#4



 ☆   ☆   ☆



「そいつはだめだ」


大声がして、植栽の向こう側から日焼けした顔がのぞいた。


「あらどうして?」


「必要だからさ。裏にあるやつを使ってくれ」


園丁の言葉に、ミアは肩をすくめた。


「裏ってどこかしら?」


芝庭をはさんで、横長の建物が見える。入り口がたくさん、鍵盤みたいに並んでいる。


さと子はすぐに厩舎だと分かった。

窓から顔を出しているのは、屋敷で飼われている馬たちだ。


厩舎の裏に回ると、はたして、古びた荷車ワーゲンが飼い葉の間に放置されている。


「仕方ないわね!」


ミアは腰に手をあてて言った。


荷車は雨ざらしになっていたようで、ボロボロだった。木製の車輪には干し草がからまっている。


(これに乗るの……?)


さと子はミアの後に続いて、しぶしぶ荷台に乗り込んだ。


ミアから受けとったクッションを汚れた床板に置いて、その上に腰をおろす。

ミアは側板の縁にクッションをあてて、もたれている。


「揺れるから、しっかりつかまって」


さと子は訝しんだ。


(馬は……?)


誰が荷車を引っぱるの? 疑問が解ける前に、ミアは呪文を唱え終わっていた。


四つの車輪が同時に回り始め、荷車は走り出した。


二人のメイドを乗せたまま、荷車は通用門を突破した。

茂みをかき分け、林の中の小径を突き進む。


ひどい凸凹道だ。

荷車ははげしく軋みをあげて、乗っている二人には振動がもろに伝わってくる。

さと子が悲鳴をあげるのもお構いなし。車輪がぬかるみに突っ込むたびに、二人の体が浮いた。


このままでは荷台ごとバラバラに壊れるのではないか──と、さと子が本気で心配しているうちに、視界が開けた。


林をぬけて、石畳の一本道に出た。


お屋敷から街へ下るための長い坂道だ。


路面はしっかりと舗装されている。ようやく跳ね馬みたいな走りから解放されて、さと子は胸をなで下ろした。


ところが、今度は荷車のスピードが上がり始めた。ぐんぐんと加速して、下り坂を滑走する。


「止めてーっ! み、ミアさん、速すぎるっ!」


「手を離しちゃダメ! 操縦が難しいのよっ!」

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