第16話 ツガイ≠婚姻
「ああ、目が覚めたのか! もう大丈夫なのか?」
美生が口を開くよりも先に、起き上がっている美生を見つめてドーベルマンは、一瞬で獰猛な表情から心配そうな顔になった。
感情の起伏が激しすぎて、ついていけない。それより体中に巻きつけた縄をなんとかしなくていいのだろうか。
「あ、うん。普通に寝不足だっただけだから。さすがに二十日連勤で動き回ったのがよくなかったのよね」
「二十日連勤?」
「それはあちらの世界では一般的なのか」
ドーベルマンが頓狂な声で驚いた横で、ボストンテリアは眉間に皺を寄せて唸っている。
「あんまり一般的じゃないけど……それより、その縄どうしたの」
楽しい職場だけれど、仕事中毒と呼ばれるほどに働いていたのは否めない。
誰も求めないとは思うが、こちらでそれが当たり前だと思われるのも困るので、美生は適当なところではぐらかした。
「こいつが俺を縄で縛ってバルコニーから宙づりにしやがって」
「寝ているトリンの部屋に夜這いを仕掛けるからだろう。そもそもここは王城だ。お前がいていい場所じゃない」
「それを言うなら辞表を出したテメェも同じだろうがよ」
「俺は彼女の護衛だから、傍にいるのは当然だ」
「あ、そういうことになっているのね」
改めて彼の立場を聞かされて、美生は納得した。
「お前はしれっと彼女に責任を押し付けるな。知らなかったようだぞ」
「今、言ったのだから問題はない。俺は彼女から傍にいてもいいと許可を得ている。そもそも彼女は拒否しない」
「なんだよそれ。それを言うなら俺だって彼女は大事な金づるだ!」
だからなんの対抗意識なのだ。しかもドーベルマンは褒めてもいないが。金蔓と言われて喜ぶ人はいないだろうに。
しかし眠り込む前にも同様の言い争いを思い出すと、この二人は仲がいいのかなと微笑ましくなる。
美生は二人のやりとりをみて、腕を組んだ。
「それで、押しかけてきた理由はなんなの?」
ボストンテリアはともかく、ドーベルマンは裏社会のボスである。そんな彼が、一体全体なんの用だというのだ。わざわざ王城まで押しかけてくる理由がよくわからない。
「はあ、だから、その。まあ、心配で……?」
「そうね、商談の途中で倒れたのは悪かったわ。それで、もちろんきっちりと仕返しする計画は立ててくれたのよね」
途中で寝てしまったのは悪かったけれど、あれほどやる気満々に宰相補佐官に一矢報いたいと息巻いていたのだから、もちろん話は進んでいるはずだ。
なぜなら、あれから丸一日以上は経っているのだから。
美生がにっこりと微笑めば、ドーベルマンはひっとのけぞった。
「だから、こちらに来ずに取り掛かれと言っただろう」
「で、でも……あんな突然倒れたら心配するのは当然で……」
「彼女はトリンだが、すでに辺境伯に嫁ぐ予定だぞ」
「そうだ、あんな最低のクズのところに行くくらいなら、俺のところに来い。王族に負けないほどの贅沢もさせてやる」
寝台に乗り込んで、ドーベルマンが言い募った。
あまりの必死さに、美生は正直に驚いた。辺境伯がクズだとは何度も聞いた。だからといって、そこから助けてくれようとしているとは思わなかった。
ボストンテリアにも覆すことは難しいし、助けることもできないと散々謝られているのだ。
「そんなことできるの?」
「なんとかなる!」
「なるわけがないだろう。国から追手がかかるぞ。すでに婚姻の魔法誓約書が成立しているから、罰則すらあるんだ。お前は無駄に彼女の命を縮めるつもりか」
意気込んだドーベルマンの横で、心底あきれ果てたようにボストンテリアが告げた。
「くそ、王城のやつらはやり口が汚いんだっ。だが婚姻の誓約なら、俺とツガイになればいい」
「ん?どういうことなの。婚姻とツガイは同じ意味でしょう。ツガイは夫婦ってことなんだから」
「婚姻は家の存続のために行う取引だ。つまり共同経営者みたいなものだ。ツガイは伴侶だから婚姻とは別物だ。まぁツガイと婚姻を結ぶこともあるけれど、あまり聞かないな。ツガイほど絶対的な関係じゃない」
どおりで、相手に通告もなしに一方的に魔法をかけたわけだ。王家の命令には相手も従うのかと考えていたが、婚姻が絶対ではないということか。
「つまり、向こうに行ってすぐに相手から離婚されても問題はないということ?」
「あの場の魔法誓約ならば、問題はない。要は婚姻したという事実があればいいのだから」
美生の疑問にボストンテリアが力強く答えた。だから、彼は何度も辺境伯のところに行くのは止められないと言ったのかと納得できた。言った後で自由にすればいいと考えたのだろう。
王太子も目の前から消えてくれるなら、後は自由にしろと言いたかったのかもしれない。
「俺とツガイになるのはいやなのか?!」
「貴方がいやなんじゃなくて、誰ともツガイになる気がないのよ」
「そんな……」
絶望したような顔をしたドーベルマンは、けれどボストンテリアを見やって瞬きを繰り返した。
なぜか落ち込んでいたドーベルマンは、ボストンテリアに活路を見いだして落ち着いていてるようにも見えた。
「どうかした?」
「いや、なんでもない。お前、後で説明しろよ!」
「仕方ない、応じよう」
ドーベルマンがボストンテリアに噛みついたが、彼はあっさりと頷いたのだった。
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