第37話 説教

「──で? 言い訳は?」


 僕とハーミルくんは男子寮の共用スペースに正座で座らされている。

 眼の前には般若の面のような表情をした白銀の髪を持った娘と、そのとなりでうんうんと頷いている茶色の男がいる。


「その、偶然とおりかかって……」


「ずっと私達のことをつけてたわよね。変な格好で」


 倒置法でそう言った彼女の額には青筋が張っている。

 それはもう遠目からでも分かるほどくっきりと。


「ストレスは体に悪いですよ、奥さn」

「誰のせいだと思ってんのよっ!!」


 おお、怒鳴られてしまった。こりゃ思ったよりも怒ってるな。

 ロントくんの方はルラーシアちゃんの言葉に時折頷いているだけで、あまり怒っていなさそうだが……。


「ほら、友人のカップル成立は祝わなきゃ! だからサプライズ、サプライズだよ!」


 ハーミルくんはそんな苦し紛れな言い訳をした。


「あれがサプライズならもうちょっとちゃんとした格好で来て欲しかったわ」

「あれは僕じゃなくてリーバルトが選んだんだ!」


 いや、たしかにあの恰好は僕が選んだけれども。

 でもさ、ほら、変装とは対象の人間に自分とバレないようにするものじゃん? なぜ対象の人間に自分とバレないようにする理由ってのは人によって違うわけで……。

 つまりはさ、僕が変装した理由はほら、一種のサプライズということにはならないか? だからあれは言うほど変な恰好ではないし、変装という点では成功と言え……


 ……いや無理があるな。


 というかハーミルくん裏切りやがった!?

 こうなったら……。


「は、ハーミルくんに『ロントくんのデートについていかない?」って言われて……」

「!?」


 そっちがその気ならこっちだって裏切ってやるさ……!


「そう、なの、かしら?」


 そう言ってルラーシアちゃんはハーミルくんの方向にゆっくり首を傾けた。


 あっやっべ怖え、ちびりそう。

 マジで怒ってるやつだコレ、マジで怒ってるやつだコレ。

 ほら、ルラーシアちゃんの隣に立ってるロントくんも縮み上がってる。


「ちちち違うよ?……ちょっと外の空気が吸いたかっただけで、別に僕はそんな事言って、ひぃ!」


 ハーミルくんが必死に何かを言い訳していたが、ハーミルくんの喋っている最中に、ルラーシアちゃんがドンッと大きな足音をたてた。

 寮の掃除が行き届いていないからか、天井からホコリがパラパラと落ちてくる。


「本当は?」


「…………僕がロントくんたちの後を追跡しようと言いました……」


 ハーミルくんは親に怒られた後の子供のように、ほっぺたを膨らませながらそう言う。


 この調子なら僕には飛び火してこなさそうだな、ヨシッ!


「リーバルトくん」

「はいッ!?」


 なんで!?

 いつも呼び捨てで僕の名前を呼ぶルラーシアちゃんが、君付けで僕の名前を呼んだ!?


 これは間違いない、災害の前兆だ。


「それはそれで、なんで君は止めなかったのかな?」


 先程とは打って変わって優しい口調になったルラーシアちゃんに、僕は言いしれぬ恐怖を覚えた。

 隣に立っているロントくんが、ご愁傷さまという顔で僕のことを見ている。

 可哀想な目で僕を見るぐらいなら、助けに入ってもらいたいところだが。


「そ、それは、大切な親友の提案だから、断るのも不躾だと思って……思いまして。でも! 一応は止めようt」


 ルラーシアちゃんが今度は机を思いっきりバンッと叩いた。

 学校の先生が怒ったときに教卓を思いっきり叩くアレだ。


「本ッッッッッ当は?」


「面白そうだと思ってあえて止めませんでしたハイ……」


「よろしい」


 ここまで怒られると逆に清々しくなってきたな。

 この世界では僧を目指そうかな?……この国の宗教的には神父か?


「あの、僕はこれで……」


 ハーミルくんがこの場から逃げようとしているのか、そう言って立ち上がった。

 しかしその瞬間、ルラーシアちゃんがハーミルくんの方をギロリと睨みつけ牽制をする。

 

「……は、だめですよねすいません……」


 ハーミルくんは無念そうな顔をしながら正座し直した。

 ハーミルくんが蛇に睨まれた蛙のようになっている。


「で、どうするの?」


 ルラーシアちゃんが大きなため息をついた後にそう言った。


「どうするって?」


 僕がそう言うと、ルラーシアちゃんが「決まってるじゃない」と言う。

 はて、何のことだろうか?


「何かしてくれないのかしら!」


 そう怒気混じりでルラーシアちゃん言った。

 

「あ、あ、えーと、じゃあ肩を……」

「そういうのじゃなくって!!」


 じゃあどういうものなんだ?

 じゃあれか? 金か? 金なんだな!?


 僕はポケットの中からフリル硬貨の入った巾着袋を取り出した。

 フリル銀貨15枚しかなくて金欠だが、致し方なし。


「誰がお金を出せと言ったッ!」


 えー……じゃあ何なのだろうか。

 いわゆるお詫びってものを彼女は求めてるんだよな……お詫び、お詫び……お詫びと言えば。



 まさか……体?


「いやん」


「張っ倒すわよッッ!

 ごめんなさいの言葉は!?」


 あ、そういうことね。

 確かにお詫びの基本的な例が謝罪だしな。社会人としての常識が抜けていた。


「誠に、申し訳、ございませんでした」


「誠意が足りない!!」


「すいませんでしたッッッッ!」


「もっとッッ!」


「すいませんでしたぁッッッッッ!」



 やめてくれロントくんや、そんな捨て猫を見るような哀愁と悲壮感漂うその目を。

 というかハーミルくんも不審者を見るような目で僕を見てるんじゃなく謝りなさい。

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