24 離宮に集合


 梨奈が目を覚ますと、クリス王子はもう起きたのか部屋に居なかった。

 不思議なことだ。もうすぐ十七歳の梨奈に、こんな事が起こるなんて。両親が知ったらどんだけ叱られるか。

 父の顔も母の顔も兄弟の顔も、すでに面影がとても遠い。


 ベッドに座って溜息を吐いていると、ミランダがドアをノックして入って来た。

「おはようございます、リナ様」

「おはようございます、ミランダさん」

 昨日より全体に柔らかい印象になったミランダに「お加減はいかがですか?」と聞かれて「よく寝たわ」と答えたら微笑まれた。


 軽くシャワーで汗を流して身支度を整えていると、クリス王子が顔を覗かせて「朝食はこちらで」と指図して出て行った。

 汗をかいてタオルで拭っていたし、動きやすそうなシャツ姿だったので、朝の鍛錬でもしていたんだろうか。



 食事の後、リビングで寛いでいると、ジョサイアが顔を見せた。クリス王子と少し話して、すぐ離宮を見回ると言って出て行った。

「殿下、毒感知の方がいいんじゃないですか」

「余計なものはつけるな」

「うーん」

 拗ねた顔をした梨奈を横目にチラと見て王子が言う。

「魔王様に会いに行こうと思う」

「あ、行きます」

 打てば響くような梨奈の返事に、王子は少し不満が出る。

「嬉しそうだな」

「嬉しいですー」

「留守番するか?」

「イヤです」

 梨奈を置いて行くという選択肢はないが、魔領に連れて行きたくないというのが本音の王子はじっと梨奈を見る──。



「嫌です、こんなことして」

「毒見は必要だ、特にお前には。ほら」

「あ……ん」

「ここは嫌がっていないようだが」

「あふ……、意地悪です」


 クリス殿下に遊ばれていると、フォルカーがやって来た。

「何やっているんですか」

「リナの餌付けをしている」

 いや、口に咥えて人に食べさせるのはどうだろう。唇はくっ付いちゃうし、舌は入って来るし。さすがに人払いをしていたが。


「仲のいい所をすまないが、クロチルド嬢がリナ嬢のマナー教師を買って出た」

 クリス殿下と梨奈は複雑な顔をする。

「まあ、クリスの相手がどんな女か見たいんだろう」

「迷惑だな」

 殿下の返事はにべもない。


 なんか言うべきかなと思ったら、殿下がまた口に果物を放り込む。

(むぐ。何も言わなければいいんでしょ)

 梨奈は立ち上がって、ジェリーと一緒にテラスから外に出た。

「リナ、遠くに行くな」

「はーい」

「過保護だな」

「仕方がないだろう。危なっかしくてしょうがない」

 クリス王子は少し顔を顰めた後、気を取り直して言った。

「まあ、来たらいいさ」

 立ち上がると、彼はテラスに向かって歩いてゆく。


 片時も離れていたくないみたいに、べったりとくっ付いた二人を見て、クロチルドはどう思うだろうかとフォルカーは考える。

 諦めるか、躾けようとするか、足掻くか、あの時と同じように。



「やあ、今そこでジョサイアに会ったんだが、昨夜、何があったんだ」

 スチュアートが執事に案内されて来て聞いた。

「え、何かあったのかい?」

 フォルカーが驚いたように聞く。

「毒を盛られたんだ。君たちも気を付けた方がいい」

 クリス殿下はそう言って、二人に腕輪を渡す。

「ああ、こりゃどうも」

「ジョサイアには、もう渡しているから」

「俺たちも狙われるのか?」

「ここで頻繁に集まっていたら、余計な疑いをかけられるんじゃないか?」

 二人は神妙に腕輪をはめている。


「その、どっちに毒を?」

 フォルカーが仕切り直して聞く。

「一緒に、まとめて」

 クリス殿下が梨奈と自分を指す。梨奈は目を剥いて、もう一度クリス王子にかけた祝福を確かめた。人に言われると余計に気になる。ほうと息を吐いた。


「毒は何だったんだい」とスチュアート。

「ベラドンナらしい」

「そこらじゅうにあるが」

「アルモンド帝国では、貴婦人が美しくなるために使うようだ」

 クリス殿下が言う。


 瞳孔の拡大効果があって瞳が大きく見えるとか、貴婦人は涙ぐましい努力をしなければいけないのだろうか。例え毒を飲んでも。

「毒にも薬にもなるからな」

「なるほど」

「毒を盛った奴は古くからいた従僕なんだが、脅されていた」

「誰に?」

「男爵家と付き合いのあるサボーナ侯爵家の従僕。近頃、勢いのある。」

「サポーナ侯爵には色々噂がある。なかなかシッポを出さないが……」

 スチュアートが頷いているのは、心当たりがある所為か。

「毒見役もそいつが殺ったらしい。そしてそいつも始末された」

 スチュアートとフォルカーは顔を見合わせる。



 そこに能天気な声が降って来た。

「やあ、みんな集まっているな」

「どうしたの?」

 ダールグレン教授とシドニーだった。

 長い銀の髪の教授は今日も大変麗しい。エルフを引き合わせようと思ったが、ジェリーはいつの間にかどこかに行ってしまった。


 クリス王子がジョサイアを呼びに行かせる。



「ところでこの前のアレが、出来るかもしれないのかい?」

 ゆったりとソファに座ったダールグレン教授が、クリス王子に聞く。

「交渉次第ですが」

「フム、それは君に頑張ってもらうか。じゃあ行こうか」

 すぐにでも腰を上げようとするのを、殿下が引き留める。


「魔王様が、明日なら空けておくと」

「む、仕方がないなあ。じゃあ今日は泊っていくか」

「はい、一服盛られないように気を付けますので」

「おいおい、物騒だな」

 実は昨日──と、クリス殿下が説明をする。

「毒除けは作ったのかい?」


 殿下の作ったブレスレットを見て、教授が太鼓判を押した。

「ああ、これなら大丈夫だ。君は腕が上がったな」

「先生には遠く及びません」

「長く生きているからね。ユースフに会うのも久しぶりだな」

「魔王様とお知合いですか?」

「まあね、あいつも長生き種族だし、お互いあまり人に関わるのを良しとはしなかったんだがね」


 そんな二人と、この世界に来て相次いで出会った。とても不思議だ。何か自分に出来る役割とかがあるのだろうか。

「何か私で出来る事は──」梨奈が言いかけると「リナがいる所為で出会ったんだ。この世界に君が居るだけでいいんだ」と、王子が釘をさした。

「何もしなくてもいい」

(じゃあ、居なくていいじゃん?)

 梨奈は拗ねてしまう。



 夕飯は皆が居て、とても賑やかだった。

 教授は帰って来たジェリーを見て、目を丸くした。

 そして、少し顔を歪めた。

 梨奈はいけない事をしたんじゃないかと、少し悔やんだ。


「君はジェリーなんだね」

『はーいー』

「私はハーフエルフなんだよ。だから各地を転々としたけれど、あまり仲間には会わなかったな。死にかけのエルフだったのかい」

『うんー、襲ってない―』

「そうかい、不思議だね。君に食べられて、姿だけ留めている。この子がこの世に居たという」

 あんまり表情が変わらないジェリーだけど、少し口元が緩んだような気がしたのは気の所為だろうか。

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