間話
ミヨクが魔法で世界の時間を止めて自由に動く事が出来るのは、厳密にはその使用者だからという理由ではなかった。それを世界に認めてもらっているからであった。故にその存在はミヨクに限られたものではなかった。
ファファル。
──それが魔力の量によるものなのかは定かではない(ファファル本人はミヨクと同等の魔力故と考えているが)のだが、空間の魔法使いの彼女もまたそれを世界に認められていた。
お前の時間も止めないよ。動いていいよ、と。
それをミヨクは、自分が世界の一強とならないように設けられた世界のルールだと考えていた。天敵を作る事で制限を課す為の。
そうしなければ、お前が神じゃん。となってしまうから。
ファファルはこれまでに38回、ミヨクを殺していた。
そのどれもがミヨクが世界の時間を止めた瞬間であり、言うならばそれが唯一の弱点であった。
──普段のミヨクは魔力でガチガチに武装して他者のあらゆる魔法攻撃から身を守っているのだが、世界を止める魔法を使ってる間はそこに魔力を注ぐ為に無防備となるのだった。それが唯一の隙。ファファルは空間魔法で瞬時に背後に出現すると、その自慢の大鎌で首か胴体を切断してくるのだ。しかもその確率は絶対に。
まさに天敵。
──ミヨクは世界の時間を止めれば、ファファルに絶対に殺される。
けれど、ファファルは最近ミヨクを殺せていなかった。
それは単にミヨクが世界を止める魔法を全く使わないからであった。
◇◇◇
「──いや、使ってるよ。ただファファルにも弱点があるから気付いてないだけで」
ミヨクはそう言った。
「──ファファルは4時間寝て、2時間活動するんだ。たまに活動時間が延長される事があるようだけど、その時は活動時間の倍寝る事で調整をとるんだ。そして基本周期を繰り返す」
「随分と寝るんだね? 眠たいの?」
マイちゃんがそう聞いた。
「知らないけど、確か昔に聞いた時には……いや、うろ覚えなんだけど、空間魔法は凄い魔力を使うからじゃなかったかな? いや、美容の為とか言っていたかな……それは別の誰かだったかな……1000年以上生きてるからもう忘れたよ。でも、まあ、なんらかの理由があるのは確かで、それでアイツが寝ている間は俺は世界の時間を止める事ができるんだ」
「寝ているから?」
「そう、寝ているから気付いてないんだ」
「でも、でも、不意に起きちゃう事とか、それこそミョクちゃんがさっき言っていたけど、活動時間の延長とかがあるんでしょ? どうやって寝ているかどうかが分かるの?」
「マイちゃん、その秘密がこれだよ」
そう言ってミヨクは魔法を唱えた。
「──ジリリリリン《お前の目覚まし時計は俺のもの》」
と。すると手のひらに砂時計(第一章1─13参照)が現れた。
「この砂時計はファファルが寝た瞬間に起動して、4時間後に砂が底に溜まるんだ。これがあるから俺は世界を止める魔法を使っているんだ。この魔法を開発するまでに7回くらい殺されたけどね」
「でも、でも、それでも急に目を覚ます事だってあるんじゃない? そしたら空間魔法を使われて、ミョクちゃん間に合わないんじゃない?」
「マイちゃん、それがないんだよ。ファファルに限っては今まで1000年以上、一度もないんだ。ファファルは絶対に4時間は寝るんだ。急に起きたりしないんだ。凄いんだ、アイツの寝る力は」
「へ、へー……」
「ただ、もしその法則が崩れた時は俺は死ぬよね。防ぎようがないからアイツの攻撃は。空間魔法でいつの間にか背後に立っていて、いつの間にか大鎌で首か胴体を切断されているんだから。気づけば俺の時間が巻き戻っているって感じだよ。あっ、そうそう。ちなみにマイちゃんとゼンちゃんも俺と一緒にいる時に何度かファファルについで殺されているよ。死んだ事に気付いてないだけで。それだけ一瞬だからねアイツの攻撃は。空間魔法は恐ろしいんだ」
「えっ?」
「えっ?」
それはゼンちゃんとマイちゃんにとって衝撃的で、そして聞きたくない発言だった。
◇◇◇
その通りだった。
ファファルは絶対に4時間は寝る。活動時間が長引けばもっと寝る。
それは、美容の為であった。
なんだかんだで1000歳以上の超高齢者。空間魔法で不老を保っているとはいえ、肉体の衰えが絶対に無いとは本人にも言い切れなかった。なにせ先人がいないのだから。故にとても気を遣っている。活動時間の倍は身体を休めて、そこに癒しの魔法をたっぷりと注入させて、出来る限りのケアをして美を保っていた。
ファファルにとっては世界のあらゆる出来事や時の魔法使いを殺す事より何よりも、老いない事の方が遙かに大事だった。
「たとえ世界が滅びても、
美の為に。
そのおかげで1000歳以上のファファルの肌には未だに皺が1つも刻まれていなかったし、髪の毛も艶々のサラサラだった。ちなみに活動時間中には闇のように深い黒色の仮面を着けるようになった理由は、その内側に美容液をたっぷりと封じ込めているからであった。外側からの見た目を気にしないのには疑問が残るが、なにせ彼女は美を大切にしていた。
「1000年以上生きるのは、大変なんだ」
ファファルはそう言うと、ベッドの上で穏やかな魔法の光に包まれながら眠りに就いた。
空間の魔法使いファファル──
それは、この世界で三大厄災の1人に数えられる最も危険な人物の名前。ただ、その寝顔は案外と可愛いかった。
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