☖2九嗔猪(あるいは、賛同なるかの/残党/残当/斬刀をこれに)

〈……マデ、三十一手ヲモチマシテ、先手ノ勝チトナリマス〉


 そして。問答無用の「二発目の神撃」が黄金色の輝きを周囲に刷き散らしながら、驚愕のままで固まった牛男の、そのごつい鼻っつらを。触れた瞬間に「球化」するはずであろうなのに、あたしの諸々の感情が乗ったせいか何でかは分からなかったけど、何故か一度ヘシ折らんばかりにひしゃげさせると、パンチを撃ち放ったことないと言った割にはたまたま突っ込んだ勢いを殺しきれずに体勢崩した挙句に体軸を捻った末のうまい具合に体重が一点に乗った、振り下ろし気味のストレートに結実しつつ炸裂した。牛男がこれでもかの吹っ飛び方にて奥面に向かって転がっていきながらその中途にて「黄金球」と化したところで決着。ふう……


「ふひょぉ~、単騎でもやれるんだぜぇ~?」

「ふっひょひょ~、カッコいいんだぜぇ~?」

「ハカナさま、無理筋と思えましたが、我ら凡夫どもには想定すら出来ない一手……流石でございます……っ」


 例の「青白盤面」が解きほぐれていった瞬間、「小躍り」という言葉が非常にしっくりくるようなほどに小躍りしながら。歩三兵ポカ・ホンタ・スゥがあたしの元に駆け寄ってきてはぐいいとその小さな体を押し付けるようにして抱き締めてくる。日なたのような匂いを鼻腔に感じた瞬間、張りつめていた神経もほどけるように、あたしはその三人に身を委ねてゆっくりと呼吸を普段通りくらいにようやく戻していく。癒されるわぁ……「元の」平原に戻った風景は、巻いてくるそよ風と相まって、清々しさを疲れた体に与えてくれるようなのだけれど。と、その目の前で。


〈クッ 何故ダッ!? 何故連続デ……?〉


 前例が如く何故か謎の浮遊「プレート」内に取り込まれて去就を待つばかり状態となったカクカクのビジュアルの牛男が、それでもそんなありきたり反応的な「文字」をカタカタと断続的に表示させてくるけれど。そうだよね、ちょっとあたしの策略の方が冴え渡って上を行っちゃったよね御免ね解説必要だよね……先ほどの局面なんだけど、


 「二発目」「連続」では実は無かったんだよね……あたしは返答代わりにまず右拳を軽く握り込みつつ甲に穿たれている「紋章」を示し見せつけてやる。


 「白駒」が記された大きい「五角形」……では無くて、そこじゃなくてその下、小さな五角形が五つ並んでいるところを見せたかった。


 「入駒エントラ」。模擬戦の時の「歩三兵」の時から、そして最初の「野戦」でも使ってたは使ってたけど。スゥとかは割と自力で動いてくれてたから、あたしから能動的に使うってのがあまり印象薄かったのでちょっと忘れてた。前戦でこちらに引き入れてた「王金銀桂香」。彼ら彼女らを「使役」できるんだってことをちょっと忘れてのであって。そう、さらにそのヒトらにはあたしとしてはあまり仲間意識というものは希薄であるゆえ、結構な「捨て駒」感覚で使えたりもするというのが……なかなかの利点だと……そう思わざることも無きにしも無いかな……


「……さっきの【9七銀】は、あなたがジェスを『打った』ことに驚いて声を出したわけじゃない。そう来るのは読んでた。わざとあたしを自分の背後に回らせて、『隙をつけた』と思わせることで『最速の、一直線の軌道』を選択するように仕向けた、それがあなたの策だったと思うけど。何なら『方向転換』出来るってことも、可能性のひとつとして想定していたまでもあるかもね」


 わざと緩やかにフラットに言葉を紡ぎ出してやる。あたしの言っていることが合ってるか合ってないのかは別にどうでもいい。詰ました相手に滔々とマウント取りだけの「感想戦したいげり」をつらつら続けていく。あんまりお行儀が良いとは言えない態度だけれど、牛男こいつに限っては今ここで、


 ……強力な主従関係を刷り込ませておかねばならぬよね……


 自分でも気づかないうちに凄惨な顔つきになっていたのか、〈エヒィィィ〉の文字が「プレート」上に流れ出すけれど。


「……【9七銀】はあたしの指し手。『持ち駒の銀』を現出させておいて滑らせて。ジェスに当ててそのまま後ろまですり抜けさせた。つまりあたしはあの時『神撃』を放ってはいなかったの。空振り。ほんの少し、ぎりぎりのところで先にジェスはあたしの『持ち駒』になってたってわけ」


