第4話「眠り姫の寝言」

「そうしなければならないと…………?」


「ううん……、ママ、ご飯はトンブリでちょうだい、そこに味噌汁とタクアンを……」


 真っ白でフカフカのベットの中で布団をつかみ百面相ひやくめんそうのように表情を変えるそらちゃん。



「空ちゃん────」



 その日も豊海ゆたかうみ晴田空はれたそらが入院している、病院に来ていた。


 空ちゃんの入院している病院は空ちゃんと海ちゃんが通っていた小学校の近くにあり、海ちゃんは空ちゃんが起きなくなって以来空ちゃんの家に通い続け、空ちゃんがこの病院に入院するとこの病院に通うようになっていた。



 空ちゃんは夢見病にかかっていたのだ。



「ポメラニアンのウルフを誘拐した犯人は、ドッグトレイナーの犬好いぬずきサイコさんです、ビシッ!!」


「寝言に効果音って……空ちゃん」

 海ちゃんが汗ばんだ空ちゃんのおでこにはり付いた少し伸びた髪を目にかからないように人差し指でよける。


「ありがとうね海ちゃん、空のお見舞い、毎日来てくれて……」

 そこには少し疲れたようすではあるが、しかし愛しい娘の変わらない寝言を聞いて微笑む空ちゃんのママ、晴田夕陽はれたゆうひが海ちゃんの持ってきた空ちゃんの数ある大好物の一つ、白桃を手に持ちむいていた。


「いえ、今日はうちのママの実家からのおすそわけもありましたし、たいした事では」

 海ちゃんはなにがしか理由をつけては病院に来ていた、少し前に空ちゃんのママの言葉が気になったからだ。



「ごめんなさいね、本当にもう良いのよ、あなたにはあなたの人生があるのだから……もう……」



 もう……と続けた空ちゃんのママはその時はあきらめかけていたのかもしれない。


「おばさま今日は非番なんですか?」

 海ちゃんは話をそらす。


「ううん、このあと夜勤よ」

 空ちゃんのママはクイッと肩をすぼめる。


「大変ですね看護師さんは」


「何時も空の所に居るから便利に使われちゃうわね」


 空ちゃんのママは看護師をしていてこの病院につとめている。


「でもありがとうね、海ちゃん、いや、もう海さん、かな?」

 空ちゃんのママはそう言うと海ちゃんを見つめる。


「そうですらどうですかおばさま、私のセーラー服」

 海ちゃんはクルリとまわる。


「とっても似合ってるわ海ちゃん」

 空ちゃんのママは自分の娘を見るかのようなうれしそうな表情とともに、ベッドに眠る空ちゃんを想い、複雑な気持ちになる。


「だってさ空ちゃん、空ちゃんもセーラー服着たかったら早く起きなよ!」

 海ちゃんは空ちゃんにささやきベッドの横にかけられた空ちゃんのセーラー服を見上げる。

 


「う~~~~ん、白桃とタクワンのハーモニーが絶妙過ぎる~~~~!!」



 空ちゃんがベッドからグーパンを両手で突き出しとんでもない言葉をはいてみせた。


「空ちゃん、何を食べてんの???」

 海ちゃんはドンブリメシにお味噌汁とタクアンそしておそらくそこには投入された白桃を想像してゾッとした。


「フフフ、海ちゃん、じゃ私達もいただきましょうか?」

 空ちゃんのママが皮をむいて切り分けた甘く香る白桃をお皿にのせ、小さなフォークをそえて海ちゃんに渡した。



「いただきます、おばさま、空ちゃん」


「いただきます、海ちゃん、空」



 二人は空ちゃんを見て白桃をいただく。



 海ちゃんそっと空ちゃんのママを見る、海ちゃんはひそかに空ちゃんのママ、夕陽さんみたいな看護師を目指していた。


 これはまだ夕陽さんには秘密。


 空ちゃんのママは海ちゃんの憧れの人。





 夢見病から回復した患者はこの時点でまだいない。

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