第3話 紡の秘密
透き通った、絹のようにか細い声で、誰かが歌っている。
消え入りそうなほどにか細いわりに、どんな板でも打ち抜けそうなほどに鋭く、そして胸の奥が
その歌に吸い寄せられるように、僕は広場の中心に向かって歩いていく。
広場とはいったが、そこは依然森の中と変わらない。違ったのは、ここだけ木々が根こそぎ倒れているということだった。
人の手で伐採されたのではない。その証拠に、木には傷一つついておらず、まるで巨人に引っこ抜かれたか、あるいは強風になぎ倒されたのかのように、力なく地面に横たわっている。
歌は、そんな木の死骸の中心から聞こえてきている。
今までの焦りはどこかに吹き飛び、僕は無心に歩を進めた。やがて、僕は歌の主を視界に捉える。
その容姿に、僕の脳裏にいくつかの感情が同時に押し寄せていた。
一つは、彼女が僕らとは違う、異世界人だということ。
姿かたちは僕ら人間と変わらないが、雪のように白い髪の毛と、燃える太陽のように赤い瞳は、地球上のどの種族にも当てはまるものではない。
髪の色だけを見てみればあの自称女神に似ていたが、目の色やそれ以外も、何一つ似てはいなかった。
なにより、あの女神のような、恐ろしいまでの威圧感が、目の前の女の子からは感じられない。
むしろ、今にも消えてしまいそうなほどの儚さと寂しさが、見ているだけでも伝わってくる。
彼女は、泣きながら別れの唄を歌っていたのだ。
僕が呆然と立ち尽くしていると、
「……誰かいるの!?」
僕の気配に気づいたのか、(そもそも、僕は何かに隠れもせずに堂々と広場を歩いていたのだから、気付かない方がおかしい。それだけ彼女は歌に集中していたのだろう)女の子は激しく動揺してこっちに視線を向ける。
同時に、何かを封印するように自分の口を両手でふさいでいた。
……あちゃあ、歌を盗み聞きしてたと思われたかな?
急いで誤解を解かなくては。僕はとにかく何でもいいから話してみることにした。
「いや、ゴメン。別に盗み聞きしようってつもりじゃなかったんだけど……。声が聞こえたもんで、つい……」
我ながらどうしようもなくみっともない言い訳しか出てこなかったが、その声に、彼女はより一層驚いたような表情をする。
あれ?そんな驚くような言い訳だったかな?それとも、異世界だと歌を聞かれた相手を抹殺しなくてはいけない決まりでもあるんだろうか?
予想外のリアクションに僕が戸惑っていると、
「あなた……私の言葉が分かるの……!?」
「……そりゃあ、こうして会話してるんだから当然だよね?」
言いながら、同時に気づいた。
僕が授かったスキル──"通訳"──。確か、どんな異種族とも意思疎通できるって言ってたっけ。そのおかげなんだろう。
念じて発動させるアクティブスキルじゃなくて、常に発動しているパッシブタイプみたいだ。何の苦労もなく、当たり前のように会話ができる。
「……あたしのこと……知らない、の……?」
「ええと、たぶん初対面だと思うよ?前に会ったことあったっけ?」
ヘタクソなナンパか!?異世界人の僕らが以前に面識があるわけないだろうに。何を言ってるんだ、僕は……。
「本当の、本当に……?あたしのこと、知らないの?」
「うん。ひょっとしたら君が有名人なのかもしれないけど、僕って結構世間知らずなところあるから……」
適当なことを言ってごまかす。
ていうか、彼女はいったい何者なんだ?初対面の相手に「自分のことを知らないだと?」だなんて、どんだけ自己主張強いんだよ。
それとも、他に理由があるのかな?
僕が考えを巡らせようとしていると、
「……よかったあ……」
何が良かったのかはさっぱり分からなかったが、彼女は心底安心したように微笑んだ。
泣きはらした赤い瞳に薄い桜色の唇。それは、とてもきれいな笑顔だった。
そうか……。あの女神は、この世界の文明はほとんど滅んでしまったって言ってたっけ。
つまり、彼女はこの異世界の数少ない生き残りなんだ。コミュニケーションがとれる仲間がいなくて、きっと心細かったに違いない。
……あれ?どうしたんだろう?
その時、僕は自分の異変に気付いた。
胸が苦しい。彼女と会話して、彼女を笑顔を見ると、胸が締め付けられるような気持になるのだ。
なんだ?こんな感覚……生まれて初めてだ……。
僕の戸惑いに気づく様子もなく、シオンは親しげにこちらに話しかける。
「あたし以外に、まだ
ん?人間タイプって表現があるってことは、つまりそれ以外の人種もいるってことか?さすが異世界……。奥が深いぞ。
パタパタとせわしなく駆け寄って、女の子は僕の手を力強く握りしめてくる。
……透き通るように白い肌なのに、とても柔らかくて暖かい……
また、胸が苦しくなる。
「とにかく、生き残りがいてくれて嬉しい!あたし、シオン。よろしくね」
「僕は、
「変な名前ね。それに、見慣れない服装だわ。どこから来たの?」
女神様、転生に際して一体どんな工夫をしてくれたんでしょうか?
僕の格好は死ぬ直前の学生服のまま。しかも、靴も上履きのままだから少しぬかるんだ地面が歩きにくいったりゃありゃしないよ。
いかん、現実逃避してる場合じゃない。何か答えないと……。
正直に言うのは──さすがに信じてもらえないよな。
「えっと、色々あって道に迷っちゃって。ここってどの辺かな?」
「ここはユズレアとオーグの国境付近よ。とはいっても、もう国も滅んで、国境なんて意味がないんだけどね」
場合によっては「質問に質問で返すなあーっ!」と爆殺されかねない返事にも、シオンは丁寧に答えてくれた。
さっきまでの儚さはどこへやら、親しげな口調で楽しげに話してくれる。そして、少しだけお姉さんぶった口調だ。
……背が低いから幼く見られがちなんだけど、たぶん、僕ら同い年くらいだと思うんだけどなあ……
「ツムグってどう書くの?文字を見れば、きっと出身地もわかると思うの」
「あたしの名前はこう書くのよ」といって、地面に何やら文字を書き始める。
土の上に並んだ、奇妙な線が組み合わさった何かをじっと見つめ続けて、僕は深々とため息をついた。
「ゴメン、実は僕、文字が読み書きできないんだ……」
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