合宿中は恋のフラグが乱立する!?(5)

 ルパートと二人で人混みを避けるように、かなり遠回りをしてテクテク歩いた。それでも十分もしたらギルドの馬車が見えてきた。

 もう他のみんなは乗り込んでいるのだろうか? 私も合流しないと。


「それでは私はここで。自分の馬車へ戻りますね」


 ところが名残惜しそうに、ルパートが繋いだ手を放してくれない。


「……昼休憩の時にまた会えるよな?」

「は、はい。夜はまた女性兵士のテントへお邪魔しますが」

「そうか。じゃあまた昼にな」


 反則級の爽やか笑顔を私へ向けてから、ルパートはようやく手を解放してくれた。これではまるで付き合い始めのカップルのようだ。そんなことは全然無いのだけれど。


「おはよ、ロックウィーナ。何かイイことでも有ったん?」


 馬車へ乗り込んだ私へ開口一番、マキアがよく解らない挨拶を投げ掛けてきた。


「へ? 何で?」

「顔、めっちゃニヤけてるよ」

「!」


 私は思わず両手で頬を押さえた。……ニヤけてた? 自覚が無かったけど私は笑っていたの? ずっと? ルパートの前でも!?


「違ーーーーう!!!!」

「うおっ!」

「きゃあ!?」


 うっかり大声を出してしまい、マキアとリリアナが身構えた。エンと執事のアスリーは普段通りだ。殺気を感知しない限りは動揺しなさそうな二人だ。


「……驚かせてゴメン。でも特にイイことは無かったから。断じて違うから」

「そ、そう?」


 明らかに引いているマキアを横目に、私も馬車の座席に腰掛けた。

 ふう。なんてこったよ。気が緩み過ぎだ。ルパートと距離が縮まったことを喜んでいるみたいじゃないの。

 そんなことは有り得ない。昔と違って今の私は彼に恋をしていない。


(でもルパート……、私とキスできて嬉しかったって)


「うっきゃああぁぁ!!!!」

「何だぁ!?」


 また大声を、と言うより派手に叫んでしまった。ルパートと交わしたキスを鮮明に思い出してしまったよ。顔から火がでる程に恥ずかしいぃ。

 リリアナが私の顔をジッと見つめた。


「お姉様……何か有りましたね?」

「ひぇ!? な、何も無いよ?」

「嘘。私の目をちゃんと見て下さい」


 逆に視線を逸らしてしまった私。リリアナは形良く整えた眉を跳ね上げて舌打ちをした。


「誰かが抜け駆けをして、お姉様にアプローチしたのね!」


 ギクッ。


「誰が!? まさかお子様のアナタ達じゃないですよねぇ?」


 不機嫌になった受付嬢はマキアとエンを睨みつけた。


「お子様って……。キミの方が年下じゃん」


 マキアはリリアナの迫力にタジタジだったが、


「アプローチの機会が有るとすると、昨日の夕食後からさっき馬車に乗り込むまでの間だな」


 エンはしれっと推理モードに入っていた。そう言えば彼は犯人捜しが得意だったな。彼が今日も本を開いているので私は尋ねた。


「エン……。よく読書しているけど、好きなジャンルは?」

「推理小説だ」


 やっぱり。

 リリアナが腕組みをした。大きなおっぱい(詰め物)が腕に挟まれて強調された。


「夕食後か……。けっこう皆さん、テントを出たり入ったりしてましたよねぇ」

「全員の退出時間を表にしてみよう。行動目的と照らし合わせて、空白期間が多かった者が第一の容疑者だ」


 嫌ぁ。忍者が本格的に犯人捜しをしているよ! ルパートが犯人だと特定されたらリリアナに撃たれるかも!


「いいじゃんよ、誰でも」


 しかしここでマキアのストップが入った。


「ロックウィーナはもう立派な大人なんだ。誰とデートしたっていいじゃんか。外野が騒ぎ立てることじゃないよ」


 ま、マキア~~~~!!


