? それに蹴りは入ったけど脚に伝わる手ごたえが少なかった気がした。

 私は追撃しようとユーリを追ったが、彼の姿は何処にも見当たらなかった。闇に溶けたかのように。


「あれ? あれあれあれ?」


 頭をあちこち動かしてユーリを捜す私の横にエンが並んだ。


「……逃げられたか」

「………………」


 鳩尾部分には内臓を護る骨が無い。訓練した人間の攻撃がまともに入っていれば、相手は確実にしばらく動けなくなっていた。ユーリは蹴られる直前に後方へ飛び退いて、ダメージを軽減させることに成功していたのだろう。そしてまんまと逃げられてしまったのだ。


「ごめんなさい。取り逃がしちゃいけない相手だったのに」

「それについてはいい。だが……」

「! えええエン、傷の手当をしなくちゃ!!」


 至近距離で見た彼は身体中血塗ちまみれだった。致命傷は負っていないようだが、放置していい怪我具合では到底ない。


「そこで待ってて、すぐにキース先輩を呼んでくる!」

「私に任せろ」


 この声は……。振り返った私達のすぐ後ろにルービック師団長が佇んでいた。突然の敵襲だったので腰の剣だけで白銀の鎧は身に着けていない。

 師団長はエンの身体に手をかざした。


「慈愛の神よ生命の女神よ、この者に祝福の息吹を与えたまえ」


 無数に発生した小さな光の粒がエンの身体を包み、彼の傷付いた皮膚を修復していった。聖騎士は魔法を使える騎士だと聞いたが、ルービック師団長は回復魔法の使い手だったんだな。

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