小さな箱の囚われ人

花屑かい

小さな箱の囚われ人

「幸せ」

 薄暗い空間。毛布から僕を捉える双眸は緩く弧を描く。

 同じ毛布を共有しているはずなのに、自分の体温だけで温もりを保っているこの中が気持ち悪い。

「幸せ?」

 僕は問う。

「うん、そう」

 貴方は力強く頷く。

「こうして逢えてる。幸せじゃない?」

「……そう、なのかもしれない」

 僕は緩く頷いた。僕のこれは本心なのか、分からなかった。

 この会話とも言えない会話は傍から見たら酷く滑稽に違いない。

 天井を見上げる。カーテンの隙間から差す青白い光は瞼を閉じると、まだそこに感じた。

「ずっとこのままなのかな」

 瞼は貼り付けたまま、語り掛ける。

 僕から語るのは初めてだ。なのにこんなにも気持ちは高ぶっていない。

「そうだね、どうにもならないのかも」

 貴方の声は何処から聴こえているんだろう。鼓膜は震えているのだろうか。

 震えていないで欲しい。これは心からの言葉だ。

 貴方は問う。

「消えたい?」

 僕は答える。

「多分」

 知っている。このつまらない問答は日常で、珍しくもなんとも無い。

 瞼を持ち上げる。暗闇では不可視の埃、今は青白い光に照らされぽやぽやと彷徨うだけ。

 視線を傾ける。

 貴方は消えていた。

 毛布をひっぺがしてローテーブルの上の煙草に手を伸ばす。安物のライターは二、三回火花を散らし、火花の色をした光を宿す。そして煙草の刻みを灰にすることを役目とし、最後は僕の手で消されてしまう。

 どうしようも無いほど当たり前の事を頭の中でゆっくり噛み砕く。そんな時間が僕にはある。有り余る時間を使うのは気が遠くなりそうだ。

 すぅ、と紫煙を吐き出す。

 久しく声帯を使っていなかったので、少し喉の奥に何かがつっかえた様な違和感が残っていた。

 それが貴方を忘れさせてはくれない。

 いや、あれは貴方では無い。

 確認だった。本物だと一瞬でも思ってしまったから。

 あれは貴方の皮を被った僕だ。あれは僕なのだ。貴方じゃない。

 貴方の皮を被った僕は酷く気持ち悪くて、だから消えてくれるまで眼球を遮るのだ。

 あれを気持ち悪く感じるのも、でもまた逢いたいと願うのも自分勝手な思いなのだ。

 あの小さい箱の中から出て来るなと思うのも、それもまた自分勝手な想いなのだ。

 僕は自嘲する。

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小さな箱の囚われ人 花屑かい @hanakuzu_kai

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