第50話容疑者4

「またですか?」


「ああ」


「これで何件目です」


「さぁな。俺が把握しているのは数件だけだ。ただし殺しと判断された物は、とつくがな」


「警部……」


「仕方ないだろ。奴さんは“白”だ」


「それは分かってますが……」


 とある容疑者候補のうち一人は二人のよく知る人物だった。二十代の美しい男。彼の名前が容疑者リストにあがるのは何も今回が初めてではない。


「何で彼の恋人ばかり不幸が続くんでしょうね」


「さて、何でだろうな」


「また弁護士くるんでしょうか?」


「そりゃあ来るだろうさ」


「……彼は本当に関係ないんでしょうか」


「殺しには関係ないだろうな。ただ、まったく身に覚えはありませんって感じではなかったぞ」


「それって!」


「まあ、俺の勘だがな」


「勘ですか?」


「ああ、ただの勘だ」


(最初にはなかった禍々しさを感じる。裏で手を引いてる訳でもない。それでもこう……なんというか肌がざわつく感じを受ける)


 思案気な部下はよく容疑者になる男を内心では疑っていた。直接手を下していないにしても殺害するように誘導したのではないか、と。それは警部も同じ考えだった。ただし、彼の場合は少しだけ違った。


(あの男には何かある。人を破滅させる何かが……。無自覚なら兎も角、もしも自覚していればとんでもない)


 今回もまた事件は迷宮入りすると感じた。

 そしてそれは正しかった。




「もうこんな事件はまっぴらです」


 泣きそうな顔で言う部下に警部は肩を叩くしかなかった。

 誰もが感じているやるせなさ。

 これは何時まで続くのか。終わりの見えない迷路に迷い込んだかのような事件。


(こいつには悪いがまだ続くだろうな)


 刑事の勘という物だ。

 部下の心を折らない為にも男は何も言わなかった。


 男のデスクには読みかけの新聞がある。

 トップを飾るのは人気歌手の死。自殺だ。


(自殺なら警察の出る幕じゃない。管轄違いの場所だ)


 他殺に見せかける自殺は多い。

 プロに依頼するならそうしてくれと男は刑事にあるまじきことを思った。容疑者に乗る美貌の男と違って自分の部下の精神はそんなに強く出来ていない事を彼はよく理解していたからだ。



 男の願いが叶うのは数年後。

 容疑者の男が電撃結婚を果たした日を境に迷宮事件は起きなくなるのだが、それはまた別の話。



 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る