日常の向こう側

かなかの

第1話 日常の檻

加藤良太は、いつもの通り6時30分にアラームで目を覚ました。窓から差し込む朝日が、彼の28年の人生を映し出すかのように、部屋の隅々まで行き渡っていた。良太は身を起こし、ベッドの端に腰掛けたまま、しばらく呆然としていた。

「また同じ一日が始まるんだ」

そう呟きながら、彼は重い腰を上げた。シャワーを浴び、髭を剃り、スーツに袖を通す。これらの一連の動作は、もはや彼の体に刻み込まれたルーティンだった。

朝食を取る時間はない。コンビニで買ったおにぎりを片手に、良太は駅へと急ぐ。混雑する電車の中で、彼は周りの乗客たちの顔を観察した。みな同じような表情をしている。疲れているのか、それとも何かを諦めているのか。良太は自分もそんな顔をしているのではないかと思った。

オフィスに到着すると、良太は自分のデスクに向かった。周りの同僚たちは既に仕事を始めている。彼らの中には、良太よりも年上の者も若い者もいた。しかし、みな同じような空気を纏っていた。それは、何か大切なものを失ってしまったような、そんな空気だった。

良太はパソコンの電源を入れ、メールをチェックし始めた。案の定、上司からの指示メールが何通も届いている。締め切りの迫った案件、新しいプロジェクトの提案、クライアントとの打ち合わせ...。これらのタスクをこなしていくうちに、一日はあっという間に過ぎていく。

昼食時、良太は会社の近くの定食屋で一人で食事を取った。周りのテーブルには、同僚たちが楽しそうに会話を交わしている姿が見える。良太は自分もそこに加わりたいと思いつつも、なかなか声をかけることができずにいた。

午後の仕事も、午前中と変わらぬペースで進んでいく。良太は黙々とキーボードを叩き、時々ため息をつきながら、与えられたタスクをこなしていった。

「加藤君、この資料、明日の朝一番で必要なんだ。今日中に仕上げてくれるかな」

上司の声に、良太は思わず体を強張らせた。

「はい、わかりました」

そう答えながら、良太は内心で悲鳴を上げていた。今日も残業か。この資料を仕上げるには、少なくとも3時間はかかるだろう。

結局、良太が会社を出たのは夜の10時を回っていた。疲れ切った体を引きずるように、彼は駅へと向かった。電車の中で、良太はスマートフォンを取り出し、無意識のうちにSNSをスクロールし始めた。

そこで、彼の目に飛び込んできたのは「職場デスマッチ」という言葉だった。

「職場デスマッチ?何だろう、これ」

興味を引かれた良太は、その投稿をタップした。そこには、こんな説明が書かれていた。

「あなたの職場スキルを活かして、他社の社員とビジネスバトル!勝者には豪華賞品が!」

良太は思わず笑みを浮かべた。なんだか馬鹿げているようで、でも何か新鮮な響きがあった。

家に帰り着いた良太は、ベッドに倒れ込みながら、もう一度スマートフォンを取り出した。「職場デスマッチ」のサイトを開き、詳細を読んでいく。

「これ、面白そうだな...」

良太は、長い間感じていなかった興奮を覚えていた。それは、何か新しいことを始める時の、あの胸の高鳴りだった。

「よし、エントリーしてみよう」

そう決意し、良太はエントリーフォームに必要事項を入力し始めた。名前、年齢、職業...。そして最後に、「参加理由」という欄があった。

良太は少し考え、こう入力した。

「自分を変えたい。今の生活に満足できない自分を、何か新しいことに挑戦することで変えたい」

送信ボタンを押した瞬間、良太は何か大きなものが動き出したような気がした。それは、彼の人生が新しい方向に向かい始めた瞬間だった。

良太は深呼吸をして、天井を見上げた。明日からの日々が、少しでも変わることを願いながら、彼は目を閉じた。

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