長野県にいる間はとにかく「おやき」しか食べてはいけない旅リターンズ!

邑楽 じゅん

おやきとの再会

 時は2016年11月まで遡る。


 私はあるひとつの旅を終えて心身ともに安堵していた。

 3泊4日、じつに72時間もの間、長野県でおやきしか食べなかったからだ。


 おやき好きにとっても、おやきしか食べないというのは無茶であった。

 いや、私は本当はおやき好きを公言してはいけないのかもしれない。

 カレーや牛丼なら日に三食だって何日だって食べられると言って憚らない人達はある意味、猛者だ。中身の具材や種類があれだけ充実しているおやきでも厳しかったのだから。


 事実それ以降、私は意識しておやきから遠ざかっていた。

 おやきからの愛が重過ぎたのか。私がおやきを追い求め過ぎたのか。

 つまるところ六年近くおやきを食べていなかった。


 さて、今回私事で少しばかり休みを得たので、どこかに行こうと悩んでいた。

 最近は長編作品のモチーフにお借りした土地や施設や伝承を勝手に聖地化して、そこばかりお邪魔していたから。どうせならまるっと違うところに行きたい。

 その際にふと頭をよぎったのが、おやき。


 あぁ、そう言えばあの旅以来、全く食べてないじゃないか。

 私はおやきを嫌いになってしまったんだろうな。

 いや、そうじゃない。たぶんまだ好きな部類だ。

 でも一度に食べ過ぎてしまったのだ。

 だからまた食べたいな、と思うのにここまで優に六年の時間を要した。

 もちろん新型コロナウィルスという特殊要因もあり、気兼ねなく外出できる空気が醸成されていなかったというのもある。

 それならば、敢えてまた挑戦しようではないか。

 あの過酷な旅に――。



 では、ここで旅のコンセプトをご説明しよう。


・期間は4月24日の長野県侵入後~27日の帰路まで

・長野県に滞在中はおやきしか食べてはいけない

・期間中は長野県から出てはいけない

・1フレーバー(具材)につき、1回のみ摂取可能

・フレーバーのジャッジはおもに商品名で判別する。重複すればそれは摂取済として食べられない

(なす、田楽なす、田舎なす、丸なす等は全て「なす」)

(つぶあん、こしあん、あずきあん、あんこ等は全て「あんこ」)

・調味料はフレーバーではないのでセーフとするが、フレーバーが被ったらアウト

(ネギ味噌、ふき味噌、くるみ味噌の味噌はセーフ、でもくるみ味噌とくるみあんはくるみ被りでアウト)

・風味、形状比喩はフレーバーと関係なくセーフだが、フレーバーが被ったらアウト

(ふわふわ、もちもち、甘辛、ピリ辛、そば皮などはフレーバーで判断)

・飲料からのカロリー摂取もご法度。日中はお茶かミネラルウォーターとする

・運転終了後のビール等の晩酌はセーフ。ただし、おつまみもおやきのみとする

・県内滞在中はスマホでのおやき店舗検索は不可。県内で得て良いおやき情報は人尋ね、観光案内所、広告、テレビ、パンフレット、地図、車両走行中に自然に見つけた街道沿いの看板や店に限定する

・フレーバージャッジ(具の判断)に関してのみ、スマホ使用可とする



 ここまでの基本ルールは前回と一緒だ。

 でもこれだと簡単に旅が成立してしまう。

 なにせ前回は四日間で実に33種類ものおやきを購入できたのだから。

 ならば前回食べたフレーバーはNGにするか?

 それだと今度は極端におやきの種類が絞られて、本当に飢え死にしてしまう。


 どうすべきか……私は大いに悩んだ。

 悩みながら前回のエッセイを読み返していたところ、なんということか。

 私は調子コイて致命的な発言をしていた。


~以下は前作の最終話「おやきよ、永遠なれ」より抜粋~


 朝ごはんの最後に満を持して登場するのは、BIG3の巨頭、ベテラン中の大ベテラン、大御所「野沢菜」師匠だ。

 この企画も4日目。これがようやく食べられたという感動で、美味さもひとしお。

 やはり長野県が生んだソウルフードの奇跡の融合体、野沢菜おやき。

 こんな旅の縛りが無ければ、野沢菜師匠だけを何個も食べたというのに一回きりというのが悔やまれる。



 はい、ご覧いただけましたね。

 野沢菜師匠だけを何個も食べたというのに一回きりというのが悔やまれる、と。

「野沢菜だけを何個も」

 ここ、テレビやYouTubeなら「確かに言ってる」的なテロップと共に音声スローになるに違いない。



 以上を踏まえて今回の旅の新ルール

・前の旅で食べたフレーバーはNG

・新フレーバーのみ摂取可(もちろん1種類につき1回のみ)

