双子の話

佐楽

第1話

 鏡に向かってにこりと微笑んでみる。

まるで貼り付けたような歪な笑顔だ。

彼とは同じつくりの顔立ちなのにどうして自分だとこうも滑稽になってしまうのだろう。


「何をしてるのたばね?」

 

急に声をかけられたものだから少々派手に肩を震わせてしまったかもしれない。


結良ゆら


振り返ると自分とそっくりな顔の双子の兄である結良が壁にもたれかかりながらくすくすと笑っていた。

双子の兄ながらとても魅力的チャーミングな笑顔だと思う。

この笑顔に焦がれるものは多い。

自分も含めて。


「普段からそうやって笑っていればいいのに。とってもかわいいんだから」


そう言われて僕はただただ乾いた笑いを浮かべることしか出来なかった。


 僕と結良は一卵性双生児だ。

だから顔はそっくりだしその上身長体重まで同じだったりする。

幼い頃はどちらがどちらかわからないなどとよく周りに言われていたがそれも本当に幼いうちだけだ。

成長するにつれ僕たちには明確な能力差がついた。

結良は要領がよく飲み込みが早いため運動も勉強もそつなくこなし常にその才能を褒めそやされていた。加えて賞の常連で家には彼の表彰状やトロフィーなんがかガラス棚に並んでいる。

反対に僕はというと不器用で何かを習得するのも遅く何をやってもパッとしなかった。

舞台上で表彰される彼にいつも周りと同じく舞台の下から拍手を送る側だった。

そうなるとやはり出来がいい方のが可愛く見えるのは親としては当然だろう、両親は結良を目に見えて溺愛した。

一応両親の名誉のために言っておくとだからといって僕がないがしろにされてきたわけではない。

同じものを同じように与えられてきた。

ただ向けられる視線や態度に明確に差があるのは幼心にもわかったしそんな状況下で育ったものだから僕の卑屈な心はむくむくと日陰で育ち、いつしか家族と距離を置くようになっていた。

大学に進学し実家を出るとなったとき僕のときは至極あっさりと了承されたものだが結良も家を出ると言い出したときは母が特に心配し、挙句の果てに僕と同居するよう言ってきたのだった。

拒否したいと思ったが学費と生活費を出してもらえることに折れて僕は渋々同居を了承した。

このときほど自分の意思の弱さを感じたことはない。

何故か結良もそのほうが良いと言い出す始末で僕は顔を合わせたくない顔と同じ部屋に暮らしている。


大学も同じで似たような時間割を履修しているから登校も同時にすることが多い。

結良ならばもっと優秀な大学に進めたはずなのにどうしてかこの大学へと進学したのは本人曰く学びたい科目がこちらにあったからだと言うが実際はどうだかわからない。

校門をくぐるとさっそく声がかかった。

もちろん結良のほうにだ。

自分に声がかかるなどめったにない。


「よお結良」

「おはよ結良くん」


彼には友人が多い。

なんでもできて優秀でおまけにあんな魅力的チャーミングな笑顔を浮かべることが出来るのだから当然だ。

やがて自然とできた彼との隔たりにそっ、と僕はその場を離れていった。


 一人になり人気のない場所まで来てようやく息ができる。

ここは園芸サークルの活動場所である温室でありサークルメンバー数人と園芸が趣味の老教授しか訪れない静かな場所だ。

高校まで万年緑化委員やら園芸部に所属していたくらい植物を育てるのが好きでこうしてゆっくり水をやる時間が自分にとっては最高に落ち着ける時間だった。

結良はというと生徒会に所属していて部活は文芸部に籍を置いていた。

生徒会なのは周囲からの圧倒的な推薦によるもので部活は全ての運動部からの強烈な勧誘によりどれに所属するか決められなかったということで文化部のわりと落ち着いた雰囲気の文芸部に所属したらしい。


