水の辺の物語
とてら
Ⅰ.
予言書
#1
「遊休地を有効活用するんだ」
エルンスト・フォン・エスターキルシュは、そう言った。見目麗しく整った顔を、窓にむけたままで。
「な、なるほど」
さと子はとりあえず納得したようにうなずいてみた。
でも、
(ゆうきゅうち……? ゆうこうかつよう?)
魔法使いのセリフとは思えなかった。
午後の日差しが、ゆれるカーテン越しに部屋の床を照らしている。
ここは屋敷の三階。
開け放たれた窓の外には、よく手入れされた庭園と、その先の林の梢がひろがっている。
ブゥン──と、一匹のミツバチが窓から迷い込んできた。ふらふらと、たよりなさそうに室内をさまよっている。
やがて、マントルピースに飾られた花の中にもぐりこんだ。
さと子は、エルンストの手が執務机の上に伸びるのを見た。
片づいた机上に、唯一置かれた杖置き。
エルンストの長い指が、その瀟洒な杖置きから杖をつかんだ。
細い杖の先端が、くるくると回る。
軽やかなしぐさ。
ミツバチが、ふたたび花弁の中から飛び出した。
突然、気が変わったように方向を転じて、さと子の前髪すれすれを横切って、一目散に窓の外へ飛び去っていった。
窓が閉まる。
だれも触れる者がいないのに、カチャカチャと鍵がかかる。
エルンストは、何でもない素振りのまま、机の引き出しに手を伸ばした。
取り出されたのはポリッシングクロスで、それで杖を丁寧に拭き始めた。
拭きながら、言った。
「ミア。仕事の段取りをひととおりこいつに説明してやってくれ。いずれ、すべて任せられるように」
「かしこまりました」
召使いのミア・クレーは、うやうやしく主人に向かって頭を下げた。
「おまえ」
杖先は、さと子に向けられた。
「は、はいっ!」
「しっかり働けよ。ミアの指示はこのわたしの指示だと思え。わかったな?」
「か、かしこまり……ました……」
エルンストが杖を杖置きに戻すと、それが合図となって、二人は一礼をしてから主人の部屋を退いた。
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