・そのかわり野沢菜おやきは何個食べてもセーフ

・ただし野沢菜おやきの購入数は1店舗につき1個のみとする

・新フレーバーが買えた店では野沢菜おやきを購入してはいけない



 前回の旅で出会っていないフレーバーがあるならそちらが強制優先される。

 運が良ければまた二個、三個と新種を捕獲できるであろう。

 もし無くても野沢菜おやきだけは買えるので飢え死にする心配はない。

 しかし無限におやきが買えたら、ひとつの街の滞在で完結してしまう。

 なので野沢菜に関してのみ1店舗で買えるのはひとつだけ。

 加えて新種とは並行して購入できない縛りも設けた。

 ただしそれはあくまで実店舗1か所につきひとつだけ、ということ。

 例えば前回の旅で言うなら「いろは堂」さんは鬼無里きなさ本店、長野駅MIDORI構内といった具合に、それぞれ別店舗としてカウントは可能。


 前回の旅で経験済みだが腹持ちが悪くヘルシー、低カロリーこのうえない。

 低血糖に陥らないレベルに食べ繋ぐには、一度の食事でもみっつは欲しい。

 もちろん十時と三時のおやつにも食べないと大変である。

 前の旅は丸三日、都合八食なのに33個食べている事を考えるとお察し頂きたい。


 ただしこれでは最悪、野沢菜ばかり食べる羽目になってしまい旅のモチベーションが維持できない。

 なので自分へのご褒美を用意することにした。


・累計フレーバー数が50になったら「あんこのおやき」を一個食べてOK。


 前回が33種類だったので今回の旅で新たに17フレーバー発見したら累計50ということで、あんこのおやきをおかわりできるというシステムだ。

 もちろん長野県なら蕎麦とか山賊焼きとかソースカツ丼とか、信州サーモンに馬肉など魅力的な食事がいろいろあるが、そもそも旅の縛りの大前提として長野県にいる間はとにかくおやきしか食べてはいけない。

 だからご褒美もあんこおやきにした。そこは変なところでストイック。


 そんなこんなで果たして今回の旅は上手くいくのか。

 前回以上の困難が予想されるなか私は一路、長野県を目指した。




 2023年4月24日(月)。

 中央道をひた走り、長野県まで向かう。

 ところが車中でも、今回の旅が上手くいくとは思えない自分がいる。


 というのも、旅行期間中にスマホでのおやき店舗調査は不可であるが、既に旅行前にとあるおやき屋チェーンが閉店しているという情報を入手してしまっているのだ。

 それは門前おやき「おやきや総本家」さん。

 お地蔵さんのイラストのところだ。

 前回の旅では松代まつしろの城下町、長野市内、長野駅MIDORIと三回お世話になったのだが、どうやらコロナ以前の2018年か19年頃には閉業されたらしい。

 前のエッセイを書き終えてしばらくしてから判明したことだ。

 おまけに釜めしで有名な「おぎのや」さんも長野ドライブイン店が閉鎖したというニュースをネットで見た。やはり六年半という時間の流れは大きいし、コロナがもたらした影響は計り知れない。

 しかし、観光産業は逞しい。タダではヘコたれない。

 この間に新しくオープンした道の駅もたくさんある。


 スマホ厳禁なのでこの令和のご時世に地図の本とはなんとも滑稽だが、昭文社さんのマップル全国版の最新号を手に入れた。

 これを頼りに新設された道の駅に片っ端から寄っていこうという寸法だ。


 時刻は12:00ちょうど。

 中央道は諏訪湖すわこSAに到着した。

 長野県さんにお邪魔したので、いよいよおやき狩り開始。


 目的地を諏訪湖SAにした理由はふたつ。

 ここのSAが大きなところだと過去の旅で知っているから。

 加えて、日本神話の神・建御名方命をベースにした長編を執筆したから。

 お母さんの奴奈川姫が祀られている新潟県の糸魚川いといがわばかり行っていたが、久しぶりの諏訪だ。なので本日のお宿も諏訪市内に押さえてある。

 さっそくSAを散策だ。


 ほら、あった。

 食堂のよこ、ホットスナック売り場の保温機の中におやき発見。

 しかも新フレーバー「鹿肉」だ!

 どうやら今の長野さんはジビエに力を入れているらしく、この後もあちこちで鹿や熊や猪の肉を売っていた。鹿と言えば諏訪。御頭祭といって昔は本当の鹿の首をお供えしたらしい。

 温かいおやきをさっそくいただこう。

 お肉系フレーバーは少ないから非常に助かる。幸先の良いスタートだ。



 さて。ここからどうしようか。

 宿のチェックインまではまだかなり時間がある。

 諏訪市内をぐるりと回り、四社ある諏訪大社の門前町をぶらりと歩けばお土産屋におやきがありそうだが。

 しかし急な旅だったので、明日予約したお宿は北へ115kmも離れた中野なかの市だ。

 今日はなるべくたくさんの道の駅を周っておきたい。


 ということで中央道をそのまま走り、上伊那かみいな辰野たつの町の、伊北いほくICへ。

 そこから県道88号を南下すると、南箕輪みなみみのわ村の道の駅「大芝高原おおしばこうげん」に向かった。

 

