第28話

 科学の進歩によって人は人間らしさを失っていってはいないだろうか。宗教はことごとく否定され、現代科学上、天国も地獄も輪廻転生もなくなってしまったとしたら、なぜ、悪いことをしてはいけないのか。

 捕まるからか、傷つく人がいるからか、それの何がいけないのか、いくら考えても分からないという人に、納得させる答えを持っている人はいない。

 自分はこの宇宙の中でとにかくちっぽけで、塵のような存在に過ぎない。そう考えたら、自分の行いなど、この世界に何の影響も与えないではないか。人を殺して何が悪いのだ。そう言う人はただ危険なものとして、遠ざけるか、排除するしかないのだろうか。

 そう言う人にこそ、この実験結果を知ってほしい。因果応報のように加害者側がこてんぱんにやられたことではなく、Aと夫の想いがちっぽけでも、塵でもないことを知ってほしい。特に夫がAに対して抱く愛の大きさはこの宇宙をも超えるほどのものだ。決して大袈裟などではない。

 Aが求める時、もしくはAを何かが脅かす時、それは現れ、夫に触れた時、それは消滅する。夫の頭の中が怒りで満ちていた時も、Aへの愛はそれを上回っていた。Aを想い、平穏に幸せに暮らしてほしいと、そのことを何より優先していた。少年2人を殺さなかったのは脅威でなかったから、ただそれだけだ。重みの消滅のギミックにしても、Aへの愛ゆえに成り立っている。

 例え、Aが本物ではない息子を生きる糧にしていたとしても、Aが未来を生きるためにその息子を消滅させなければいけない。このパラドックスのような決断がどれだけ難しく、悲しいか。夫はたった1500グラムの脳でそれを導き出し、粒子αにその答えを込めた。全てはAのために。

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