第18話 彼女達の軌跡のひとつ

「ベティ、最悪の場合は迎撃をお願い。私は杖と共に『タイダルウェーブ』で押し流すわ」


「はいっ、任されました!」


 ――へいへい。とりあえず2小節でいいな?


「えぇ。私とそちらで2小節ずついきましょう――魔力よ集いて形を成せ」


 私達は地下3階へと既に足を踏み入れ、ある程度進んだところで魔物の群れとエンカウントしました。群れを目撃したスカーレット曰く、チャンピオン程ではないにせよ大柄で腹が出ていて大きなこん棒を担いでいるのがホブゴブリン、鉄で出来た鎧と体すら覆い隠すほどの大きい盾そして長い槍を持ったのがゴブリンフォートレスとのこと。


「「「グォガァアァアア!!」」」


「「「「「「「「ゴブぁああぁあ!!」」」」」」」」


「うわやっぱ速っ。あとよろしく」


 数はそれぞれ3と8。雄叫びを上げながら迫る魔物達の速さは尋常ではなく、ほんの数秒で6ケロネム6mはあった距離を半分ほどに詰めてくる。ホブゴブリンはその大きさ故に、ゴブリンフォートレスは乾いた返り血で染まった大きい盾を持って突撃してくる様に圧倒されそうになる。


 ――汝は全てを流す大いなる瀑布。


 けれどもここに来て早々死にかけた経験故にまだ私はその恐怖に耐えられた。当たらなければどうとでもなる。時間さえあれば私なら相手を倒せる。ましてやこの杖がある。


「――呑み込め、タイダルウェーブ!」


 あと1ケロネム1m程に迫った時点で私と杖は詠唱を終わらせた。途端、私の左手と杖の先から一挙にあふれ出た大量の水が魔物の群れを押し流していく。どれだけ大柄で重くても、重武装しているといえども、走っているのならばこの津波に耐えられるはずがない。


「無事押し流せました。では『エアロブラスト』を5小節でいきますわ」


 ――オーケー、上手く扱ってみせろよ。


 迫ってくる魔物達を津波で押し流し、水を飲んだせいか大きくむせこんで向こうが動けなくなっている内に私はすぐに別の魔法の詠唱にかかる。


「魔力よ集いて形を成せ」


 『サイクロン』では体が大きかったり重量のある相手では魔力をこめなければ浮かせられない。


「漂う風よここに集え、固まれ固まれ球となれ」


『ウィンドカッター』や『アクアジャベリン』などではゴブリンフォートレスのような重武装した魔物相手には上手く攻撃を当てないと防具で防がれる。ならば無数の風の球を生み出せ、自在に操れる『エアロブラスト』を私は選択した。


「見えざるものよいくつも並べ、流星の如く降り注げ」


「ゴッ……ガァアアァ!」


 何度となく杖に魔石をセットし続け、後はトリガーを口にするだけ。けれどいち早く立ち直ったホブゴブリンの1体がこちらへと迫って来た。


「撃ち放て、エアロブラスト!」


 50を超える風の球を顕現させ、それらをゴブリンどものの部分へとぶつけていく。ほぼ生身のホブゴブリンは言うに及ばず。全身を鎧で固めているゴブリンフォートレスであっても頭に何度もぶつけてしまえば、いくら兜をかぶっているといえど衝撃までは殺しきれないはず。


「……ふぅ。終わったでしょうか」


 身に着けた兜が変形してしまうまで私は圧縮された空気を操り、発動した魔法が霧散するまで徹底的に頭を叩き続ける。数十秒もやり続ければいくら鉄の兜といえどへこみに凹んでしまっていた。


「ベティ、あちらのフォートレスはまだ息があるようです。確実に仕留めなさい」


「はいっ、わかりました」


 しかしまだ息がある魔物も残っていたため、ベティにトドメをさすよう命じる。これから魔石を魔法だけでなく強化に使うことも考えるとあまり魔法の無駄撃ちも控えたいところ。なので命を下せばベティは喜んで仕留めにかかりました。


「えいっえいっ!」


 解体用のナイフでなく、ゴブリンフォートレスが持っていた剣を両手で持ってべしべしと叩いていく。その際返り血を幾度も浴びていく彼女の姿に少々恐怖は感じましたが、同時にその姿に頼もしさをちょっと感じました。


 ――ひぃぇ~、おっかねぇな。よくまぁここまで徹底的にやるもんだぜ。


「当然でしょう? 仕留め損ねて損害を被るのは御免ですわ」


「いや、やりすぎでしょ……」


 また棒がいらないことを口にしていたのでそれに反論すると、何故かスカーレットが恐怖の混じった視線を向けてきました。何故なのでしょうか。


「あのこん棒で叩かれたり、あの剣で切られたりしたら絶対無事では済まないでしょう? タンク役の人間が受け止めてくださるのならまだしも、私は魔法使いでベティもスカーレットも荷物持ちですもの。不安要素は取り除くべきではなくて?」