どこにでも注目を浴びるというのもなかなか大変だなと他人事のように思う。

あれで本人が結構疲弊しているのを知っているのだ。

とはいえ僻みから素直に寄り添うこともできないわけだが。


「あ、まただ」


そんな事を考えながら植物たちに水をやっていると蕾をむしり取られた鉢が目についた。

たまにあるのだ。

鬱憤の溜まった誰かが行き場のないストレスをこうして発散でもしているのだろうか。

足元には今日咲くはずだったであろう膨らんだ蕾が無惨に転がっている。

温室の鍵は一度壊れてからなんやかんやで長年直されていないらしく誰でもいつでも自由に出入りができる。

貴重な品種が無いにしろこういうのは気分が良いものではない。

また管理課に修理を頼んでおくことを決めた。


講義の時間となり教室へと向かう。

広い教室の隅に腰掛けてスマホを弄っているとふと賑やかな一団が入ってきた。

やはりというかその中心にいるのは結良で周囲をいわゆる一軍と呼ばれるであろう層の人間が取り囲んでいる。

そのまま彼らとまとまって席につくかと思いきや何を思ったか結良は彼らから離れて僕の隣に腰を下ろした。

何で、と思ったが空いてるのだから座っても文句の言いようがない。

結良は椅子に座るなり僕のスマホをちらと覗き込んで口を開いた。


「今朝さ、なんで俺を置いていっちゃうの?」


「友達がいたでしょ。僕は僕でやることがあったし」


結良が口を尖らせて不満そうに言う。


「だったら言ってよ。寂しいだろ」


寂しいわけあるかと思いながらも口には出さなかった。

彼の周りにはいつも人がいる。

本人が疲れるほどに。

それなのだから寂しいと思うことなんてないはずだ。


そのうちに教授が入ってきて講義が始まった。


講義が終わると例の一軍メンバーが近づいてくる。


「ねー、睦木むつぎくん。なんでそっち行ったの?」


珍しく名字で呼んできた女性が結良に近づく。

それに対して結良は反応しない。

首を傾げた女性に隣りにいた男性が口を挟む。


「こいつ下の名前じゃないと反応しないよ。隣に弟いるからって」


「え?」


女性の視線がこちらを向く。

思わずギクリとするが大して興味もなさそうにふーんと結良のほうに顔を向けた。


「弟いたんだ。へえ、似てないね」


そう言われて少しだけ安心してしまう。

注目されなければ比較もされないだろう。

ただ一人、結良の視線だけが妙に刺さる気がした。



「似てないだって。本当に節目だなあいつ」

帰宅し二人きりになった途端結良が吐き捨てた。

そして僕の野暮ったい前髪を上げるとぐっと顔を近づける。


「こんなにそっくりなのにね」


少しつり目がちの瞳に、形の良い眉、伸びた鼻筋に、薄い唇。

整ったパーツがこれまた素晴らしい配置で並べられた顔だ。


「束は僕の片割れだよ。たった一人の」

 

