20──夜明けの空だ

 夜が来る。

 暗闇にはもう慣れた。でも僕の夜はまだ晴れない。

 傍らに火球を浮遊させながら夜を歩く。

 僕は一人じゃない。ハックがいる。

「お久しぶりです。キャニーさん」

 闇の中にアイロンが立っている。

「随分と流暢に話すようになったな」

 刀を抜く。

 相手との間合いは十歩くらいか。

「お前が本物のアイロンなら、オキシのとこに行ってやれよ」

「それは出来ません。私は身も心も神様のものになったのですから」

「そうか。どうしてそうなったんだろうな」

 僕は空を仰ぎ見る。

「最初に神様に救われてから……」

「それは本当にお前の意思なのか?」

「そうですよ」

 なんてバカなことを聞いてるんだろうな僕は。

 いまさらだろ。

 覚悟を決めろよ。

 力いっぱい地面を蹴る。

「キャニーさん。今度こそお話を──」

 真正面から斜めに切り下ろす。

 表面こそ人を斬ったときと同じ感触だったけれど、皮と肉の下には木製の骨と臓器が収まっている感触があった。

 何も考えるな。

「痛い、痛いです」

 顔を思い切り踏み潰す。

 当然一回では潰しきれず、何度も何度も。

 顔が潰れ声が切れ半ばまでめり込み骨が平たく砕け液体が撒き散らされ細かい破片が擦れる感触。

「酷いですよ。キャニーさん。いくら私が死なないからって」

 どこから現れたのか、灯りが照らせない闇の向こうから、もう一人やってくる。

「僕の足元のやつは死んだよ」

「それも、私です。私も私です。私はまだ死んでいません。死なないようになりました」

 切っ先を向ける。

「戦うしか、ないんですね」

 今度は相手も剣を抜く。

 こちらから一方的に間合いを詰める。

 刃が交わるのはたった一度。

 相手の剣を容易く弾き飛ばして、斬撃を浴びせる。

「弱い。弱いよ」

 なんて趣味が悪い。

 これを繰り出してる相手はいったい何が狙いなのだろうな。こんなもので躊躇してやれるほど、今の僕は優しくないのに。

「次も同じか?」

「こ~んばんは~」

 アイロンよりも頭一つ分小さい影がやってくる。声も話し方もアイロンのそれではない。

 灯りで見える範囲まで来ると、緑髪の少年であることが分かる。

「ぼ、く、の、なまえは~。カ†ミで~す」

 名乗りながらも足を止めずにそいつは近づいてくる。

 刀の間合いに入ったそいつを間髪入れずに斬った。

 そいつは斬られながら後ろに吹っ飛ぶと、何もなかったみたいに立ち上がり何らかの手段で傷を塞いだ。

「酷いな~キャニ~、ただあいさつしただけじゃないか~」

「そのふざけた話し方はわざとか」

「それよく言われるんだけど。無意識にでちゃうんだよね~」

「なら死ね」

 踏み込んで刀を突き出す。

 カミとやらの首元に向けて突き出された刃は、アイロンの腹に刺さっていた。

「まったく、喧嘩っ早くて困るよ。言葉が~あるんだからさ~」

 すぐに刀を抜いて次の攻撃に移ろうとするが、岩に刺さったみたいに刀が抜けない。

「キャニーさn……」

「燃えろ」

 ハックが無詠唱で魔術を使う。

 頭の奥が熱くなり、刀が強く発光し、心なし摩耗した感じがする。

 刀に触れた部分が焼け落ちて、無事に刀を引くことができた。

「これで三人目、いや、トータルで五人目か~な~。無限に作れるといってもコストはかかるし、それに、一人一人痛覚も心もちゃんと積んであるんだよ。人の心とかないのね~きみは~」

