第3話「ドリームワールドの私立探偵」

「みなさん、お集まりいただきありがとうございます、私の名はマリン、しがない私立探偵をなりわいにしております」


 巨大な時計塔のある石の街で、その少女はみずからを私立探偵と名乗った。


 その少女は短い黒髪に水色のハンチング帽子、肩に小さなマントのついたヒザ上裾うえすその帽子と同じく水色のインバネスコートを愛用していた。


「どういう事だマリン?! 犯人はすでにわかっているじゃないか!!」

 茶色いチェック模様のスーツを着込み、頭の先が丸く短いつばが一周ついた黒色の山高帽やまたかぼうをかぶった紳士が私立探偵マリンにつめよる。



 そこはクラシックな高級ホテルの一室、私立探偵マリンの立つその横にはアンティークの鏡台きょうだいとその上に置かれたカラの宝石箱。


 そして周りを取り囲むホテル従業員と若いご婦人。


 【モス夫人】

 北の国の貴族

 女性


 【ルッツ】

 ポーター(荷物預かり)

 男性


 【コルサント】

 フロントマン(受付)

 男性


 【ビスチェ】

 コック(調理師)

 女性


 【サトコ】

 ウエートレス(給仕人)

 女性



ルッツ

「そうです、モス夫人の悲鳴を聞いてこの部屋に来ますと上階からロープがおりていてモス夫人が大切な宝石、ドラゴンアイが無いとおっしゃって、この部屋の上階をおとりになったのはチェスマスター、ブラック様だとお聞きしておりますが、すでにお姿はなく」


サトコ

「あの……私! りゅ、竜目石りゅうめいし……私の国ではドラゴンアイをそうよぶのですが、ただお料理をお運びしただけで閉まったままの宝石箱はお見かけただけで触ってなんていません!!」


ビスチェ

「そうよ、アタシもうちのウエートレスのサトコも無関係よ、アタシはただそのご婦人が料理が郷土きょうどの味と違うと文句もんくを言うもんだからその説明に来ただけ、そのドラゴンなんちゃらって宝石は高価でパーティー用でしょ? 私ら庶民にはおがむ事すらできんわな」


コルサント

「はい、お部屋には鍵がかかっており、お客様がお持ちになっておられるルームキーの他には受付にある全てのお部屋をの鍵を開けられるマスターキーのみ、その青い宝石を盗んだのはそのチェスマスター、ブラック様に間違いございません」


モス夫人

「そんな話どうでも良いのです、犯人より宝石を、青のドラゴンアイを見つけて下さいませ!! あの青のドラゴンアイはおっとの家に伝わる家宝かほうで、その昔ドラゴンみずからがその目を差し出したといわれるこの世に二つと無い赤くないドラゴンアイなのです、わたくし夫のドラゴンスレイャー子爵に秘密で持ち出してしまったの、あれがなくなると大変な事に……」



***



「ご安心めされよモス夫人、私ボーラーハット警部と警察に任せていただければ、犯人、チェスマスター、ブラックを捕らえ、必ずやそのドラゴンアイとやらいう宝石を取り戻してしんぜよう!!」

 山高帽をキリリとととのえボーラーハット警部は鼻息を荒くさする。


「警部、ボーラーハット警部、もうしわけにくいのですが、チェスマスター、ブラックと名乗る客人を探し出すのは困難です」

 私立探偵マリンは銀飾りのついた黒のステッキを小脇にかかえ、気楽なようすでそう断言した。


「何を言うんだマリン、その犯人みずからこのような置き手紙を残しておるでわないか!」

 ボーラーハット警部は証拠品のホテルに常備されたメモとそこに書かれたメッセージを私立探偵マリンに確認させる。



 そこにはひどく不自然に直線的な文字で書かれたメモがあった。



────────────────────


 取り戻せるものなら私から宝石を取り戻してみるがいい!


 チェスマスター、ブラック


────────────────────



「はい警部、確かにチェスマスター、ブラック、と名乗る人物はワザワザこの部屋の上階をおさえ、ロープをつたってこの部屋のバルコニーから侵入しました、それは上階のバルコニーにからおりたこのロープからもあきらかです」

 私立探偵マリンはバルコニーに近づき上階からたれ下がったロープを軽く引く。


「ではナゼ探し出すのは困難なのだマリン」

 犯人はわかっているのだから事件は半分解決したもどうぜんとボーラーハット警部。

 


「それはですね警部、そもそもチェスマスター、ブラックなんて人物が存在しないからなんです」


 ボーラーハット警部もモス夫人も周りのホテルスタッフ達もおどろく。


「どういう事だマリン」

 ボーラーハット警部が私立探偵マリンにつめよる。


「ルッツくん、キミはポーター、荷物預かりだね、それではキミはチェスマスター、ブラックを部屋まで案内したかい」

 私立探偵マリンはボーラーハット警部越しに頭を右横にずらしポーターのルッツに質問をした。


「いえ、ですがポーターはボクの他にもいますし、気難しい人物なので部屋に近づかないようにとお聞きしていました」

 ポーターのルッツは頭をふってそうこたえる。

 

「誰に聞いたねルッツくん」

 私立探偵マリンは今度はボーラーハット警部の左から頭を出しそう聞く。


「えっ? それは」

 チラリとフロントマンのコルサントを見る。



 私立探偵マリンはニヤリと笑う。



「コルサントクくん、チェスマスター、ブラックとはどんな人物だった?」

 私立探偵マリンはイジワルそうに部屋の天井を見上げる。


「そ、それは、き、気難しい感じの人物でしたが小綺麗で身軽な紳士でした! 警部にもそう話しましたし、似顔絵にも協力を!!」

 フロントマンのコルサントはあわててチェスマスター、ブラックについて語る。



「ほう、ではボーラーハット警部、コルサントくん以外でチェスマスター、ブラックを見た者がいるか調べてみてくれないか?」



 その部屋にいた全員が凍りつく、それは凍りついた皆の視線が集まったフロントマン、コルサント自身すら例外ではなかった。


「何をいってるんです探偵さん、チェスマスター、ブラック様は深夜遅くにチェックインされてそのままお部屋に籠られたので、私しか見ていないのも無理はないのです!!」


「確かに夜分に訪れた客ならそういう事もあるかもしれない」

 私立探偵マリンはアゴにステッキを当てアゴアゴ動かしながら話す。



 ほっ


 コルサントが冷や汗の中で息をつく。



「しかしキミは、ナゼ、ドラゴンアイが青いと知っていたんだい? モス夫人いわく青いドラゴンアイは二つと無い代物だと、そしてウエートレスのサトコいわく宝石箱は閉まってコックのビスチェいわく庶民からは縁遠い宝石だとか?」

 私立探偵マリンの冷たい視線がフロントマンのコルサントにささる。


「そ、それは……」

 後ずさるコルサント。



「ボーラーハット警部!!」


「任せろ!!!!」



 言葉につまり反射的に逃げようとしたフロントマン、コルサントにボーラーハット警部がとびかかる。


「違う!! 私は!!」


「何が違うんだ!! 警察署で聞こうじゃないか!!!!」


 混乱し暴れるコルサントにボーラーハット警部は手錠をかける。


「違うんだ私じゃ無い!! そうしなければならないと!! そうしなければならないと!! 私は!! 私は!! 違うんだーーーーーーーー!!!!!」



「そうしなければならないと…………?」

 私立探偵マリンはフロントマン、コルサントの意味不明な言葉に何か引っ掛かるものを感じた。

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