幻想(ユメ)のあと

神逢坂鞠帆(かみをさか・まりほ)

第1話

京終蜜きょうばてみつの人生の悲劇の何たるか。それは、黄檗櫻哉おうばくおうやが師匠であるという一点に尽きるよね」

「あの、坂木さかきさん。なんて?」

 私は、微笑む。都南となみ高校の制服を着た田町菜たまちな。膝の上には、幼児。

逸歌いつかくんに、夢中でつい」

「そうか。あるいは、黄檗櫻哉の存在が、君を生んだとも言えるのか」

「はい?」

 首を傾げる。

「ほら、君の父親は、女は知っていても、恋は知らないのだよ。だから、君の母親の願いを聞き容れることができた」

「あ、あー。そういう話ですか。私、お母さんに、蜜くんが明日香あすかちゃんとつきあっても嫉妬しないのって聞いたんですよ。そしたら、蜜くんは人類の宝だからみたいなこと返されて」

 そりゃあ、作品は何百年も残るだろうけれどと菜ノ葉は独りごちる。

「つまるところ、師匠が完璧超人すぎて、それを超す人物が現れないのだろうよ」

「やだ、蜜くん、本当に可哀想なんだけど!」

 遊び疲れた幼児は、ピクニックシートの上で眠る。二人で、お茶を飲む。

「そう言えば、昔、家庭訪問の話したらね。蜜くん、担任の先生に、おうお先生ん家に来てほしかったんだって言ってたもん。京終家には、ほとんど居ないのに意味が解らないって」

「あれは、実質的には、黄檗家の子供なのだろうね」

「そうそう」

 それから、大学院での研究内容について聞いた。田町菜ノ葉は、都南高校理数科とK大大学院の研究室の両方に在籍している。同様に京終蜜のいとこ、櫟本四葉いちのもとよつばは都南高校附属中学校と大学院の修士課程とで学んでいる。

「私と四葉くんとが、これからの『つぐみの会』のプロトタイプになるからね。蜜くんが、専攻したいことは飛び級してもいいけど、卒業しちゃったら、中学や高校には戻れないからって。いや、蜜くんは中学卒業で美大卒業程度だったのに、あとで高校入っちゃったけどさ」

 正直、京終蜜の学歴は目茶苦茶である。ぱっと見、訳が解らない。都南高校を卒業してすぐに、の特別講師になっている。菜ノ葉曰く、前から話はあったのだそうだが、あまり若すぎるからと師匠が保留していたらしい。それが、教授のひとりが病死したため、再び話が回ってきたのだそうだ。

「それはそうと、四葉くんはすごいよね」

 私は、首を傾げる。

「放課後理科クラブのときから、ずっと安宅あたか先生と研究の話ばっかりしてたもん。同じ教室に、遥歌はるかちゃんと私が居たのに、全く興味なし! シャーロック・ホームズかよ!」

 そこで、深く溜息を吐く。

「まあ、でも、ああいう子がノーベル賞とかとっちゃうんだろうねぇ」

「君は」

 菜ノ葉は笑って、手を振る。

「私は、どうもアーティスティックすぎるって。イグ・ノーベル賞ならとれそう!」

 え、坂木さん、大学理学部卒業したのに知らないの。バナナの皮とか、ビスケットを紅茶に浸ける時間とか。本もあるんだよ。

「でもさ、なんか、坂木さんと四葉くんって雰囲気ちょっと似てるかも。オーラが出てる、みたいな? 二人のまわりだけ、時の流れがゆっくりだよね」

「昔、京終蜜に、能の世界の人物みたいだと言われたよ。幽霊だか、精霊だかみたいだとね」

「おおー、おおー、おおー…」

 だんだん声が小さくなる。

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