「死者を弄ぶな」

「死者? 酷いな~殺したのはきみだ~ろ~。それ~にほら、ちゃんと生きてるよ」

 またアイロンが出てくる。

 だから殺した。

「あーあ。この子たちが死者なら僕だって死者だ~よ」

 手が痛くなるくらい強く刀を握りしめる。

「実は~。今日はきみに仲間になってしくて~、わざわざでてきたんだ~よ~」

 ハック。焼け。

「あっつっ」

 カミが燃える。

 すぐに沈火される。

「まったく、おちおち話もできない~ね」

 カミは背中を向けて闇の中に逃げ出す。追いかけるけど、無数のアイロンが僕を取り囲む。何人いるんだ? 関係ないか。全員殺す。

 殺してバラして燃やして並べて集めて納めて……火葬してやるよ。ちゃんと、弔ってやる。

 全身全霊で踏み込む。

 ハック、全力だ。全部出しきれ。

 ラストバトル、じゃの。……あい分かった。

 一番近いところにいた一人に飛びつく。首を掴んで回る。体を捻って近くにいるアイロンたちの剣を避けながら、一人目の首を折る。極めつけに刀を押し当てて斬り落とす。

 少し遅れてハックの魔術が発動して、最前列の全員に着火する。

「ほんとにさぁ! 僕はきみのこと評価してるんだよ~。魔導書をそんなに使いこなして、その上、殺しが嫌いみたいで~さ~」

 やたら響く声は無視。

 火への対処が早かった一人を目掛けて斬りかかる。全体重を載せて一太刀で落とす。

 背後に迫ったやつを爆発が襲う。

 気合で体勢を反転して、斬りかかり。

 次も、次も。

 先のことなんて考えないで。

 一太刀、一太刀、強く斬り込んだ。

 頭の奥がオーバーヒートする。

 刀がどんどん軽く薄く削れていく。

「僕はね。死を克服した世界を作りたいのさ。今きみが戦ってるアイロンはね、その第一号なんだよ。もしかしたら、きみから見て完璧じゃないところがあるかもしれないけど、かなりの完成度になった初めての個体なんだ~」

 足元に積まれた死体を蹴って蹴って押しのけて、次から次へとやってくる。

 髪や爪や皮膚で造形された、四足歩行の獣も襲ってくる。

 それを、炎の壁で拒絶する。

 燃えろ燃えろ燃えろ。

 家屋が焼けるのと同じ匂いと煙。

 人が炭化するのと同じ臭いと蒸気。

 燃え盛れ。

 不吉さも何も燃えろ。

 斬った場所が燃えた。刺した場所が燃えた。

「きみの持ってる魔導書はね、人間を完全にするための計画に必要なピースなんだ。最初はその可能性の一つって感じだったけど、これまでのことで確信したよ。きみと僕は~、仲良くなれ~る~」

 燃え残りが地面に積み上がり、その上を踏んづけて次々に湧いて出てくる。

 虫みたいだと思った。思いたかった。

「があああああああああ!」

 心が、吠えた。

 まだまだ燃える。

 ハックが燃える。

 足りない足りない。

 これじゃ全部燃やせない。

 刻めまだ刻め。

 踏み込めもっと奥に。

 止まれば物量に押しつぶされる。

 飛び出しすぎれば取りこぼす。

「なあきみ、こんな戦い不毛だろ? 僕といっしょに不老不死になろう~ぜっ。きみのその力と僕の技術があれば、神様のインタフェースだって、掌握できるさ!」

 段々と湧いてくるアイロンがなり損ないみたいになってくる。

 背の高さが揃ってない。

 揃ってないと一緒に首をはねられない。

 揃ってないから、一人一人順番に相手できる。

 もうすっかり前後左右も足元も、囲まれてしまっているけれど、まだ上に燃え上がれる。

 百人斬りが遠くない。

 もう過ぎ去ったかもしれない。

 数えてる暇なんてない。

 返り血は受け取る前に揮発した。

 もっと火力を。

「きみさあ、きみの殺してきたやつらだって、神様のインタフェースの admin さえ取れればみんな生き返るんだ。だ~か~ら~、僕といっしょにいこうぜ」

 はじけろ。

 小気味いい音が立ち始める。

 脳髄が煮詰まる。

 足元が滑るから加熱して乾かした。

 骨を踏みしめる。

 踏み込みのたびに乾いた音がなる。

 積み上がった屍が、僕の足を引く。

「ねえねえ、そろそろ、一回話を聞く気はないかい?」

 奥歯を強く噛む。

 また一太刀。

 力加減がうまくなってきて、三秒に一つ首が飛ばせるようになる。

 彼女たちを動かす人ならざる仕組みが分かってくる。

「あのさあ、僕もさあ、ここでリソース使い果たすわけにいかないんだよねえ! いいかげん諦めてくれないかなあ。じゃないと、どうなっても知らないよ」

 歪みきった人間もどきにも急所はある。あとはそれをいかに効率よく破壊できるかが問題だ。人を殺すのに必要なのは殺意だ。大層な道具はいらない。指先、拳、肘、肩、頭、膝、足、全部が凶器足り得る。

