【超短編】心を読む相手
茄子色ミヤビ
【超短編】心を読む相手
20歳の誕生日。。
本当は友達と朝までカラオケにでも行きたかったが、祖父からは0時ぴったりに自分の部屋に来るようにと厳命されていた。だから僕は渋々同じ敷地内にある祖父の家を訪ね、約束通り0時ぴったりにノックすると「入れ」という祖父の無愛想な返事があった。
「我々の一族は、生涯でただ一人だけの心を読むことが出来る」
と、テーブルを挟んだ祖父にそう言われた。祖父の冗談など聞いたことが無いし、もちろん頭の方もはっきりしている。しかし、そんなことをいきなり信じろという方が無理な話だ。
「これが手順書だ」
そんな僕を置いてけぼりに、祖父は古ぼけたA4サイズの紙を渡してきた。
「親父から聞いたか?使う相手は慎重に決めろよ」
と、祖父に似て口数の少ない父が、なんと祖父の家の玄関で待っており声を掛けられた。
ちなみみ父と祖父が話しているところを僕は見たことがない。
祖母も亡くなり、親一人子一人なのだからちょっとくらい話していけばいいのに…
どうして仲良くしないの>と聞いた日には「あの人とは合わないんだよ」と父は毎回面倒そうに答えるだけで、祖父に同じ質問してもそう返してくるばかりだった。
結局、僕はその能力を使うことなく40歳になった。
無事に結婚することもでき、息子は三歳になる。
仕事も順調で片道電車で40分ほどのマンションも購入し、まずまずの人生といったところだ。
もちろんこの能力を使おうとしたことは何度もある。
例えば会社の上司や取引先。もし考えていることが分かれば出世することなどお手の物だったろう。しかし心を読めるとは言っても、その人が瞬間的に考えていることしか分からないらしい。
質問形式の会話をすれば問題ないと思ったのだが…能力を使うに相応しい相手が見つからない。
ご機嫌をとるべき直属の上司は頭が回るタイプでなく、人柄で仕事を回すタイプであり、大手取引先の実験を握っているのは基本的に御高齢であったりするので「もったいない」と思ってしまったのだ。
ただ心を読むべきか見極める際「相手の能力や将来性」や「仕事の実権を握る人物の見極め」をするクセは、僕の昇進に大いに役に立ってくれた。
ちなみに妻との交際期間中にも能力を使うかと何度も頭に過った。
付き合った当初、浮気癖がひどかったのだ。
本当に「なにを考えているか分からない」というヤツだ。
派手な服装を好み、その派手さも煽情的な類のものであり、正直僕としても一晩共にした流れで付き合うことになったのだ。
当然僕の方にも問題はあっただろうから…結果的にお互い依存していたと思う。
しかし、そんなある日。
彼女が交通事故に遭い大怪我を負った。
命に別条はないと言われたが、入院は実に半年に及んだ。
依存の延長と言われたらそれまでだが、僕は毎日見舞いに行った。
すると彼女の態度が徐々に変わっていった。
入院中に、勤務先だったキャバクラに退職届を出して(僕には普通のOLをやっていると言っていたのだが…)元々興味のあった美容部員になると言い出し、リハビリと平行して勉強を始めたのだ。
そして、能力を使わないまま現在に至る。
祖父は亡くなり、目の前で三歳の息子と遊んでいる父もすっかりお爺ちゃんだ。
妻は夕食の準備をするために買い物に出かけた。
今日は父の好きな魚の煮つけを作ってくれるようだ。
結局心を読む相手は誰でも良かったのかもしれない。
そしてこの能力を使う相手を見極めること自体が、人生を豊かにしたというのは不思議な話だ。しかし、誰にも使い道がないくらいなら…祖父のように、そして父のように『目の前にいるどちらか』に使っても悪くないのかなと思い始めていた。
【超短編】心を読む相手 茄子色ミヤビ @aosun
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