「そ、それはそうですけどぉ……」

「……その通りだな。興味本位で騒いですまなかった、ロックウィーナ」


 追及者二名は確実にトーンダウンした。良かったぁ。

 救いの主となったマキアをチラリと窺うと、彼はリリアナやエンから見えないように私へウィンクした。意識して助けてくれたんだね、ありがとう。


「ほっほっほ、青春ですなぁ」


 アスリーの締めで私のデート相手推理大会が終わった。25歳の私が青春時代だと主張しても良いかどうかは疑問である。



☆☆☆



 昼休憩だ。隊は荒野で進軍を止めた。三時間ほど馬車で揺られて固まった身体をほぐしながら、ルパート達と合流して昼食を摂った。

 ルパートに会うのは緊張したが、他にもメンバーが居たので特に何も起こらなかった。良いのか悪いのか。


「小娘、俺に逢えなくて一日千秋の思いで過ごしているのだろう? 可哀想に」


 代わりに魔王が世迷言よまいごとを吐いてきたが華麗にスルーした。

 昼食後は女性兵士エリアでトイレを済ませた。本当、彼女達が居てくれて助かっている。


「あれ、マキア」


 馬車へ戻る途中でマキアと偶然に出会った。彼も用足しかと一瞬思ったが、男性ならわざわざ遠くへ行かなくても事足りるよね。


「ロックウィーナも散歩?」

「まぁね」


 私はトイレだったのだが話を合わせた。そうか、彼は散歩していたのね。


「座りっぱなしで腰が痛くなるよな。兵士さん達は馬に直接乗ったり、乗り心地が悪い荷馬車が大半だから俺らはまだ恵まれてるけど」

「だね。でも私も身体がキツイよ。思いっ切り訓練場で身体を動かしたいなぁ」

「はは、ロックウィーナは武闘派だもんな。あ、悪い意味で言ってるんじゃないから!」


 マキアは何故か慌て出した。


「……気を悪くしてない? 女の人は逞しいとか言われるの嫌がるからさ」

「ああ、そういう人も居るけど私には褒め言葉だよ。伊達に出動班に居ないって」

「あはは、キミはさっぱりしてるよね」

「そんなことないよ? 失恋を六年間も引きったもん」

「そうなの!? 最後はどうケリを付けた!?」

「文字通り蹴りで」


 私はその場で回し蹴りを披露した。


「うわ、スゲェ」


 前の周回でムーンサルトキックをルパートにかわされたのは悔しかった。安定しやすいサマーソルトにするべきだったか。その鬱憤を連絡係に叩き込んだからいいけどさ。


「やっぱキミはさっぱりしてるよ。俺とは違う」


 マキアは笑ったが、何となく自嘲めいていた。


「……マキア、どうかしたの?」

「うん……」


 マキアは立ち止まって目線を足元に落とした。


「俺は駄目なんだ。いっつもハッキリしない態度を取っちゃってる」

「そんなことは無いでしょう」


 マキアは快活な青年というイメージだ。


「ううん。今まで付き合った女のコ全員に言われた。あなたは本音で私と向き合っていないって」

「………………」

「昨日エンが言った通りなんだ。俺が迂闊うかつに相手を褒めてその気にさせて、それで付き合うことになるんだけどさ、いつも上手くいかない……」

「マキアは相手を、ちゃんと好きだった?」


 下向きのマキアはつらそうな表情をしていた。


「素敵なコだと思った。だから褒めた。でも告白された時は、まだ恋をする前だった」


 この点でマキアを責める気は無い。相手を知る為にお試しで交際を始めるカップルは大勢居る。


「付き合っていく内に、もっと好きになれると思ったんだ。実際にそうだったよ? 少しずつ気持ちは高まっていった。でもね、それでもね、相手との間に温度差が出ちゃうんだ」

「それはまぁ、そうだね。相手は大好きな状態でスタートしているのに、マキアはゆっくり好きになっていく訳だから。でもそれで怒るのは相手が悪くない?」

「いや、俺が悪いんだ。付き合う前に褒めてたからさ、向こうは俺も大好き状態でスタートしたと思ったんだよ。それが違った訳だから」


 ああ、そうか。


「マキアは誤解させたことに罪悪感を感じて、相手が望む恋人を演じていたんじゃない?」

「!…………」


 彼は唇を結んだ。図星か。これで「本音で向き合っていない」と繋がった。ただ相手に合わせていただけだったんだ。


「それは悪手だよ」

「うん……」


 マキアは更に項垂うなだれた。


「俺って、ホント最低。いい加減でダメダメなんだ」

「それは違う」

「違わないよ」

「違う。あなたは決死の覚悟で、私とキース先輩を助けてくれた。いい加減でも駄目でもない」

「え?」


 記憶の無いマキアは怪訝けげんそうに顔を上げた。しかしすぐに、私がかつて説明して聞かせたことを思い出した。


「……そうだった。俺は前の周回で自爆していたんだったね」

「ええ……」


 私は下げていた両手に握りこぶしを造った。私にとってはまだ十数日前のつらい記憶。目の前の友達が死んでしまったのだ。


「自爆するあなたは、凄く凄く熱かったと思う。離れていた私も空気に焼かれそうになった。あなたが道連れに掴んでいた連絡係の男は、半狂乱になって暴れていたもの。それでもあなたは呪文を唱え続けた」

「………………。きっと俺は自棄やけになってたんだよ。その前に連絡係から剣をぶっ刺されてたんだよね? だからさ、どうせ死ぬならって……」

「ううん、死ぬならもっと楽な方法が有ったはず。でもあなたは私達を逃がす為に、自爆することを選んだんだよ。熱かったろうに、苦しかったろうに……」

「ロックウィーナ!? 泣かないで」


 悔しさで涙がこぼれた。あの時何もできず、護られているだけだった私。


「あなたは最後にレンフォードって叫んだ。気持ちを最大限に高める為に。そしてあなたは……あなたは…………」


 言葉が詰まって出てこない。息が苦しい。マキアが私を抱きしめた。


「ごめん。もう自分を卑下しないよ。だからロックウィーナ、キミはそんな過去を思い出さないで」


 マキアの言葉も震えていた。記憶は無くても、彼は自分が焼かれる夢を見ていたと言っていた。


「マキア……」

「……うん?」

「もう、悪夢は見ていない…………?」

「大丈夫、大丈夫だよ。連絡係を捕らえた日から見てない」

「そっか。良かった……」

「………………」


 私を抱きしめるマキアの腕に力が込められ、私は彼の胸の中でしばし泣いた。

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