第39話 光の魔術師

──早いもので、JAS.Labジャス・ラボ地下施設での戦いから3週間が経過していた。




GWはすでに明けて、5月23日(月)。


休み明けで気だるげな雰囲気も払しょくされた高校の放課後の教室で、クラスメイトの男女たちが思い思いに喋っていた。




「──マジで新担任のHR長すぎじゃね? 部活遅刻決定なんですけどー」


「──それな。あーあ、ツバメちゃん、急な転任ってさぁ……マジで未だに悲しいわ」


「──俺も俺も。ツバメちゃん可愛かったしなぁ」


「──うわぁ、男共キモー」


「──ひっでぇ!」




ケラケラと快活に笑うそんな賑やかなグループからは相変わらず蚊帳かやの外な俺は、手早く帰り支度を済ませると教室を後にする。クラスメイトたちの話題は未だに、GW中にあった登校日から突然他校への転任が決まった【ということになっている】教師、浜百合ツバメの話で持ち切りだった。


……まあ、転任なんてどこにもしてないけどな。ただ、教職を辞しただけだ。


浜百合ツバメの処遇は、現在もモメているらしいとジャーマノイドから定期的に連絡が入ってくる。


彼女の身柄はあの騒動の後、ドイツ警察の特務隊によって確保され、その後は日本警察との合同での取り調べが行われることに決定した。身柄はドイツ軍のジャーマノイドが本来属しているらしい隊の元に保護されており、現在の所在は限られた者にしか明かされていない。




「……ふぅ……」




小さくため息を吐きながら、帰路に着く。


……あ、そういえば好きなコミックの発売日だったっけ。


俺は寄り道がてら繫華街に足を向けようとして……しかし、やめた。どうも気分が乗らなかった。……あれ以来、俺は繁華街に行っていない。




「……」




ひとり暮らしをするマンションの階段を上る。2階、階段前が俺の部屋。


ガチャリ、と。鍵を差し込んでドアを開けた。




「──あ、おかえり、コウ」




俺を出迎えてくれたのは長い銀髪に翡翠の瞳をした少女──シルヴィエだった。


「……」


「……あれ、コウ? どうかした?」


「……いや、なんでもないよ。ただいま」


「うん? おかえり」


シルヴィエは俺を出迎えてくれると、そのまま2LDKの間取りの部屋のリビングへと戻り……そこに積み上げられていたコミックを手に取って床にゴロンと転がった。


「いやー、ONE PEACH長すぎでしょ(笑)ってこれまで手を出して無かったけど……バラアスタ編からページをめくる手が止まらないね。CQ9戦がいま最高にアツい……」


「それは分かるけど、ちゃんと片付けながら読めよ?」


フード付きマントをそうそうに脱ぎ捨て、その代わりにダボTシャツを着こなしてしまったシルヴィエの、その完全に現代に染まってしまった姿に俺は嘆息しつつ、着替えるために自室へと戻った。




俺の勇者のころの仲間──光の魔術師ホーリーウィザードシルヴィエ。彼女はこの現代に、俺への謝罪と恩返しのために異世界から閉じかけのワームホールを伝ってやってきて……そのまま居着いてしまった。




『ワームホール閉じちゃって帰れないや。仕方ない、この世界で稼いで暮らすか……え? この世界ギルドとか無いの? 仕事を探すならハロワで? 住民票が必要……? なにそれ?』




この世界のことをさっぱり理解できていないシルヴィエを放っておくこともできず、俺はひとまず自分の家に彼女を置くことにした。




……俺は、かつて俺のことを裏切った彼女を恨んでいないのか?




もちろん、これまでは少しは思うところはあった。でも、もうそんなことどうでもいいくらい……今の俺はシルヴィエに感謝していた。


だって彼女はその得意の【回復魔法】で──わかを救ってくれたのだから。




* * *




俺は普段着に着替えると、再びリビングへと顔を出す。


「それじゃあ、俺行ってくるから。留守番よろしくな、シルヴィエ」


「うん、分かったー……また、彼女のトコ?」


「ああ。会ってくるよ」


頷く俺に、シルヴィエはコミックを横に置いてゆっくりと起き上がった。


「早く目が覚めるといいね、わかさん」


「……うん」


俺の行く先は──わかの居る病院。この3週間、彼女はまだ1度も目覚めていないのだ。だから俺は見舞いに毎日通っていた。


「コウ……そんな思い詰めたような顔しないでよ。私の【完全なる回復オル・ヒール】で脳の損傷は回復してるはずだから、意識も直に戻る」


そう、わかは救われて、そして近い内に意識も取り戻すことは確定していた。


あの時、ツバメとの戦いのすぐ後のこと。シルヴィエが俺の前に現れて、『コウ、何か君のためにできることはないだろうか?』と言ってくれたのに対し、俺は即答した。




『どうかわかを治してくれ』、と。




シルヴィエは何を問い返すこともなく、異世界で最高峰の回復魔法をわかへとかけてくれた。


その後、わかは大病院に搬送され、身元を隠しての精密検査が行われた。その結果はオールグリーン。脳に負ったはずの損傷はまるで無くなっていた。


しかし、まだ意識だけは戻らない。そのため、今はジャーマノイドの息のかかった設備の整っている病院で入院している。セキュリティはバッチリだし、俺も毎日通っているしで、今のところわかに危険が及ぶようなことはない。


「ただ……分かってるよね、コウ。彼女が目覚めたら」


「……ああ」


回復魔法をかけてくれたその時に、それはもう聞いていたことだった。




──わかは、俺のことを覚えていないかもしれない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る