新三幕 ガロン荒野再び(1)

 朝だ。チュンチュンと小鳥のさえずりが聞こえた。それ以前に目覚めていたが。

 アルクナイトに自室のベッドを奪われた私は、ベッドメイクしたばかりの空き部屋で夜を明かすことになった。ところがどっこい、カーテンが付いていない東向きの部屋だったりしたので、昇りかけの朝日がとにかく眩しい。顔を照らされて嫌でも老人並みの早起きになる。

 明るくて二度寝できないしやることが無いので、5時半に目覚めていた私はとっとと自分の部屋に戻りたかった。それでも寝ている相手を起こすのは可哀想だと、気を遣って一時間以上待った。


 7時ちょい前。もういいよね?

 私は上着を上半身に引っ掛けて自室へ向かい、自分の部屋なのにノックをした。


「おう。誰だ?」

「その部屋の正当な持ち主」

「小娘か。入れ」


 偉そうな態度で入室を許可された。ツッコミたかったが倍になって返って来そうなのでやめた。

 ベッドの上に寝転がっていたアルクナイトは、読んでいた本から私へと視線を移し替えた。


「おはよう魔王様。起きてて良かった」

「とっくだ。4時には起きていた」

「えっ、そうだったの!?」


 遠慮せずさっさと来れば良かった!


「俺の朝は早い」


 奴は得意気だが早いにも程がある。流石は御年482歳のお爺ちゃん。


「じゃ、部屋交換ね。アンタは用意した空き部屋へ行って。忠告だけど、雑貨屋でカーテンをすぐ用意した方がいいよ」

「ここの食堂が開く時間は?」

「7時半」

「あと三十分有るな。それまで暇だから話し相手になれ」

「いやあの、朝の支度をしたいんだけど」

「すれば?」

「……ズバリ言うとね、着替えたいんだ」

「着替えたら?」


 コイツ。


「アンタは大人でしょう? 女性が着替える時は同じ空間に居ることを遠慮するべきだよ」

「安心しろ。おまえ程度の貧相な身体を見ても劣情は湧き上がらんから」


 うわあぁぁコイツ、首絞めたい。

 …………ん? そうだ、私はアルクナイトに確認しなくてはならないことが有るんだった。二周目で記憶の無いエリアスとルパートの前で問い質すと、大変な騒ぎになりそうで黙っていた。二人きりの今なら……。


「ねぇアルクナイト、一周目……アンタにとっては十六か十七周目のことだけど……」

「何だ」

「どうして私の首を絞めたの?」

「……………………」


 アルクナイトは持っていた本をシーツの上に伏せた。そして言い切った。


「おまえを、殺したかった」


 不思議なことに私はショックを受けなかった。


「そうだろうね。完全に気道を塞がれたから、あの時は私ここで死ぬんだって覚悟したよ」

「………………」

「どうして?」

「……時のループを破壊したかった。結婚相手をエリーから別の奴に代えるくらいでは、大きな変化を起こせなかった」

「だから、神によって世界の中心に据えられた私自身を消そうと考えたのね」


 彼の殺害動機は判った。でも……。


「それなら何故途中でやめたの? アンタの実力ならエリアスさんが到着する前に、私を仕留めるなんて簡単だったはずだよ?」

「………………」

「あの時のアンタ、凄くつらそうだった」


 アルクナイトはベッドから立ち上がった。


「魔王たる俺が、小娘ごときを手に掛けるなどプライドが許さん。……それだけだ」

「アルク……」

「部屋を出てやるから、さっさと着替えろ」


 そのままアルクナイトはドアを開けて出ていってしまった。

 プライドを守る為だと彼は主張したが、何となく噓だと私は思った。



☆☆☆



 9時。朝食と出動準備を済ませた私達は、エリアスと冒険者ギルドのエントランスホールで合流した。

 私とルパートの後ろに、アルクナイトの姿を見つけたエリアスは疑問を口にした。


「アル、早いな。ギルドで朝食を摂ったのか?」

「と言うかギルドに泊まった」

「は?」


 当然だがエリアスは困惑した。


「冒険者ギルドは魔王も受け入れるのか……? いやそれよりも、ここは外部の者が宿泊できるのか?」

「正当な理由が有ればな。マスターのケイシーは俺を快く迎えてくれたぞ?」

「おまえの正当な理由とは何だ」

「街で宿が取れなくて困っていた」

「………………」


 エリアスは私へ向き直った。


「未来を変えるという共通の目的を持つ同志として、即座に連携可能な場所に私も身を置くべきだと思う。ロックウィーナ、私がギルドに宿泊できるように、マスターに口添えして貰えないだろうか?」

