神様のインタフェース

珠響夢色

ヒーローになりたい編

1. 日常の終わり

「キャニー、将来何になりたい? あなたは、お兄さんたちみたいに、お父さんの跡を継がなくてもいいのよ」

 母さんの暖かい声。多分、最後に聞いた声。

「キャニー、あなたは、何者にもなれるのよ」

 母さんが僕の頭を撫でる。

 なぜだか、すごく、悲しい気持ちになっていく──。


 ジジジジ。

 リンリンリンリン。

 ジジジジ。

 リンリンリンリン。

「うーん」

 ゴンッ。

 目覚ましを止めて、ゆっくりと目を開く。

 雨戸の隙間から、陽の光が差し込んでいる。

 眩しい。

 勢いよく布団を蹴飛ばして、伸びをする。外がやけに騒がしい。そういえば、今日は記念祭だったな。

「めんどくせー」

 ぎこちない動作で立ち上がって、部屋の隅に散乱している色々の中に手を突っ込む。多分昨日と同じ場所に埋もれていたカバンと、荷物一式を引っ張り出す。

 同じ容量でくしゃくしゃになった服も引っ張り出して、シワを伸ばしながら着替える。

 鏡の前をスルーして、今にも取れそうなドアに鍵をかけて、階段を降りて、外へ。

 ここまで、ルーティーン。

 代わり映えしない、気だるげな日常。

 一階にある大家さんの店に挨拶をして職場へ向かう。

「マジカル・メタモル・トランスパイル! あなたの心にGETリクエスト!」

 大家さんが奇っ怪なモーションをしながら、半音上げ、滑舌ふにゃふにゃの声を発していた。

「あっ」

 だから。

 僕は。

 何も見なかったふりをして職場へと。

「ゲフンゲフン」

 わざとらしい咳払いが聞こえる。大家さんがこっちを見て、目で、「何も見てないね」と訴えてくるので、「何も見てません」と大家さんの真似をして咳払いをしておく。

 大家さんは何もなかったかのように、夜営業の準備をはじめていた。

 ここまで、いつも通り。いつも通りってことにしてくれ。もし、今日この後に、人生の転機になるようなイベントがあったときに、その一日のはじまりが、こんな、こんな……大丈夫、きっと今日はもう何事もないし、すぐに他の日常の記憶に押し出されて忘却していくんだきっとそうだ──。


 そんな感じで、僕はいつも通り、職場への道を歩いて行く。

 ちょっと、いつもと違うのは、人がちらほらいて、大通りが騒がしいくらい。

 多分大通りの方では、屋台が並んでいて、りんご飴とか、輪投げとか、怪しい魔道具とか、聞いたことない英雄の武具やらが売られていることだろう。

 まあ僕はそんな俗なイベントには興味がないので、粛々と職場に向かうのである。

 人通りの少ない路地裏を通って。

 決してボッチというわけじゃない。不特定多数に混じって一瞬の快楽に身をやつすよりは、いつもと変わらない日常で、自分の役割を果たそうというだけの話だ。

 僕には記念祭にかこつけて発表できる成果もない、しね。と、そんな斜に構えた僕の態度を咎めるように、コツンと、何かが降ってくる。

「いたっ。なに?」

 下を見ると、僕の頭に当たったとおぼしき鍵が一つ。

 ザ・童話に出てくる鍵、みたいな見た目の鍵を拾う。

 以外にも、その鍵はずっしりと重く、鈍く金色に輝いていて、不思議な色の宝石がはめられていた。

 おもちゃと言うには出来が良すぎるなぁ。もし本物だとしたら、すごく古い、資料価値のあるもの? まさかね。

「まぁ、高そうだし。後で祭りの運営本部に届けるかな」

 鍵をポッケに入れて、職場への道を急ぐ。

 遅刻は駄目だからね。

 僕は祭りの日でも勤勉に働く模範的な労働者なのだ。


「はー。なんで外はお祭り騒ぎなのに、仕事があるんだー」

 バックヤードの机に頬ずりをする。木のトゲが刺さりそう。

「来てそうそう何やってるんですか。早く持ち場についてください」

 メガネをかけた学芸員その1が話しかけてくる。ここにいるということは、僕と同じ記念祭アンチ同盟の一員であるに違いない(そんなことはない)。

「記念祭は別にお祭り騒ぎするイベントじゃないですよ。『魔導開放記念祭』ですから。主役は我が国の偉人であり、歴史上最初のウィザード、ゴト・リッチー氏こそ、このイベントの主役なんです」

「でも、もう、千年以上前に死んでんだよ。いないんだよウィザードさんは」

「だからこそ、リッチー氏の偉業を語り継いでいくために、特別展をしてるんじゃないですか」

「いやだから、誰ももうそんなこと思ってないって。誰もお祭りの日に博物館になんて来ないんだって」

「うーん。でも、だからって、誰も来ないわけじゃないですし。いくら人気がないからって、記念祭の初志を失くしちゃったら、駄目でしょう」

「はいはい」

 と、まあ。一旦文句を挟んでから、給料分の仕事をするかと思って、立ち上がる。

 僕の仕事は、ここの博物館のガイド兼警備員である。

 展示の前で右往左往する人に道順を教え、展示に手を触れようとするやつに道徳を説くのが仕事。給料は良くないが、大概暇な仕事である。

 バックヤードから出て、特別展のあるフロアへ移動する。昼間のシフトに入っていた人と少し会話をして、仕事を交代する。

 博物館の中はとても静かで、遠くの方で一人か二人くらい足音が聞こえる。

 実際、わざわざ開館しているだけあって、来場者はゼロじゃない。魔導記念祭は学会なども兼ねているので、結構な数の学者やら職人やらがやってくる。その中には祭よりも博物館が好きという奇特な人がいる。

 自分にとっては見飽きた展示の数々を、ぼーっと視界に入れながら、怪しい人がいないか見て回る。

 時々立ち止まって、展示を見る。だいたい去年と同じ。代わり映えしない資料の数々。

 多少レイアウトは変わるけれど、今になって新たにウィザードのアーティファクトが見つかるということもなく。

 特別展のタイトルと、肖像画。リッチー氏の偉業と年表。資料とその解説。

 一番奥には、リッチー氏が生涯かけて書いたとされる、分厚い手記、グリモワールが展示されている。

 ショーケースに入ったそれは、ふわふわと浮いており、これが目玉の展示だと言わんばかりにライトアップされていて……。

「ちょっと待てよ。昨日はこうじゃなかっただろ」

 記念祭当日限定の特別演出?

 どうやって展示してるんだろうと、ショーケースに近づくと、なぜか僕のポケットがガサゴソと動き出す。

 えっ。

 とっさに手をポッケへ。

 おもちゃみたいな鍵が震えていた。

 同時に、グリモワールも震えだす。

 光が強くなる。

 鍵が本に引かれてる。

 本と鍵が近づく。

 鍵が飛ぶ。

 瞬間。

 閃光が日常にヒビを入れる。

 とっさに顔を覆って尻もち。

 ガラスの割れる音。

 恐る恐る手を顔から離す。

 目の前に本じゃなくて、黒い巫女服を着た少女がいた。

 少女は大きく伸びをした。

「ふあー。お主かの? わしのご主人さまは?」

 僕は逃げ出した。

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