一幕  エリアスが日常に(3)

 エリアスと一緒に行動するようになって、早くも五日目に突入していた。

 先の四日間のミッションはすこぶる順調に終わった。血飛沫ちしぶきが舞う光景を否応なしに見せられて、食欲が減退する以外に困ったことは起きていない。

 戦闘と周辺監視をエリアス一人に任せて、私とルパートは道案内と依頼品の運搬のみの楽な作業を担当した。屈強なボディーガードさえ付いてくれば、回収の仕事ってこんなにスムーズにいくのだと感心した。

 今回は私達がお手伝い役だけど、エリアスがお金に困った際はぜひギルドに就職してもらいたい。そして私と新バディを。もうドS先輩のお供は嫌だ。


 今日はDランクの依頼、魔道具の精製に用いられる風石かざいしの採取に来ていた。Eランクよりも強いモンスターが出現するフィールドなのだが、幸い遭遇することなく風石を発見できた。後はギルドに届ければミッションクリアだ。今日もサクッと終われそうだな。


「おらウィー、持て」


 当然のようにウンコ先輩ルパートが、十数個の風石を詰めたリュックを私に手渡した。人間を背負うよりは軽いからいいけどさ。いたっ、石の尖った部分が背中に当たる。タオルを挟もう。

 ルパートと違ってエリアスは私を気遣ってくれた。


「すまないレディ、重い荷物は持たせたくないのだが」

「いいんですよ、パーティを組んだのだから私も働かないと。その代わり、モンスターが出たら退治をお願いしますね」

「もちろんだ、任せてくれ」


 いざという時に戦うエリアスには両手を空けていてもらわないと。ルパートがハンズフリーなのには殺意が湧く。


「それにしてもエリアスさんは本当にお強いんですね。ビックリしちゃいました」

「ありがとう。そうならざるを得ない環境で育ったからね」


 ああ、お父さんが辺境伯だからか。息子達も戦えるように部下と一緒に鍛えられたのだろう。


「モルガナンは勇者の一族ですもんね」


 ルパートがさらりと謎の形容をした。


「勇者の一族……? エリアスさんのご実家が?」

「何だよウィー、知らなかったのか? モルガナン家が所有するディーザ地方はな、魔王の居城に隣接しているんだよ」

「ほえ!?」


 驚いてまた間抜けな声を漏らしてしまった。エリアスの前では猫を被ろうとしているのに、ちょっとした拍子にガサツな言動が出てしまう。


「ま、魔王ってモンスターの親玉と言われる……あの魔王ですか!?」


 エリアスが頷いた。


「そう。モルガナンの当主は代々、魔王の見張り番のお役目を国から与えられているんだ」

「ひええ……」


 私は自分の中に在る魔王についての知識を総動員した。


「確か三百年くらい昔に、魔王が世界を滅ぼそうとしたんですよね? いろんな国が協力し合って軍隊を派遣して魔王の軍勢と戦って、最終的に人間側が勝利したって……」

「おいおい、ずいぶんザックリだな。勝利というか、人間側に優位な協定を結んで休戦しただけだぞ? ウィーおまえ、歴史や地理の勉強サボってただろ?」

「すみません。私の故郷の学校は小さくて、教師も教本も少なかったんです。正確な歴史は学べませんでした」


 それでも読み書きと簡単な計算法を習得できて私は幸運だった。知識を活かして都会での就職が叶ったのだから。親の方針によっては勉強など必要無いと、学校にすら通わせてもらえない家庭の子供が村にはチラホラ居た。


「概要は合っている。難しく考えることはないさ。先祖は騎士だったらしいが、魔王を追い詰めた功績で国から土地と爵位を賜ったんだ。勇者の称号も」


 優しいなぁエリアスは。言動に嫌味が無くて清々しい。うーん、駄目だと解っているのに好きになってしまいそうだ。嫌いになろうとしても弱点らしい弱点が方向音痴という点しか無い。これについては私でも簡単にフォローできてしまえるからなぁ。


「レディ、表情が固まっているがどうかしたのか?」


 まさか貴方に惚れないように欠点を探しているとは言えない。


「あはは、少し考えごとをしていました。エリアスさんたら恋愛小説に出てくるヒーローみたいだなって思ったんです」

「恋愛小説か……」


 エリアスは困った顔をした。


「気を悪くされましたか?」

「いいや、そんなことは無い。ただ私は恋愛小説というものを読んだことが無いのだ」

「お嫌いでしたか」

「そうではなく、触れ合う機会が無かった」

「?」


 私達のやり取りを見ていたルパートがヤレヤレと肩を揺らした。いいね、背負っている荷物が無くて身軽で。


「貴族社会ではな、恋愛小説の類は俗文化と見なされているんだよ。だから家にその手の書物を置く者は少ない。もちろん愛好家は居るだろうが、低俗と思われることを恐れて隠れてたしなんでいるんだろう」

