第8話 それらが明かされる時

「なるほど。セリナ様を回収したあの時はあくまで簡易な説明でしたし、本人もおられますので改めて説明させていただきます」


 そう副長が仰ると、彼女は私が相対した魔物の詳細な説明を始めました。


「まず彼女が戦ったのは2種類の魔物、ゴブリンナイトとゴブリンチャンピオンとなります。いずれもゴブリンの上位種族にあたりますね」


 やはり。普通のゴブリンならば倒せていた威力の魔法ではある程度傷つけることが出来たぐらいで一撃で死んだのはたった1体。当然の話です。


「な……ゴブリンが、セリナを」


「そうです。ですがあの魔物はゴブリンとは似て非なるものであるとご認識ください」


 えぇ本当に。多分ゴブリン程度なら山のようにかかってくることがなければ、まず私はやられることは無かったでしょう。アレらは本当に別格の存在でした。


「本当ですかお嬢様」


「そうよベティ、お父様。間違いなくあの魔物は強かった。間違いありません」


「だからこそこうして生き延びたのも奇跡といっていい程なんだが……戦闘の詳細はセリナ様にうかがっていただくとして、革鎧を身に着けて粗雑なつくりの剣を持ったものがナイトと呼ばれる個体です。そしてこん棒を持ったオーガに近い体躯のものがチャンピオンとそれぞれ2体と1体となります。レベルは7と10ですね」


 そうため息を吐かれながら告げられた内容に私は思わず戦慄せざるを得ませんでした。


 この世界に生きる全ての生命が持ちうる強さを評価したもの、それがレベルです。人間であれば生まれた時は平等にレベルは1の状態で生まれ、ひとつ上がる毎に段階的に強さが増すとかつて授業で学びました。


「なんと……せ、セリナ、お前のレベルは確か……」


「……5、ですわ。ルミナスライト学院を卒業する上で最低限の数値です」


 そう。私のレベルは5しかない。学院を卒業する際に必要なカリキュラムと措置を受けただけの数値、つまりちょっとした魔物を容易に討伐できる程度の強さで卒業しています。


 もちろんレベルが1違うだけで圧倒的な違いが生まれるという訳ではありません。ですがレベルが5も違えばまず倒せないということも先生の話からうかがっていました。


「……レベル5だったら絶対死ぬってのにね。流石は学院出身の貴族様だ。相当『上昇値』も高いままレベルアップしたんだろう?」


「それは『強化値上昇』のことでしょうか? でしたらそちらの仰る通りですわ」


 ですがそれはただレベルを上げただけの話です。


 レベルを上げるにはレベル水晶と呼ばれるもの――確か冒険者ギルドにも同じものを置いてあったと記憶しています――に触れ、必要な数の魔石を投じることで行います。


「やっぱり貴族様は堅っ苦しい言い回しが好きだな。ま、それで合ってるぞ」


 ですがその際をすることで、レベルが上がった際に強化される各種身体能力の数値も上昇します。確か『強化値上昇』で合っていたはずです。世間ではこういう砕けた風な言い回しのようですね。


「ともかく、登録時の時の騒動も含めてとんだ新人が来たものだとしか言えないな……ジャイアントキリングまで成し遂げるなんてな」


「……先日の非礼は後でお詫びさせていただきます」


「いらん。今後の働きで返してくれ」


 先程から砕けた様子で副長が話をされてますがこちらが素なのでしょう。気づかれてないご様子ですし、揚げ足を取るというのも流石に野暮というもの。お父様とベティ共々あえて気づかないふりをさせてもらいます。


「そうです。主席、とまではいきませんでしたがセリナは上位成績者ではありましたから」


「それは全ての学科を統合した成績の話ですわお父様。戦闘の科目に関しては平均よりはいくらか上程度です」


 あの頃はレオネル王子こと婚約者の母親にうつつを抜かすダメ男、あんな痴れ者ごときのために立派な淑女になろうとしてましたもの。


 作法やダンスなど王子の伴侶としての技能ばかりで、戦闘は魔法の使い方をある程度レクチャーされただけ……こうして考えると惜しいことをしてしまったと後悔が立ちます。


「あの後そちらのステータスも見させてもらったが、おそらく限界かその手前……そこまで強化していたな? そちらの元々のステータスの高さもあったのだろうが、それならあの3体に勝てたのもわからなくもない。まぁ、傷の具合からしてかろうじて勝った感じだな」


 そうです。学院で戦闘に関するカリキュラムを履修した貴族は全員、各レベル毎に強化値を限界まで上げてもらっています。私もそうでした。


「仰る通りです。それでも、薄氷の上の勝利でした」


 あそこで心が折れてしまっていたら、いやわずかでも怯えてしまっていただけでも生き残ることは不可能でした。それも踏まえると学院で強化値を上げてからレベルを上げていたことが私を救ってくださったということですね。感謝しかありません。


「そう考えると少し早まったか? 格上の魔石も素材のひとつだし、こちらの方で勝手に換金……えっと、手続きを進めてしまいましたから」


 確かにその通り。強化値上昇に必要なのは様々な素材と自分より上のレベルの魔物の魔石。これらを揃えることで行えるのです。もっとも、強化値はレベルを上げる毎にリセットされますし、上げられる数値にも限界があります。だからいいのです。


「えぇ。ですがいずれも命あってのものです」


 こうして命がけで格上の魔物と戦ってみて、私達に渡された素材が冒険者の奮闘により卸されたものだとわかると余計にありがたみが理解出来ました。まぁ実際は複数人で連携して事にあたっているのであろうとはわかっていますが。


「こうして傷が残っていないことから迅速な処置をしてくださったのでしょう? 本来必要な手続きを省略したのでなければおそらく一生残る可能性もあったと思います。いえ、最悪どこかしら失っていたかもしれませんね」


 あの時私は腕の骨が折れていましたし、頭から血も流れていたのです。先程述べた失うものの範囲に『命』が含まれている可能性があってもおかしくありません。


「感謝こそすれどそれをとがめるというつもりはありません。もし叶うのならば今後も良い関係を維持できることを願うばかりです」


 ですからこれは必要経費。それにここのギルドを訪れた際の失態を回復できそうですし、殊勝に振る舞っておいた方が都合がいいでしょう。微笑みながら私は副長に声を掛けます。


「お嬢様……」


 ベティも私を知っているからか何とも言えない顔つきをしてますわね。えぇ、私は貴族ですもの。必要ならば腹芸程度いくらでも披露しますわ。まだ侯爵家としての矜持を失ったつもりはありません。


「……感謝するよ。アンタみたいなのがこうしてこの魔境に来てくれたのは神の思し召しだろうね」


 あ、それは無いと思いたいです。


 むしろ本当にそうだというのでしたら心底はた迷惑としか言えませんわね。こういうのは戦闘狂いのエドリックや『世界一魔法に愛された女』の方が余程向いていると思いますが……そういえばあの二人はどうしているのでしょうか。まぁ私が心配するほどのことも無さそうですが。


「あ、それともうひとつ。今回あの魔物が現れたのは冒険者が引っ張って来たせいじゃない。ダンジョンのレベルアップの前兆だ」


 その話を聞いて私は体が強張ってしまった……その話が本当であれば、この街の危機にもつながりかねないのですから。

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