数年前② 悲しみを秘めた人たち
「いただきます」
真田は風呂から上がった後、弥生が用意してくれたジャージ(弥生の夫、虎太郎が着ていた男性用ですが、長身の彼女に合うサイズはこれ以外にありませんでした)に着替え、弥生が作ってくれた大盛りのチャーハンを、美味しそうに食べていました。女性とは思えないその食べっぷりに、燻士家の人々は目を奪われています。
(なあんだ、真田さんって女の人なんだ。ちょっと残念)
琴子はそう心の中でつぶやきながら、真田を見ました。
(でも、本当に綺麗な人だなぁ。何でこんな人が、あんな格好でいたんだろう?)
琴子の思考を読んだ訳では無いでしょうが、真田は食事が終わって一息ついてから、簡単に自己紹介をしました(本当は食事の前にしようとしたのですが、源一郎に「先に飯をたべなされ」と言われたからです)。
彼女の名は『真田織絵』と言い、武者修行の旅をしている女武闘家という事でした。
「武者修行!?今もそんな事をしてる人っているんですか!?」
琴子が織絵の話しに驚いていると、
「何を言うか。わしの若い頃はまさに修行に明け暮れる毎日じゃった!自分より強いヤツがいると聞けば、良く勝負を挑みに行ったもんじゃ!」
源一郎はそう自慢げに語りました。
「おじいちゃん、それいつの時代の話し?明治時代?」
「わしはそこまで年をとって無いぞ。昭和初期の頃じゃ」
それを聞いた琴子は、
「充分古いって・・・」
と小声でつぶやきました。
「何か言ったか?」
「ううん、別にぃ」
「古くて悪かったのう。どうせわしは老い先短い老人じゃよ・・・」
「聞こえてるんじゃない!あのね、おじいちゃんがそんな事を言っても、ぜんっぜん説得力無いから。私、おじいちゃんは百歳まで生きそうな気がするよ」
「そうか。実はわしも百歳までは生きるつもりなんじゃ」
「えぇ~!」
「えぇ~とは何じゃ?わしは曾孫の顔を見るまでは死なんぞ!」
「確か以前は、私と銀子の花嫁衣装を見るまでは死なないって言ってなかったっけ?」
「その前なんて、琴子と銀子の成人式の晴れ姿をみるまでは、だったわね」
弥生はクスクスと笑いながら言いました。
家族同士の会話を聞いていた織絵は、
「その分だと、本当に百歳まで生きていられそうですね・・・」
と、納得したように言いました。
その途端、茶の間に笑いの渦が巻き起こりました。源一郎と弥生と琴子、そして織絵も楽しそうに笑っています。
でも、その中に次女の銀子は入っていませんでした。彼女は相変わらず、膝を抱えてテレビに見入っています。もしかすると、テレビを見ているふりをしているだけかもしれません。現に、楽しそうに笑っている家族を、ちらちらと見ています。
その視線に気付いた織絵は、銀子に笑いかけました。しかし、先程と同じように、すぐにそっぽを向かれてしまいます。
「こら銀子!織絵さんに失礼でしょ!!」
妹の態度に腹を立てた琴子は、思わずイスから立ち上がって怒鳴りました。しかし、銀子は何も言い返す事無く、黙ってテレビを見続けています。
「ちょっと、聞いてんの銀子!?」
その態度に、さらに腹を立てた琴子が声を上げるのを、
「まあまあ。私は気にしていないから。それに、何でも頭ごなしに言うと、妹さんも委縮してしまうわよ」
織絵は、微笑みながらなだめるのでした。
「そうよ。それに、あなたは少し銀子に厳しすぎるんじゃないの?」
弥生にまでそう言われて、琴子は不服そうに唇を尖らせました。
「だって、銀子ったらずっとあんな調子じゃない。だから、しっかりしてもらおうと思って・・・」
「あの、何かあったんですか?」
織絵は、何気なく質問したつもりでしたが、燻士家の人々は、一瞬黙り込んでしまいました。皆一様に気まずそうな顔をしています。それに気付いた織絵は、
「すいません、立ち入った事を聞いてしまって・・・」
と、申し訳なさそうに言いました。それを受けて、源一郎は努めて明るく笑いました。
「いやいや、どうか気にせんでくだされ。これ銀子、先に風呂に入ってしまいなさい」
祖父に声をかけられた銀子は、
「・・・はぁい・・・」
今にも消え入りそうな声で答えると、緩慢な動きで立ち上がりました。
銀子は小学三年生だと言う事ですが、とても背が高く、もう少し年上に見えます。手足も長く、これで何かスポーツでもやれば、良い選手になるのではないかと織絵は思いました。
でも、銀子は常にうつむき加減で、しかも、長い前髪で顔を隠すようにしています。まるで、誰とも係わりを持ちたくないかのように。
「せっかくの可愛い顔も、あの髪形では隠れてしまいますね。もったいない・・・」
銀子が浴室に入ったのを確認してから、織絵はポツリとつぶやきました。
「やはりそう思われますか。祖父のわしから見ても、あの子は可愛らしいと思うのですがの・・・」
源一郎は、何かを思い出すように遠い目をしました。
「以前は良く笑う、明るい子だったんですがのう。息子が、2年前に行方不明になってしまってからは・・・」
「息子さん?と言うと、琴子ちゃんと銀子ちゃんのお父さんの事ですね?」
織絵の言葉に、源一郎は静かにうなずきました。
「息子の虎太郎は、戦場カメラマンをしておりましてな、世界中の戦場を渡り歩いては、その地の惨状を写真におさめてきました。
危険な目にも遭ったじゃろうし、ケガをして帰ってくる事も、一度や二度ではありませんでした。
それでも虎太郎は、戦場へと出掛けていきました。『この現実を世界中の人々に知ってもらいたい。そして、平和の尊さを知ってほしい。大切な娘たちの未来のためにも、俺は平和の尊さを伝え続ける。それが、俺の使命なんだ』と、虎太郎はいつも言っておりました・・・」
そこまで言うと、源一郎は小さくため息をつきました。
「ところが2年ほど前、中東の戦地を撮影しに行って、そのまま連絡がとれなくなってしまいましての。それきりです・・・」
そして源一郎は、今度は大きなため息をつきました。琴子は、悲しみに耐えているのか、唇を強く噛んでいます。弥生は、淋しそうに微笑んでいました。
「そうだったんですか・・・」
織絵は、この親切で明るい一家が、実はとても悲しい現実を抱えているのだと知りました。そして、父親に甘えたい盛りであろう銀子が、一番辛い思いをしているのだと言う事も。
「分かります、皆さんのお気持ちが・・・。私も・・・」
織絵もまた、悲しげな表情をするのでした・・・。
その頃、銀子は湯船の中で、先程と同じようにうずくまっています。やがて、湯の中に雫がひとつ、またひとつと落ちていきました。
それは、銀子の涙でした。家族の前では無表情だった彼女が、一人になった今、涙を流しています。
「お父さん・・・。お父さん・・・。うっうっ、ぐすっ・・・」
父のいない淋しさから、彼女は家族に対しても心を閉ざし、感情をあらわにするのは、一人の時だけだったのです。
「お父さぁん、どうして、どうして帰ってきてくれないの・・・?あたし・・・、あたし淋しいよぉ・・・」
銀子はいつまでも、泣き続けました・・・。
第六話完 第七話に続く
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