「そうです。私がタンク役をやってるのならまだしもそんなの危険じゃないですか! お嬢様ひとりで立ち向かわれて死にかけたこともありましたし、これぐらい徹底してていいんですよ!」


「クソッ、味方がいない!」


 私の理路整然とした説明に続いてベティもスカーレットを説得してくれたのですが何故か彼女は頭を抱えていました。あとベティ、自業自得とはいえ過去の私の失敗を口にしないで。流石に恥ずかしいわ……。


「あーもういいよいいよわかったわかった……とりあえず魔石の確保と討伐証明のためにコイツらの耳と鼻を回収……フォートレスの鼻は原型留めてないな。ホブは全身がボコボコになってるだけだから問題ないけど」


「あら……失敗、しましたわね」


 死体からはぎ取りをしようとしているスカーレットからそう言われ、私は思わず気恥ずかしさと気まずさを感じ、またゴブリンフォートレスの討伐報酬を稼げなくなったことに頭を抱えてしまいました。


「いや、仕方ない。相手の数も数だったし、急いでいるからね。炎や雷の魔法が使えるんだったら余裕だったんだろうけれど、そっちは水と風だもんね」


「……えぇ、そうですわね」


 スカーレットがゴブリンフォートレスの鎧を外し、魔石をはぎ取っている最中にそんなことを言ってきたため、私の脳裏に『世界一魔法に愛された女』のことが一瞬浮かぶ。けれどもここは学院ではなくダンジョンなのだからと考えを切り替えてすぐに周囲の警戒へとあたった。


「そうかもしれませんけれど、私のお嬢様は水と風の魔法だけでも十分にすごいですから!」


「はいはいそれはわかってる」


 ベティが作業しながら私を持ち上げるも、それを適当に聞き流しながらもスカーレットは魔石の摘出を終えた。全く、ベティの言葉にもちゃんと耳を傾けてほしいものです。私は杖の魔石を交換しながらそんなことを考えていました。


「そういえばどうしてゴブリンフォートレスは鼻が討伐証明になるんですか?」


「他のゴブリンと違って結構長くてシュッとしているからだよ。見分けが簡単なんだ」


 作業のかたわら、どうしてゴブリンフォートレスは鼻をそぎ落とすのかとベティが尋ねたらこのような答えが返ってきました。


 その言葉に私もベティも一応納得したのですが、その肝心のゴブリンフォートレスの顔は原形を留めてなかったため本当にそうなのか確認できず終まいでした……次からはタイダルウェーブを3小節ずつ詠唱して溺死させるべきかと思ったのはここだけの話です。


 ――さて、今のところ敵さんも出てきてないみたいだし、ここらで少し強化しとくか?


「気が利きますわね。敵を楽に倒せるに越したことはありませんもの――ベティ、スカーレット! その魔石を全て持ってきなさい!」


 そうして2人のはぎ取り作業が終わりそうになった頃、杖のアイルが私の強化を提案してきたため、今後のことも考えてここで一旦私自身の強化を行うことを決めました。


「ではお嬢様、こちらを」


 ――んじゃ一旦座れ。んでホブの魔石をセットして強化に使う魔石を適当に地面に並べろ。あ、1個は残しておけ。


 アイルに促されるまま私はベティからホブゴブリンの魔石を受け取ると、あからさまにサイズの違うそれをセットしました。そしてベティに普通のゴブリンの魔石を20ほど残すよう伝え、他の魔石を地面へと置いてもらう。


 ――よし。じゃあ魔石に1回ずつ俺を当ててから俺に続いて詠唱しろ。


「わかりました」


 私はアイルの指示通り地面に並べられた魔石に1回ずつ軽く杖を当てていき、聞いたことのない文句を一緒に唱えていく。


 ――力の源よ我に集え、魔杖アイル・オーテンの名において契約者の力となれ


「力の源よ我に集え、魔杖アイル・オーテンの名において契約者の力となれ」


 途端、魔石は光の粒子となってほどけていき、杖を介して私の右手の甲へと注がれていく――全ての魔石が無くなると同時に私の目の前に薄い膜が現れる。



名前:セリナ・ヴァンデルハート

性別:女性

年齢:17


レベル:6(0/52)

力:19

体力:19

魔力:36

敏捷:22


強化値

力:1(0/25)

体力:1+1(0/25)

魔力:3+3(60/60)

敏捷:2+2(23/50)


振り分け可能ポイント:58



 最後の『振り分けポイント』という妙に分かりやすい文言以外、間違いなく私の冒険者証にあるステータスを示した数値そのものがその膜に書かれていました。

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