第3話 異世界帰りの弊害
「
「こりゃー! 丸山くんっ! 真面目に授業受けなさーいっ!」
路地裏の1件の翌朝。
GW初日の祝日の金曜日である。時刻は午前9時ちょっと過ぎ。俺は高校の自分の教室で、頬杖を着いてうなだれながら──ひとり【授業】を受けていた。
……え? GWなのになんで、って? 学校は休みじゃないの、って?
「丸山くんは1年間の遅れがあるんだから、こうやって特別授業をちょっとずつ受けて単位を取り戻していかなきゃいけないんですからねっ?」
クラス担任であり数学教師の
「は~い、分かってますよ~」
「『は~い』じゃなくて『はい』でしょ! 返事は伸ばさないの! メッ!」
──異世界帰りの
この高校は2年生までの間は留年というシステムがない。自分のレベルにあった選択授業を受けて必要単位数を獲得していれば3年生に上がれる仕組みだ。
……そんなわけで丸々1年間授業をサボってしまった俺のツケは大きい。俺が留年せずに3年生になるためには、GWの連休や夏休みといった長期休暇の間も特別授業を受けて単位を獲得しなければならないというわけだ。
「もう、マジメにやらないと補講延長で、せっかくの連休を遊べなくなっちゃいますよ?」
「遊ぶって言ったって……俺、友達も彼女もろくに居ないからなぁ……」
「あぅ……」
ツバメ先生が気まずげに口ごもる。
──異世界帰りの弊害、その2。人間関係。
男子高校生の1年間の失踪は、地域的にではあるがセンセーショナルなニュースになった。丸山コウは天涯孤独の身に耐えかねて山奥で自殺したとか、闇の組織に拉致されたんだとか、いろんな推測が流れていたらしい。
無事に帰還した際、俺は異世界転移のことは隠したので、【長期的な家出】として結論付けられたが……おかげさまで【人騒がせな迷惑高校生】のレッテルを貼られてしまうことになり、今日に至るまで学校の生徒らは誰も俺に関わろうとはしない。
「……今日ずっと上の空なのは、それで悩んでいるからなのですか? その……先生でよければ、いつでも相談には乗りますよ?」
ツバメ先生がとても優しげな声で相談に乗ってくれようとする。
……さすがは赴任してきてたったの1ヶ月で生徒たちの人気者になった先生、俺とは真逆のコミュ力強者だ。めちゃくちゃ相談したい。
とはいえ、違うのだ。
「すみません、今日ちょっと考えてるのは別件で……」
確かに人間関係については悩ましい。悩ましいけれど……今日、授業に身が入らない理由はもちろん、昨夜の美少女との1件だ。
……あの美少女は明らかに何かを抱えていそうだった。ナンパに絡まれているのとは次元の違う何かに。本人は困っていない、なんて言っていたけど……
『──たとえ全世界を敵に回すことになっても? それでも私を選んでくれる?』
そのひと言に、美少女の抱える問題の全てが詰まっていた気もする。そして、俺はとっさに何も返すことができなかった。
どんな事情は知らないし、ただの
仮にだけど、警察や軍隊が相手なら、ぶっちゃけできないことは無い、と思う。今の俺の力ならそこそこに渡り合っていける自信がある。
……でも問題はそこじゃない。
「ツバメ先生……もしですよ? 見知らぬ訳アリ美少女が困っていそうだったら、助けます?」
「な、なんなのですか、突然……」
「あ、訳アリ美少年でもいいですよ」
「要らない配慮ですぅ!」
ツバメ先生は頬を膨らましながらホワイトボードから俺へと向き直る。
「まったく……で、助けるか助けないかで言えばもちろん助けますよ」
「たとえば、それが大勢の誰かを敵に回してしまう結果になったとしても、ですか?」
「大勢の誰かを敵に回してしまう……? その美少年とやらは法令や社会倫理に背く人なのですか?」
「それも分からないとして……どうしますか? その人はとても悪い人には見えない、助けたいと思う、でも……その人に関わったら結果として失うものが多くあるとしたら……?」
そこだ。たぶん、俺にとっての全世界を敵に回すということの恐ろしさは武力ではなく、【元の生活には戻れないだろう】という部分にあると思う。
……ただでさえ【生きにくさ】を感じている今なのに、全世界を敵に回したら?
町ですれ違う人間は全て襲い掛かってくるかもしれない敵。隣人も信じられないばかりか、家に石を投げ込まれるかもしれない。こうして学校で俺に優しく接してくれる数少ない大人──ツバメ先生にも敵意を向けられるようになるかもしれない。
「うーん、そうですねぇ……」
ツバメ先生は静かに考え込むと、
「丸山くんがいったいどんな答えを欲しているのかは分かりませんが……現時点で先生が言えるのは、【取り返しのつかないことは割と多い】ということです」
「……えっ? 取り返しのつかないことなんて無い、じゃなくて?」
「はい。SNS炎上からの損害賠償、汚職からの解雇、不倫からの離婚、殺人からの死刑……小さなことから大きなことまで、取り返しのつかないことは沢山ありますよ。今の世の中では、失ったモノを取り戻すのはとても難しいのです」
「まあ、確かにそれはそうですけど……」
「そう、だから行動には慎重にならなければなりません……でもですね、『だから余計なことはするな』とはならないと、先生はそう思います。だって、どんなに取り返しがつかない状態からでも【再出発】はできるんですから」
「再出発……?」
ツバメ先生はおっとりした笑顔で頷いた。
「いま自分の目に映る社会や居場所が全てでは無いのです。立場や視点が変われば現れる新たな世界もあります。なら……その新たな世界でまた生きていければいいではないですか」
「……今の居場所が、全てではない……」
「失うということは得ることでもあるんですよ。だから、行動をあまり恐れ過ぎないことです。失敗したなら失敗したなりの、楽しいこと、嬉しいこともきっと待っていますから」
「そっか……確かに、そうかも」
俺はなんだか……吹っ切れた気分だった。
そういえば異世界転移した時もそうだった。最初は華の高校生活を過ごせないことに深く落胆していたけど、でもその内になんだかんだでモンスターと戦う日々に慣れていって、それはそれで楽しい日常になっていったんだ。
「……この命さえあれば、後のことはなるようになる、か」
「そうですねぇ、命さえあれば……って、丸山くんっ!? 命って、何か危険なことに首を突っ込もうとなんてしてませんよねぇ!?」
「あはは、いやいや、そんなことは」
……ない、とは思う。昨日の美少女の、彼女なりのジョークなのだろう。じゃなきゃ【全世界を敵に】ってどんな状況だよって思うし。
「なんにせよスッキリしました。ありがとう、ツバメ先生」
「まぁ……これで勉強に集中してもらえるならいいですけど」
「いえ、お腹痛くなったので今日はこれで早退させていただきます! ツバメ先生、また明日!」
「え、あっ!? ちょっと!?!?!?」
俺は通学カバンを引っ掴んで、驚き返るツバメ先生を教室に置き去り廊下へと走り出した。
……今度は即答できる。『たとえ全世界を敵に回すことになっても、俺は君のことを選ぶよ』と。
だって生まれて初めての一目惚れなんだからさ、大事にしたいじゃない? 仮にその選択で世界を敵に回したとしても、後のことはその時に考えればいい。
校門を駆け出て、同時。
──【
俺は、体内の【魔力】を練り上げた。
「さて、【探す】対象はもちろん──」
あの美少女だ。さて、じゃあ彼女の名前を設定して……って、アレ?
「そういえば俺、あの美少女の名前……聞いてなくね?」
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