 刃が近けりゃ首を刎ね、指が近けりゃ目を貫いて脳髄をえぐった。

 一手一手吐きそうになるような手順も、繰り返せば作業になった。

 詰まないように立ち回ればいい。

「そんなに、殺し続けてそろそろ疲れてきただろう? やめないかい? 一度休憩して話し合おう」

 いくら立ち回っても地面に空きがなくなって、膝下まで埋まり始める。

 足を垂直に注意深く引き抜かないと、一歩踏み出すことすら難しい。

「なぁ、何をムキになってる。何のためにきみは、目の前に死体の山を作る。きみは何も思わないのか、な~。なんでなんだよ。アイロンは目の前にいるだろ。何が違うんだよ何が! 黙ってないで教えろよ」

 足を取られて盛大に転ぶ。

 燃えろ。

 立てなくても炎は燃やせる。

 立ち上がりつつ斬り上げ、即斬り下ろし。

 刀を振りながら振り向けるスペースがないから、柄の部分で殴る。

 左手を刀から外して、両手で同時に殺戮を行う。

 また姿勢を崩しながら刀を振るう。

 こける勢いを裏拳に載せて鼻を砕く。

 まだ燃える。

 ま、だ、燃える。

「もういい。殺してバラして分析する。生のデータが取れないけどしょうがない。しょうがないからな!」

 一層、また一層と積み上がっていく。

 これほどまでに積み上げることに意味のないものがあるだろうか。

 数えなくたって死が上がってくる。

 終わらない。

 終わらないなら燃え尽きない。

 さらにペースが上がっていく。

 もう大量に湧いてくる人間もどきたちはまともに攻撃も繰り出せていない。どんどん後ろから押されて押されて前に出てくるだけだ。

 今更になって物量で押しつぶそうとしても遅い。

 僕のいる場所が小さく山状に膨らんでいるせいで、人混みの重量が全部僕の反対側にかかる。こっちに倒れ込んできても、たかが知れている。

 もっと積み上げる。

 限界なんて超えている。

 感覚がぐちゃぐちゃになって、自分の居場所も定かじゃない。

 やるべきことは分かってる。

 だから手や足は動く。

 さらに燃えている。

 死が死を呼び水にする。

 人間もどきたちも、足場が悪すぎるせいで、四つん這いでしか近づいてこられなくなっている。そうなると、もどき同士で足を引っ張り合って自滅し合う。

 雪崩が起きて、何体か生き埋めになる。

 どんどん上へ。

 こうなるともう見晴らしがよくなってくる。

 頭がおかしくなって空に手が届きそうに思う。

 ここが世界で一番高い場所。

 この瞬間すべての終わりがここに集まっている気さえする。

 戦場ですら生易しい。

 地獄がここにある。

 地獄だここは。

 僕は丘の上で一人。

 払い除けたあいつらが近づいてくるギリギリまで、ゆっくりと呼吸をして孤独を堪能する。いつのまにか、目障りな声も聞こえなくなった。

 全ての音が平等に聞こえる。

 風も息も全部が同じもの。

 もうそろそろいいだろ。

 全部だして来いよ。

 ええ?

 幾千幾万?

