第8話 コツ
ボストンテリアの言われるままに軍の詰め所へと向かう。
王城から門に近い開けた場所にレンガ造りの三階建ての建物が見えた。古いけれどしっかりとした造りは重厚感がある。
その入口をくぐると、すぐに声がかかった。
「将軍がこっちに顔出すの珍しいですね」
にこやかに話しかけてきたのはビーグルだ。軍服に階級章がついているところを見ると、それなりの地位にいる者のようだが、声の感じは若い。
「ああ、ちょっと部屋に用があってな。ちょうどいい、お前もついてこい。だがあんまり彼女に近づくなよ」
「彼女?」
ビーグルがボストンテリアの後ろにいた美生に視線を向ければ、突然ばっと袖口で鼻を抑えた。
「なんで、嘘だろう、ものすごいいい匂いなのに――俺のツガイ?」
「お前のじゃない。彼女は今日召喚された救聖女だ」
「え、ってことは殿下のツガイじゃないですか。なんでこんな複数の匂いが……?」
愕然としているビーグルに、ボストンテリアは静かに答えた。
「お前には関係ない」
「いやいやいや? 将軍、彼女は俺のツガイかもしれない。複数の匂いなんて殿下は絶対にお気に召さないでしょうが、俺は淫乱でもちっとも構いません。ちょっと話をさせてください」
「そのように感じるのはお前だけではないから、安心しろ。勘違いだ」
「何が安心!?」
ビーグルがきゃんきゃんと吠えるけれど、ボストンテリアは少しも揺らがない。
美生にはわからないけれど、医者が言っていたのはビーグルの状態をもっとひどくしたようなことなのだろう。
好物を前に出されて涎を流さんばかりに食いいるように見つめられているのを感じる。ビーグルはまだ理性があるようだけれど、問答無用で襲われるかもしれないということだ。確かにそれはぞっとする。
美生はボストンテリアの前に出て、ビーグルをまっすぐに見上げた。
この国は皆、大柄だ。がっちりした体躯は軍人だからだろうけれど、細身でも高身長で、女性でも身長の高い美生でも見上げるような者ばかりだった。
なので必然的に見上げる形になるが、ビーグルはまん丸の目をとろんと蕩けさせた。
「いい匂い……」
「ん、いいこね。それで、ちょっと届けてほしいものがあるんだけど、あとで構わないから時間をくれない?」
ビーグルの頭を撫でてお願いしてみる。
「は、はい! 直ちに!!」
「ふふ、まだ大丈夫よ。お利口に待てができるのね、賢いわ」
直立不動になって、びしりと固まってしまう。あまりに可愛いので思わず笑みが零れた。美生がにっこりと微笑んだ途端に、ビーグルは声にならない叫びをあげて駆け出していった。
「お、おい、どこに行くんだっ」
ボストンテリアが声をかけるが、よくわからない声が聞こえるだけで、それもあっという間に小さくなる。
美生は自分の手をにぎにぎとさせながら、小さく頷いた。
なるほど、サロンにやってくるお客様たちのように、褒めてもてなせばいいというわけか。それくらいなら、不意を突かれなければ対処できるような気がする。
「なんとなくコツを掴んできたかも」
「あれでも大隊長なんだが……辞表をさっさと書いて部屋においておくか。あいつに預けるつもりだったが仕方ない。後で取りにくるだろう」
ボストンテリアがあっという間に姿の見えなくなったビーグルが消えた方向を見つめて遠い目をした。
「俺もあんな状態なのか……」
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