#2

「こっちよ」


ミアの後ろを、さと子はときどき早足になりながら、はぐれないようについて行く。


「屋敷のどこに何があるか、もう覚えたかしら?」


ミアが前を向いたまま、言った。


「えっ? い、いいえ……。あまり……すみません」


覚えようにも、この屋敷は複雑すぎた。

敷地は、ありえないほど広かった。古いお城だったり、華やかな宮殿のようだったり、由緒ありげな建物がたくさんあった。

そして、たがいに入りくんだ通路でつながっている。


さと子がこの屋敷へ来てから、ひと月がたとうとしていたけれど、どこに何があるかなんて、部屋の配置でさえ、いまだにサッパリ理解できていなかった。


「あやまらなくてもいいわ。わたしも最初は苦労したわね……」


ミアはひとり言のようにつぶやいた。


「完璧に把握してるのは、クラウスさんくらいじゃないかしら?」


執事のクラウス氏はこの屋敷ではたらく召使いたちの長だった。


階段を下りきると、その先は、日のあたらない長い廊下がえんえん続いている。二人は黙って歩き続けた。


ミアはずっと、緑色の布包みを抱えていた。大切な物のように、両腕で抱きしめている。

それが何なのか、さと子は気になったが、たずねなかった。知らなくていいことを質問する必要はない──と、メイド長から教えられていた。


階段を上って、屋外にでた。

生垣のすき間を抜け、水路をまたいで、中庭を横切る。

たどり着いたのは、冬蔦でおおわれた古びた建物だった。人の気配はなく、どことなく陰気くさい。


ミアが入り口の鍵を開けた。二人が足を踏み入れると、中は暗くて、かび臭い空気がよどんでいる。鎧戸のすきまから、わずかに光が差し込んでいる。


ミアとさと子は鎧戸をすべて開けた。

光とともに、気持ちのよい風が流れ込んできた。


「ここは空き部屋で、使用許可はとってあるわ。いろいろと準備しなきゃいけないことは、ぜんぶこの部屋ですること」


部屋の中には、粗末なテーブルとイスが一組だけ。テーブルにはクロスがかかっていて、その上に紙の束が積み上げられている。


奥には書棚があって、日用品やガラクタみたいな道具類がゴチャゴチャと置かれていた。

物置のようだと、さと子は思った。


「そう畏まらなくてもいいのよ」


ミアが言った。


「えっ?」


「エルンスト様はお優しい方よ」


「え、ええ……はい」


ミア・クレーはこの屋敷の若き当主を心から信頼しているようだった。


彼女だけではない。

召使いの誰もが、主人に深い信頼をよせていることに、さと子は気がついていた。


さと子はエルンストの顔を思い浮かべた。

先月からお仕えすることになったご主人様は、見た感じ、まだ二十代そこそこといったところ。さと子と十歳も離れていないのではないだろうか?


いつも横柄にふんぞりかえって、偉そうな口の利き方で、杖先を振りまわして、指図する姿しか思い浮かばない。


(そんなに良いご主人様かしら?)


とはいえ、ここのお屋敷を追い出されでもしたら、どうして生きていけばいいのかも分からない。ついつい卑屈にもなろうものだ。

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