「……詳しいですね先輩」


 エリアスのモルガナンの姓にもすぐに反応したし、もしかしてルパートは……。


「先輩も、ひょっとして貴族の出だったりします?」

「あん? いや……俺は庶民の出だよ」


 良かった。女の私の前でもポンポン脱いで着替える無神経な男が高貴な生まれでなくて。無駄にイイ身体をしているのがまたムカつく。コイツには絶対に膝を折りたくない。

 エリアスがうれいを帯びた瞳を私に向けた。


「私も恋愛小説の一冊でも読んでいれば、貴女と会話を弾ませることができたのに」


 うっはあぁ。連日モンスターをブツ斬りにしている人とは思えない甘いムードを放ってきたよ!! ルパートの存在無視してエリアスに抱き付いてしまいそうだ。ヤバイヤバイヤバイ。余裕が無くなった私はストレートに聞いた。


「エリアスさんには苦手なものとか無いんですか?」


 どうか有りますように。そしてそれで私を冷静にさせて下さい。ドン引きできれば尚良しdeathデス


「苦手なもの……有るぞ」


 私にはいつも紳士的なエリアスが、珍しく強張った顔つきになった。そんなに嫌いなものが彼に?


「幼馴染みだ」


 この答えにはいささか拍子抜けした。よりによって人物か。学校とか職場とかで離れられない関係ならともかく、エリアスは実家と領地を出て自由な冒険者生活。どれだけ嫌う相手だとしても、もう幼馴染みと邂逅かいこうする可能性は低いんじゃないのか。


「ええと、幼馴染みさんとは性格が合わないということですか?」

「それ以前に魔王なんだ」

「はい?」

「私の幼馴染みは、先ほど話題に出た魔王その人なんだ」

「………………はい?」


 私とルパートは顔を見合わせた。彼もよく解らないといった顔をしていた。


「魔王って三百歳以上ですよね? どうしてそんなお爺さんと幼馴染みになれるんです?」

「アイツの外見は少年のままなんだ。それでもって城を抜け出してウチの領地へよくお忍びで遊びに来る。私は少年時代、アイツが魔王だと知らずに友達になってしまったんだ」

「…………え」


 再度私とルパートは互いの顔を見た。ルパートがエリアスに尋ねた。


「それってマジ話ですか?」

「マジだ」


 一拍置いて私達は大声を上げた。


「ええええええ!?」

「魔王と幼馴染みッスか!? 勇者と魔王が友達!?」


 たまげた。流石にどんな歴史書にもこの事実は知らされていないだろう。


「お父様達はご存知で!?」

「知らないはずだ。言える訳が無い。勇者の家系の者が魔王と親友などと」


 ただの友達じゃなくて親友ですか。熱い友情をはぐくんでしまったのか。


「だから私は二人の仲を隠そうと必死になった。だのにアイツときたら……! 私が家族と食事している時に窓にへばり付いていたり、誕生日でガーデンパーティーをした際には呼んでいないのに招待客に紛れ込んでいたり」

「それ……自分も呼んで欲しかったという、寂しさから起こした抗議行動では?」

「断じて違う。アイツは私が慌てる姿を見て楽しんでいるだけだ。現に尻文字で今どんな気持ち? と不快なメッセージを送ってきた」

「尻文字……」


 世界中に喧嘩を売った魔王が、お尻をクネクネさせてメッセージを送ってくるの? 想像できない。


「長生きし過ぎて退屈なんだそうだ。私は親友だと思っていたのに、奴にとって私は暇潰しの玩具おもちゃだった。当然距離を置こうとしたが、私で遊ぼうとする奴に付き纏われた。そんな関係にうんざりして家を出たんだ」

「なんとまぁ……」


 家出の原因は魔王のちょっかいだった。大問題なのか些細なことなのかよく判らない。

 それにしてもエリアスさんてば設定盛り過ぎ。恋愛小説に登場するヒーローは、高い身分を隠したイケメンがせいぜいですよ。それでも庶民の主人公は身分違いの恋や、相手の婚約者の嫌がらせに大いに悩むというのに。魔王の幼馴染みというオプションまで追加されたら物語は何処へ着地するんですか。


 うん。大いに引いた。思っていたのとは違うけど、魔王に取り憑かれた男性と恋仲になるのは荷が重過ぎる。

 私は改めて心の中で、エリアスに恋をしないと強く誓ったのだった。

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