 その途中で農産物直売所「ファームテラスみのわ」にお邪魔する。

 うーん、食べたことあるフレーバーしかないや。

 しかし夕食と朝食の分を確保しておかなければならない。

「切り干し大根」「あんこ」と並ぶおやき界のBIG3にして頂点、大ベテランかつ大御所・野沢菜師匠は今回、購入制限はない。なので、野沢菜おやきを購入。


 ちなみに道の駅「大芝高原」に置かれていたのは「つぶあん」だった。

 あんこはダメなんだよ……残念。


 ここから国道361号線に移り、木曽きそ方面へと向かう。

 なんと10km程度の間に道の駅が3カ所もあるのだ。

 木曽といえば有名なのは木曾義仲であるが、この街道沿いは未だ戦国時代、道の駅が群雄割拠する乱世の様相だ。

 加えて、木曽町をさらに中津川なかつがわ方面に南下して、もうみっつ道の駅を加える。

 計6カ所の道の駅をしらみつぶしに寄る作戦だ。

 これはもう、おやきを狩らずにはいられないよ。



 まずはその途中、中央本線・原野はらの駅近くにある「日義木曽駒高原ひよしきそこまこうげん」。

 ここにあるのは残念ながら全て食べたフレーバー。

 でもお昼ご飯がまだ鹿肉おやき一個。食堂にあるレンジも自由に使っても良いとのことなので冷凍ものの野沢菜おやきを購入してレンチンさせて貰った。

 ぬぅ、久しぶりの野沢菜師匠との再会だが、やはり美味なり。美味しく頂いた。


 この次の「木曽福島きそふくしま」は食べたことのあるフレーバー冷凍3個売りアソートパックのみ。

 さらに次の「三岳みたけ」に至っては休みだった。

 なにせスマホで調べるのも厳禁なので、こういう偶然の悲哀も旅の醍醐味だ。


 ここから国道19号をひたすら北上して塩尻しおじり方面に向かう。

 そして「木曽川渓流の里きそむら」さんで、新種の「紫花豆」をゲット。

 さっそくフレーバー調査で、スマホで調べもの。


 紫花豆とはベニバナインゲンの別称。

 いわゆる花豆というと白いものを想像してたが、本来は白が変種で基本は皮の色が紫のものを指すらしい。

 冷凍ものでも全然かまわない。さっそく購入した。


 続く「奈良井ならい木曽の大橋」は昔の宿場町沿いにある、ほぼ公園。売店らしいものはあったがおやきのおの字も無い。

 さらに「木曽ならかわ」も同様で、おやきは一切置いていない。

 木曽町と木祖きそ村。いったいどうなっているんだ、これは。猛省を促す。


 けっきょく塩尻付近まで戻ってきてしまった。

 食べたおやきは鹿肉と野沢菜の二個だけ。

 購入したおやきも紫花豆と野沢菜の二個だけ。

 マズい、これは非常にマズいですよ。


 松本市に入り国道19号から逸れて、道の駅「今井いまい恵みの里」に寄った。

 既に時刻は16時。道の駅的にはそろそろ閉店もしくは完売になる頃合いだ。


 おっと、ここでまさかの「チョコ」おやき発見!

 しかも閉店間際なので見切り品で半額になってる。

 しかしこれ、いわゆる大きなおやきではなく、一口サイズのおやきなのだ。

 1フレーバーにつき1個のみという鉄の掟はあるが、チョコは新種だし、そもそもこれは一口サイズだから、全部で4つ入ってても1個ということにしておこう。

 お腹ペコペコのなか、チョコおやきを食べる。

 簡単に言うと堅めのシュー皮にチョコが入っている、まるで洋菓子のようだった。



 そこからほど近くに信州まつもと空港があるのを地図で発見。

 空港は強いだろう。言っても空港だよ、だって。

 羽田とか千歳とか成田とか凄いお店の量でにぎわってるじゃん。これはあるわ。

 県道298号と25号を繋ぎ、一路空港へ向かった。


 ち、小さい……。

 出発は一日に八便だと。

 

 わずか2フロアの小さな建物にあるお土産屋を物色する。

 フレーバーはいつもの通り、既に食べたもののみ。

 とりあえず冷凍の野沢菜だけ買う。


 この時点で17:00。

 ぼちぼち諏訪市の宿に戻らないといけない。

 しかし、未だ購入できたおやきは紫花豆と野沢菜ふたつ。


 塩尻ICから長野自動車道に乗り、みどり湖PAに寄った。

 ここもいつもの冷凍ものしかない。しかもバラ売りがない。


 そして舞い戻って来た諏訪湖SA上り線。

 ダメだ、ここも食べたものしかない。

 初日から大ピンチ、いったいどうする!?

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