自分も同じ配置のはずなのにどうしてこんなにも彼と違うのかを嫌というほど思い知らされ僕は結良の手をそっと前髪から放させた。


「夕飯、どうしようか」


「束の食べたいものにしよう」


同じ屋根のしたで同じ食事を摂る同じ顔だなんてまるで鏡と生活をしているようだ。

それならどちらが虚像かなどと下らないことを考えながら僕は一日を終える。



翌朝、まるで判を押したように同じルーティンで始まった一日だったが結良から離れて温室の中にはいっていくと見知らぬ人物が居たことでちょっとした変化をもたらした。

いつもは自分しかいない空間に誰かがいるだけで緊張するのにましてや全く知らない人物となれば。

そこではっとする。

ひょっとしたら例の蕾狩りの犯人は彼ではないかと。

その男性は自分らが管理している花をじっ、と眺めていた。

視線の先には蕾が千切られた箇所がある。

まさにその現場に来てしまったのかと体をこわばらせたが男性はこちらに気付くと鉢を抱えながら向かってきた。


「これはどういうことですか?」


「えっ」


男性は鉢をずい、と差し出すと千切れた箇所を指して怒りを滲ませながら捲し立てた。


「咲く直前だった蕾が毟り取られている、何か理由が?」


「あ、それは誰かにやられたんです。こちらも困っていることでして」


「わかっていたのに対処しなかったんですか?」


「それは鍵をなかなか直してもらえなくて」


確かにこちらの不手際ではあるがそれよりこの男性が誰かのほうが気になる。

しかし疑問を口にする前に男性は深いため息をついた。


「はぁ、なら早急に治す必要がありますね。もう自分がやります」


「ちょ、ちょっと待ってください。あなたは誰ですか?」


すると男性ははっ、としたようで少し恥ずかしくなったのか顔をそらしながらぽそりと呟いた。


「あ、社会学部一年の大滝です。自分も植物好きで最近この大学に温室があるって聞いて」


「ああ、そうなんですね。びっくりした。一瞬犯人かと思いました」


「そんなわけ…」


と言いかけた大滝だったが無理もない状況を思い出して口を噤んだ。


「すいません、つい」


先程の威勢とはうってかわってシュンとした大滝に思わず笑いが込み上げてきてしまう。


「いえいえ」


すると何を思ったのか大滝はぼそりと妙なことを口走った。


「素敵な笑顔ですね」


「は?」


今まで言われたことのない言葉に思わず笑いも引っ込んでしまう。

かなり変わった人物のようだ。


「あ、すいませんいきなり。でも俺素敵なものには素敵だって言うことにしてまして」


「そうなんですね…」


面食らったが悪いことではない。

言われた方はびっくりするだろうが十分美徳といえる。


「はじめて言われた…」


これが大滝司おおたき つかさとの出会いだった。


同じ大学の同じ学部かつ同年で何故彼を知らなかったかは無理もない。

この大学はいわゆるマンモス校で学生数はやたら多いのだ。


これをきっかけに園芸サークルの存在を知ったらしい司は早速入部し、紹介したよしみもあり僕とよく行動を共にするようになった。

あまり結良意外と並んで歩くことのなかった僕としてはとても新鮮でとても清々しい気持ちでいられた。

というのも彼が結良と会ったときのことだ。


 その日、サークル活動で花壇の整備のため資材を司と運んでいるといつものように人に囲まれている結良を見かけた。


「あの人、束にそっくりだね」


僕は少しだけ重い気分になりながらも表に出さないように答えた。


「彼は僕の双子の兄の結良だよ。顔は似てるかもしれないけどそれ以外は全然」


自嘲気味になってしまっただろうかと不安に思いながら司を見ると彼は特にそこに興味を示すことはなかった。

結良のことを知らないからだろうがなんとなくその態度に妙に安心している自分を感じて驚いたものだ。


「あっ、束!」


結良が近づいてくる。

朗らかな雰囲気で僕の名前を呼び、友人たちを置いてこちらへとやってきた結良は司の存在をみとめるなり彼に向かって僕が思う中でも最高級の笑顔をしてみせた。


「俺は束の兄の結良。君は?」


僕は何故か終わった、と思った。

彼の魅力的な笑顔チャーミングスマイルの前に経歴など知らなくても人は墜ちるのだ。


「俺は大滝司といいます。束と同じ園芸サークルです」


司は淡々と言い放つ。


「そうなんだ、大滝くんか。よろしく」


そして結良はまた友人らのもとに戻っていった。

この短い平凡なやりとりがひどく僕の心を和ませたのだった。

結良に話しかけられた人物は大体目に見えて目の輝きが違う。

まるで綺羅星に囚われたかのようにその煌めきを目に映すのだ。

それが司にはなかった。


僕の卑屈な喜びが体中を駆け巡る。

僕は司に強い友愛を感じた。



 

遠くで雷が鳴った。


「早く作業を終えてしまおう」


「ああ」


身の毛が逆立つような感覚を覚えたのはおそらくそのせいだろう。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

双子の話 佐楽 @sarasara554

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