(人を信じること無かれ その6)
「なっ――、なんで……」
爆発したのは間違いない。
けれどおかしい。
ほかの場所の状態は分からない。けれど少なくとも事前にこの広間の支柱に仕掛けておいたものは爆発してしかるべきだ。
それなのに依然として、目の前のグバンはふてぶてしい顔のまま、天井が崩落することもなく、そして、ロア自身も死んでいなかった。
「ギャハハハハハハッハハハッッッ――ハハハッッハハハハハァッハハハハハ――」
口を開け半ば放心状態に見えるロアを見下しながら、心底おかしげに腹を抱えてグバンは、しばらくの間、笑い続けた。
「いったい……、一体いつから気づいて……?」
「ハハッハァハァ――、そんなもん最初からに決まってんだろうがよォうゥッ!ずっとお前は監視されてたんだァ。ってのにィ、ダイナマイトぅなんかしかけてェ、まったくゥ、マヌケぇ極まりなかったぜェ」
それを聞き絶望の表情を浮かべるロアとは対照的に、グバンはこれ以上はないと言わんばかりに醜く口角を上げていた。
「やっぱよォ、これなんだなァ。この表情がァ、最高なんだよォッ!ちっぽけな望みがァ、潰されてェ、この世の終わりみてェになるゥ、その顔がァッ!」
今にも飛び降りんかとばかりに椅子から身を乗り出し、歪んだ顔面をロアへとグバンは向けた。
「くそったれぇぇぇっっーー!」
あえて素魔力を込めず手に握ったままにしておいた脅し用のダイナマイトを胸に、ロアはグバンへと向かって必死の形相で走る。
それを見ながらも、一切グバンは逃げるそぶりもせず、ただ顔を歪ませているだけで、すぐにロアはグバンの前へとたどり着いた。けれどその手に持っていたはずのダイナマイトはなくなっていた。
「なんでっ――」
困惑するロアを容赦なく蹴り飛ばし、続けざまにグバンはロアの腹を踏みつける。
「ギャハハハハハハッ。残念だなァ。あとちょっとで殺せたのになァ。悔しいよなァぁ。おいロッコぉっ、どゥんな気分だァ。最後の悪あがきィもォ、無様に終わってよォッ!」
「ぐっ、い、いった――い、どう――やって……」
踏みつけられて動けないまま、何とかロアは声を振り絞る。
「ギャハッ、そりゃァ、俺にはァ、デキる手下がいるからなァ。『不可逆視』ィをもったァ手下がなァッ」
ようやくグバンから絡繰りを聞き出すことができ、ロアは確信し、納得した。
実のところ、ロアは最初から計画がうまく運ばないことも考えていた。だから、アジトの爆破が上手くいかなかった時点で、どうやってグバンが私の手の内を知ったのか探る方向で動いていたのだった。
アジトを潰すことは叶わなかったけれど、ダイナマイト自体が破棄されていたわけではなかったから、おそらくアジト内の地下深くの方にまとめて置かれていたのだろうと思う。
もともと魔力を体から切り離している時点で素魔力の距離も場所も数もかなり勘定が怪しくなる。それを承知の上で何度か見回りをしていたから、おそらくダイナマイトが取り除かれたのはそんなに前のことじゃない。もしかすると今日かもしれない。だとすれば、それなりの人数が動員されているだろうし、なによりかなり計画的に対応策が用意されていたことになる。
実際、それを裏付けるかのように最初からとあいつは言った。
けれど、そうなるとどうしても納得のできないことがあった。それは一体どうやって気づいたのかだ。ダイナマイトを仕掛けるときは用心しすぎることはないくらい用心して、周囲に誰もいないことを確認していたから、本来なら気づくはずはない。
考えられるとすれば、ロアの『人間不信』のような何らかの固有スキルの
そして、グバンはようやく『不可逆視』と口にした。おそらくその名前からして、
嫌な話ではあるがおそらく最初からずっとつけられていたのだろう。アイル川に逃げないと誓ったとはいえ、アジト内を自由に動けたのも、なるほど常に監視付きであれば問題ないという話だ。
だが、これでようやく相手の手の内も見えた。透視でもないのなら不意打ちには対応できないだろう。念のために懐に入れておいたもう一本のダイナマイトを抜き出して――。
手に持ったそれを見てロアは目を疑った。それはダイナマイトではなく、革製の筒状の何かだった。なんでこんなものがと思う間もなく、手を蹴り飛ばされ、その拍子にその黒いものは暗闇の中へと飛んでいった。
「アブねぇなァ。まだもっていやがったかァ」
本当であれば、グバンの攻撃よりも早く、起爆できていたはずなのに。あれが入れておいたはずの本物のダイナマイトであれば。
ああ本当に、これで万策が尽きた。
「まァ、いいさァ。これでオメぇもおしまいモンだなァ」
腹にかかる力が強くなる。
「なァ、本当にイイ顔だなァ。やっぱァ、人のォ、絶望するってェのをォ、見るのが一番、愉快だェ。生きてるってェ感じだなァッ。そしてェッ!」
腹にかかる力がなくなかったと思うと、直後にドスンと重たい足が再び降ってくる。胃液が逆流して耐えきれず鼻から噴き出した。
「その後の、みじめなやつをいたぶるのがなんもいえねェ、至福の時なんだよなァッ」
今度は蹴飛ばされて、ロアは床の上を転がる。さっきの腹への一撃が効いていて立ち上がることもできない。
「だがよォ。これが人間ってェやつだと思わねェかァ。結局よォ、どれだけ外面を保ったところでェ、裏切り害するのが人間のサガなんじジャねェかァ。まァッ、俺の場合はァ、度し難いかもォしれねェがなァッ!」
そう言って、動けずうずくまっているロアの、足を肩を手を足を胴体を首を頭を、踏みつけ蹴って踏みつけては蹴るのをグバンは延々と繰り返した。
やがて痛みもなにもかも分からなくなったころ、ロアは頭蓋骨ごと頭を踏み抜かれた。
もう何もかも手遅れでどうしようもなかった。
再定着地点に戻るまでの間、ロアはかつての自分の記憶を見ていた。
記憶の中では、今よりも小さいちょうどあの少女くらいの背丈で、周りには同じくらいの年齢の子供たちがいて、一緒にどこかに閉じ込められていた。
しばらく膝を抱えて座っていると、一つしかない扉が開いて、一人の男が入ってきた。
その男が何かを喋って、それを聞いて子供たちはいっせいに泣きじゃくり始めた。
ただ、そのとき子供の姿のロアだけはただ一筋、涙を流しただけだった。
そこでロアは思い出した。
この時に、私は『人間不信』に成ったんだ――と。
両親に売り飛ばされたと知ったその時に――。
*******
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます