第40話 ハッピーエンド
ロビーを抜けて、通い慣れた廊下を通る。そして個室階の……シークレットエリアへと入る。ごく限られた人間しか足を踏み入ることが許されていない場所だ。
手配してくれたジャーマノイドには感謝しかない。
ちなみに彼はその他にもいろいろと便宜を図ってくれた。例えば……永久機関について。彼はドイツ政府と協力して
『永久機関に関しての非人道的研究の成果は全て破棄した。また、いくつかの国で観測できた通り、【対象A】の超能力によって異世界へと通じるワームホールが開いたが、その折に【対象A】の脳回路は焼き切れ、超能力は喪失した。もう二度とこの永久機関が陽の目を見ることはない』
そのように、永久機関を狙っていた様々な機関に伝わるように情報を公表した。
もちろん、その反応は様々だったらしい。永久機関の研究内容が本当に破棄されたのか、日本とドイツがグルになって永久機関を独占しようとしているのではないか、【対象A】は本当に超能力を失ったのか……など、むしろ疑う声の方が多数だったという。
「……」
ただし、ジャーマノイドは、そしてドイツや日本の政府は……嘘を吐いていない。
──
『──あの魔法使い……シルヴィエとかいったか? 彼女によって回復された後の石神
2週間前のことだ。ジャーマノイドが神妙な声音で、俺に電話をくれたのは。
『どうやら、回復の前後で脳の動きに違いが出ているらしい。この世の理から外れた回復魔法といえど、脳のシナプス構造をマイクロ単位で100%、完全な形で復元することはできなかった……それが要因だと思われる』
『……それは、どういうことなんだ?』
『喜ばしいニュースとしては、石神
ジャーマノイドは言葉を少し区切って、続ける。
『その復元された場所である脳の前頭前野とは、人の記憶にも関わる領域。そこに回復前との回復後で明らかな差があるということは……石神
『記憶の、障害……』
『つまり、記憶喪失だ──』
「……」
ピタリ、と。俺は
「……」
なあ、どうすればいい? この世で一番大切な人に、
『あなたは、誰?』
と問われたら。なんて答えてやるのが正解なんだ?
混乱しているであろう彼女という存在を、優しく、包み込むように、微笑みかけてあげればいいのだろうか。
あるいは、失ってしまった彼女とのかけがえのない時間を大いに嘆き、悲しんでみせればいいのだろうか。
これまでの俺や彼女の間柄や、起こった出来事を懇切丁寧に説明して……まるでおままごとのように関係を再開すれば、それで解決できるのか?
「……」
そんなの、分かるわけがない。そしてたぶん、唯一絶対に正しい答えなんて存在しないのだろう。
俺は今日も思考の迷路に迷ったまま、そのドアを開く──
「──……っ!!!」
一陣の風が吹き抜けた。
いつも
「……
俺の声に、
……ああ、正真正銘、
クールビューティーで気が強そうな割りに……内面はすごく優しくて、俺のことを好きだと言ってくれたあの時の彼女、そのものだ。
ようやく彼女が、その目を覚ましたのだ。
心の底から嬉しさがこみあげる──が、しかし。同時に恐怖が追いかけてきた。もしも、彼女が俺のことを覚えていなかったら……?
「……っ」
……ああ、でも、俺はいったいなんて声をかけたらいい?
俺の思考は迷子のままだ。正解が分からない。
俺はその場に立ち尽くしたまま、いったいどんな百面相をしていたことだろう。悩んで悩んで……どんな答えにもたどり着けないまま、口を開けたり閉じたり──しかし。
クスッ。
鈴が転がるような心地よい音色の声がした。
「──『どうしましたか、私でよければ話を聞きましょうか?』」
どこかイタズラっぽい、そんな
「え……覚えて……?」
「いいえ、とても大まかなことだけしか」
「……っ」
じゃあ、今の言葉は、偶然──?
「でもね、聞いてほしいの」
「あのね……もしかすると、私の記憶は死んでしまったのかもしれない。でも、私の体は、心は、全部覚えていたみたいよ。だってこれを聞いて……すぐにあなたの顔が、声が思い浮かんだんだもの」
チラリと
「それは
「ええ、そうみたいね。私の声の入った……ボイスレコーダー。見慣れないこの場所で目が覚めてから……この部屋に置いてある私物を少し漁ってみたら、これを見つけたの」
「ここに残された記録はね、最初はとっても暗かったの。どんどんと底なしの沼に沈んでいくような、悲しみに満ちた声ばかりだった。でも……最後の数日は、とても、とっても、浮足立っているように明るかったわ。その私は、その数日がよっぽど楽しくて、嬉しくて……そして君が恋しかったんだわ」
「……!」
「──そうよね、コウくん」
「……ああ、そうだよ。
俺は大きく、何回も頷いた。
「俺もすごく、すごく楽しかったし、嬉しかったし……ずっとずっと、君のことが恋しかった……!」
「コウくん……これまでの思い出の多くは、私の中から無くなってしまったかもしれない。でもね、あなたのことが大切で、好きな気持ちは絶対に薄れていないわ。だから……」
「私とまた、そんな思い出をいっしょに……作ってくれるかしら」
「そんなの──当たり前だろっ!」
俺は即答する。当然のごとく。
そして、俺は病室の入り口からひと息に、
「たくさん、たくさん作るよ……絶対にッ! これまでよりも楽しくて、幸せで、かけがえのない思い出を。約束するッ!」
「うん……ありがとう、コウくん。私も、がんばる。私もあなたを幸せにできるように」
「
「ぜんぜん、こんなの無理なんかじゃないわ……それに、私には、私たちにはやらなきゃいけないことがあるじゃない。それだけは、確かに覚えているわ」
「やらなきゃいけないこと……?」
俺が問い返すと、
「決まってるでしょ? いくら記憶喪失の私でも、これだけは覚えているわ」
「──普通の恋人として当たり前のように、ふたりで楽しく生きるんでしょう? なら、そんなの早いに越したことないじゃないっ」
5/23(月)、夕暮れ時。
病室の窓ガラスには、満面の笑みをした俺と
~FIN~
※↓↓↓以降 おまけ↓↓↓
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