「駄目だ」

「許さん」


 ルパートとアルクナイトが、エリアスの申し出を一刀両断にした。


「何故アルが良くて私は駄目なんだ!」

「エリアスさん、ここに泊まったら何かと理由を付けて、ウィーの部屋に入り浸るつもりだろう?」

「そして子供の数を増やす算段だ」

「ばっ……、言ったはずだ、彼女の同意無く手は出さないと!」


 ルパートとアルクナイトは同時に肩をすくめた。またも動作がシンクロしていた。


「じゃあエリアスさん、もしウィーが同意したらどうする気だ? ウィーは単純だからな、男から甘い言葉の一つでも囁かれたら、すぐに頷いてしまうかもしれないお馬鹿さんだぞ? それでも適度な距離を取り続けると約束できるか?」

「ナニをする気だ? 男慣れしていない小娘は簡単にのぼせ上がるぞ? 無防備な状態になったお馬鹿を前にしてエリー、おまえは果たして紳士でいられるのか?」

「馬鹿はアンタ達だ!!」


 馬鹿馬鹿言われた私は頭に血が上った。


「もう! 私はもう25歳の大人なんだから放っておいて下さいよ! 私とエリアスさんがどうなろうが私達の勝手でしょ!?」

「ロックウィーナ……」


 エリアスが私を見つめた後、右手で自分の口元を隠した。え、何? キョトンとした私にルパートが雷を落とした。


「馬鹿たれ! 今の言い方だとエリアスさんにOK出したも同然だぞ!」

「え……ええ!?」

「エリーな、隠した口元で絶対ニヤけてるぞ」


 ニヤけている? まさか。 確認しようとしたらエリアスは後ろを向いた。マジか。私やっちゃった?


「OKなんて、そ、そんなつもりで言ったんじゃないです! 先輩達に馬鹿にされたのが悔しくて言い返しただけなんです!」

「解ってるわ!! でもな、ズルい男は女の迂闊うかつな言動を利用して急接近を図るんだ! だから隙を見せるなといつも注意してんだろーが!」

「おお、チャラ男、本当にお父さんだな……」


 カオスと化した現場だったが、


「あ、魔王様にエリアスさん、おはよーございます」


 通り掛かったギルドマスターの軽い挨拶によって緊張感が相殺された。


「朝一で集合とは、皆さん朝に強いですねー」


 昨夜は魔王の登場におののき、知らされた時間のループにピリピリしていた彼であったのに、一晩で感情を整理することに成功したらしい。歴戦の勇士の心の強さを見せつけられた。

 エリアスがマスターに詰め寄った。


「マスター! 私もギルドに泊めて頂きたい!」

「ああ、エリアスさんも協力者なんですってね。いいですよ」


 気が抜ける程にマスターはあっさりと許可を出した。


「マスター、エリアスさんはマズイって!」

「小娘がはらむ!」


 ルパートとアルクナイトが抗議したが、マスターは涼しい顔で受け流した。


「ルパート、いい加減にウィー離れをしなくちゃ駄目だぜー? 魔王様も勇者とは難しい関係性でしょうが、協力者には近くに居てもらった方が何かと便利です、ここは一つ寛大なお心を。ウィー、エリアスさんを魔王様の隣の空き部屋に後で案内してあげて」


 それだけ言うとマスターはカウンターの引き出しから書類の束を取り出し、小脇に抱えて執務室へ消えて行った。

 茫然としたルパートの横で、エリアスが小さく拳を上げていた。よっしゃあのポーズですね。


「私の荷物は夕方宿屋から引き払うとして、今日のミッションを決めようか」


 めちゃくちゃ上機嫌になったエリアスが、依頼書が留められているボードへ近付いた。


「ウィーおまえ……、毎晩部屋に鍵を必ず掛けろよ?」


 ピッキング魔のルパートが囁いてからエリアスを追った。


「懐妊したら名付け親になってやる」


 シャレにならない軽口を叩いて、アルクナイトも二人に続いた。私は恥ずかしいやら今後の展開が怖いやら、複雑な心境で男達に混ざった。


「ルパート、Bランク以上の依頼を選ぶんだったな?」

「ああ。一つ目のアジトへ行く前に、なまった腕を鍛え直したい」

「ならこれはどうだ? 追加されたばかりのミッションのようだが、活動フィールドはガロン荒野だ」

「ガロン荒野……いいかもな、確かBランクからDランクまでのモンスターが幅広く出現する所だから、俺達はもちろんのこと、ウィーの戦闘訓練も無理なくできる」


 すっかり気安い仲となったエリアスとルパートの会話を聞いて、私はふと既視感を覚えた。ガロン荒野って……。


「あの、そのミッションってもしかして、廃村に残してきた思い出の品を取って来るってやつですか? 依頼人はかつて村の住民だった人」


 私の言葉を受けたエリアスは依頼書を見直した。


「その通りだ。昨日の朝チェックした時は無かった依頼だが、知っていたのか?」

「はい。未来でも行ったんです、ガロン荒野に」


 エリアスとルパートが私を注視した。アルクナイトは静かだった。荒野で何が起きたか、彼も知っているのだろう。

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