 まだ火は消えちゃいない。

「燃えろぉぉ──ぉぉぉぉ──ぉおおおおおおおおお!!!!」

 僕の一寸先、足元、円周上。

 噴火した溶岩のように緻密に。

 嵐のように苛烈に。

 白金プラチナ色の必死の暑気しょうきが広がる。

 脳のシナプスがバチバチと音を立てて、視界がきらめく。

 瞬断。

 ブラックアウト。

 エラーエラー。

 リカバリー。

 炭素で舗装された道を、積み上がった死の山の上から、一気に傾斜面を滑り降りる。

 滑り落ちながら少しでも動いたそれらを、通りすがりながら斬っていく。

 もはや体の重さなど問題にならない。

 山を下りて久しぶりに地面を踏むと、視界の向こうにカミとやらと、なけなしの十二体の人形が立っていた。

 近いところに立ってるやつから順に相手する。

 一体目。

 見た目はただの人間。

 まっすぐ踏み込めばリーチの差で袈裟斬りが当たる。

 二体目。

 見た目同じく。

 警戒されて下がられる。三体目といっしょに相手したくないから、刀を手のひらで突き出して脳天に突き刺す。

 三体目。

 流れで戦闘に入る。

 知らない人間。

 刀を手放したので、懐に入って、見様見真似で投げてみる。

 無事に首の骨を砕く。

 念の為に頭を踏んで砕く。

 四体目。

 刀を回収しながら近づく。

 石弾を撃ってくる。

 左右に動きながら剥ぎ取り用のナイフを投擲する。

 刀の間合いに入って、上段から一刀。

 五体目。

 でかぶつ。槍持ち。

 穂先を刀で、いなして弾いて切り取って、後は終わり。

 六体目。

 短剣を飛ばしてくるから避ける。

 小柄だから追いつけばリーチ差で攻撃が当たる。

 七体目。

 その場で座り込んで動かない。

 軽く首を刎ねる。

 八体目。

 九体目。

 左右から同時に飛びかかってきたから、片方の側に大きく旋回して斬る。

 あとは、もう片方の方に、投げてやると攻撃が止まるから、その隙に斬った。

 十体目。

 重力の魔術を使ってくる。

 大量に砂と小石を投げつけて視界を奪って、背後から刺し殺す。

 十一体目。

 刀使い。

 仕掛けたのは同時。

 鍔迫り合いになる。

 フェイントをいれつつ敢えて後ろに倒れ込む。

 相手の力を横方向に曲げて押し飛ばす。

 倒れたところを斬りかかる。

 十二体目。

 もう殺し飽きた相手。

 何か言ったけど流れ作業で首を刎ねる。

 十三体目。

 カミと名乗ったそいつは驚くほど鈍臭くて、逃げようとして転んでいた。

「ま、まいったな~。まさか全員やってしまうなんて……さすがの僕も弾切れだよおめでとう。ところで、さっきの仲間にならないかって話なんだけどさ。受けてくれないかな~。いいのかい、僕がいないと今殺したやつらは死んだままだよ。本当にいいのかい? それにね、最後にこれだけは言わせて欲しいんだけど、僕は殺しても死なないよ」

 無駄に早口で話すそれを刺し殺した。

 そいつの体からは、きちんと赤い血が流れだした。

 僕はまた人間を殺したんだ。



 膝をついて果てしない虚空の方を見る。

 胸の奥に不可逆な穴が空いてしまった。



 飛んでいた意識が、夜明けの太陽で戻って来る。

 どれくらいか分からないけれど、立ったまま眠っていたみたいだった。

 空が紫色から赤色、青色へと不気味にグラデーションを描く。

 果てしない量積み上がった亡骸の山を眺める。

 神様なんて信じていないけど、今だけは祈った。

 信心深い人でも週末そこまで祈っていないだろうってくらい、一生分の祈りを捧げたら、次は自分のための行動を開始するときだ。

 肩を回して、森の中のどこかに置いてきてしまったカバンを探す。

 はじめに、水を浴びるように飲んだ。

 水は冷たくて美味くって、自分がこんなに乾いていたんだと分かって、気持ちよかった。

 回復したら次に、折りたたみのシャベルを取り出して墓穴を掘る場所を探す。

 山にそこそこ近い場所で、深く掘れそうな場所を選んだ。

 そしたら、できるだけ深く掘って掘って掘って、何時間も掛けてたくさんの穴を掘った。

 穴に遺体をどんどん入れて、ハックから習った魔術で焼いていく。

 火力が全然足らなかったから、途中で枝を拾ってきてくべたりした。

 自分の背よりも高かった山が、みるみる内に減っていき、ただの灰になった。

 加減が分からず、追加で祈りを捧げながら、灰を埋めていった。

 最後に、木を切り出してきて、墓標代わりに突き立てた。

 ダメ押しにさらに祈っておいた。

 僕はまるっきり独りになってしまった。



 じゃあの。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

神様のインタフェース 珠響夢色 @tamayuramusyoku

作家にギフトを贈る

カクヨムサポーターズパスポートに登録すると、作家にギフトを贈れるようになります。

ギフトを贈って最初のサポーターになりませんか?

ギフトを贈ると限定コンテンツを閲覧できます。作家の創作活動を支援しましょう。

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