第2話 声に詰まる
「おはよう、唯花ちゃん」
「次音楽だから、一緒に音楽室行こうよ」
「唯花ちゃん、また明日ね」
中学校に入学してから、私は何度も田中美咲さんという知らない人から声を掛けられた。でも、別に嫌じゃないしむしろ嬉しい。でも、返事が出来ない。何となく話してみたいことはある。田中さんの持っているシャーペンに書かれているキャラクターは自分も好きなキャラクターだし、毎日髪を綺麗にセットしてきていて素敵だし聞きたいこともたくさんある。でも、声が出ない。本当は話したいのに。今はこうして話し掛けてくれるけど、返事できないからいつか声を掛けてくれなくなったらどうしよう。そんな不安と共に時間が過ぎていった。
ゴールデンウィークがあけた頃、少し中学校生活にも慣れてきた。依然田中さんは声を掛けてくれて、今のところ順調なスタートを切れたと自分でも思っている。初めての席替えもあったりして、私は先生の目の前の席になった。そんなある日、英語の授業で先生が
「皆さんが入学して1か月が過ぎました。今まで回答は挙手をしてもらっていましたが、答えない人もいるので今日からは私がランダムに指名し答えてもらいます。」
と言った。私は、不安を頭がよぎった。今までは挙手なんかせずに授業を聞いていたけど、これじゃあ私も答えないといけない。そんなことを考えていると授業が頭に入ってこなくなった。
「では、目の前にいる岡田さん。教科書18ページの3行目に載っている日本語を英語にしなさい。」
名前を呼ばれハッとした。突然指名されてしまった。慌てて教科書を見た。なぜかまだ16ページを開いたままで、頭が真っ白になった。当てられたときの不安ばっかり考えていたから、この授業は全く聞いていなかった。しかも何ページの何行目と先生が言ったのかも聞き逃してしまった。急いで18ページを開いたが、どの文章を英語にすればいいのか、そもそも授業を聞いていなかったから英語にすることもできない。
すると
「おい岡田。今18ページを説明していたんだぞ。何で違うページを見ていたんだ。しかもさっきマーカーで印をつけておきなさいと言ったところに何も印がついてないじゃないか。ちゃんと授業を聞いていたのか?」
私は、もうどうしていいのか分からなくなった。
「みんな真面目に授業を受けているんだ、授業を受ける気が無いなら学校に来るな」
その時、クラス全員の視線が私に向いてしまった。私はその授業が終わるまで、下を向いて上を向くことが出来なかった。
授業が終わり、先生は教室から出て行った。その時
「唯花ちゃん、大丈夫だった?英語の山田先生、いちいち余計なこと言うよね。気にしなくていいよ」
と田中さんが話しかけてくれた。私はうんと頷いた。すると
「山田せんせー、マジで嫌だわ。ちょっとしたことで怒るからな。気にすることねーよ」
と声を掛けてくれたのは、小野寺くんだった。小野寺くんは、あまり真面目じゃない生徒で、よく先生に怒られている。正直私は苦手な人だと思っていた。でもこうして声を掛けてくれて少し嬉しかった。山田先生に言われたのはショックだったけど、田中さんと小野寺くんのおかげで何とか立ち直ることは出来た。でもあの時は恥ずかしかったし、これから当てられたらどうしようと思うと不安で仕方がない。
英語の授業は最後の6時間目だったから、気が付いたらみんな帰り始めていた。まっすぐ家に帰って寝たいとも思ったが、好きな読書でもして気分を紛らわそうとした。学校の3階にある図書室に行き、何か本を読もうと思った。すると『僕は上手にしゃべれない』という本を見つけた。上手にしゃべれない…私のこと?そう思って本を手に取って読んでみることにした。読んでみて、しゃべれないというところは共感できた。でも、この本の主人公は滑らかに話したい声が出ないという少し違う症状だった。私はそもそも声が出てこない、口の中でシャッターが閉まってる感じでちょっと違うんだなと思った。しかし、話すことで悩んでいる人は他にもいるんだなと感じた。
家に帰り、勉強やお風呂も済ませ深夜の1時頃。私は家のパソコンで調べてみることにした。まだスマホを持たせてもらっていないし、パソコンを使うときはお母さんが「何を調べてるの?」って聞かれるから何だか調べにくい。調べたいことは、話せない人はいるのかということ。試しに図書室で読んだ本について、調べてみることにした。本の名前で検索してみると「吃音」というワードがヒットした。私は早速吃音について調べてみることにした。やはり、滑らかに話せないなどの情報が書いていた。私は少し症状が違うから、吃音ではないと思う。じゃあ何なんだ。私がダメな人間なだけなのかな。そう思いながら今度は「話したいけど話せない」と検索してみることにした。すると、「場面緘黙症」というワードが目に入った。何て読むのかも分からないけど、クリックしてみた。すると、
”場面緘黙症とは、家などでは話せるが学校などの特定の場面になると、話すことが出来ない症状のことである"
と書かれていた。
私はこれを読んだ瞬間涙が溢れてきた。暗い部屋の中で1人、誰にも気づかれないように泣き続けた。
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