街風

@yama-me

第1話

「もう朝か」と、誰に言うでもない虚無な一言を呟いた男は、草臥れた顔で少しカビた精液の染み付いたパンツを履き、家を出る。

少しして、ふと立ち止まる。

立ち止まる、と言うよりも通り過ぎて行く人々は誰一人として彼のパンツに精液が染み込んでいる事など微塵も考えないのだという事実が彼を立ち止まらせたのかもしれない。

そして、それは成り行きに任せ流され続けて生きてきた彼の、社会に対する精一杯の反逆だったのかも知れない。

しかし、彼が立ち止まった事など、誰も気にせぬ素振りで街は音のない悲鳴を吸い上げながら渦巻いて行く。

まるで彼という存在など存在してすらいないかのように。

ふっ、と正気に戻ったように、彼は職場では無い「何処か」へと走り出す。

たった1分にも満たないほどの、ほんの小さな出来事であったが、彼を思い留まらせていた物を崩壊させるには十分すぎる出来事であった。



今日も街には少しカビ臭い寂れた風が吹き抜ける。

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