 実際、紙一重だった。ジェスの鼻柱にあたしの渾身の拳が到達する一ミリくらい前に、その「入駒」が成っていたから、「球化」していたから。間に合わなくてあれ当たってたらそれこそ死体蹴りオーバーキルだった感は強いけど。うん、思い出したら何かおなかの底のところが震えて来ちゃったよ……ともかく、


 渾身の「空打ち」、ブラフは成った。牛男はあたしに空振らせれば勝ちって思ってただろうから、何かしらの隙をわざと作ってくるはずってことも読み筋に入ってた。だからその読みに乗った振りで、それをさらに上回る一手を放てば、逆に急転直下の詰みには持っていけるだろうという見積りはあった。うん、まああったはあったんだけど、急に膝上の筋肉がべこりとへこむような感覚を与えてきたと思ったらそこ中心に身体全部がどうしようもないほどの震えに襲われていたわけで。いやぎりぎりだったかな……


「にゃにゃーん、流石は勇者ハカナにゃのにゃ~!! いや、もうこれは、で、『伝説の聖棋士』と呼んでも差し支えはないのではにゃいのかもですにゃ~」


 なんかさ。九割がた傍観者のスタンスだよね。「神様」ってそんな頑張っている人間から見ると得てしてイラつく存在なんだろうかねぇ……またも四肢をリズミカルに小躍り気味の黒猫が冷めきったこの場で浮き上がっているのを横目に、ちっとも身体のびくつきは収まらない様子を見て取ってくれたのか、そこらの地面に転がしていた背嚢から素早く折りたたみのディレクターズチェアみたいな椅子を取り出してくれたゼルメダに両肩を支えられるようにして腰を下ろし、何とか一息つく。と、


「……その野郎の処遇はどうすんだ? 『手駒』として扱うにしろ、何かうさんくせーよなー」


 中空に浮いた白黒プレートに一瞥をくれながら、水筒らしきものから一息に中の液体を呷りつつツァノンは言うけど。それは確かにって思ってた。「どんな些細な『対局』であろうと負けたら脳細胞全部乗っ取られたのち相手の言いなりロボットが如くの殺戮マシーンと成り果ててしまう」とか猫神さまは無責任にそう言うてたけど、その信憑性が今や果てしなく薄らいでいるんだよね……例えば本局であたしがいちかばちかでやった「方向転換」。やった本人が言うのもなんだけど、あれ罷り通るんだったらそもそも「利き以外のところに移動したら身体まっぷたつ」ってのが成り立たないっていうか正確に判断できないんじゃないかって思った。


まあ百パー疑わしいってわけじゃないんだけど、この食えない猫神さまは、何かあたしに対して隠し伏せていることがあるように思えてきている。本当は敵の総大将ラスボスだったりとか、それは物語とかでも陳腐でやり尽くされた感はある設定だけど、そういうのが非常に好きそうな御仁との印象も抱いているんだよなぁ……あるいは、すごい好意的に考えると、この猫神さま以外にも「創造主」めいた存在がいて、それがこちらの予測を超えた何かをやって来ている可能性。それも考えに置いておかなきゃかな。とにもかくにも、「自分できちりと確認・実証したこと」以外は無条件に鵜呑みにするのは危険。慎重に、ことを運ばないと……一手一手を吟味して。そう。それが最終盤も最終盤、詰むや詰まざるやの局面での、勝敗を分かつ一手となっていたことだってあったじゃないの。よし。


<クッ コロセ!!

 →1:メシカカエル

 →2:ニガス

 →3:ノウミソヲ スイトル>


 うん、でもこの謎の三択は真剣に考えることを放棄させようとしてくる負の圧が凄まじいんだよなぁ……ここだけは猫神さまの嗜好が反映されているのは間違いないよね……そして牛男の去就を問うこの三択は、「3」の選択肢が「斬首」から何か得体の知れない怖ろしさを孕んだものに変わってるようだけれど。ん?


「首を……刎ねる選択は……直に行動により示せと……そういうこと?」


 自分でもここまでの感情の乗ってない声が出せるのかくらいの低温な音波が、プレート内の牛男のみならず、周りでくつろぎ始めた面々の顔色も変えていく。本気で言ってるわけじゃないのよぅ?


「それとも……『異世界転移者』は生かしておかなければいけない事情でも……あるというの……?」


 呑気にも毛づくろいを始めていた黒猫の方にふいと顔を向けると、脳の片隅にぷこりと沸いた、そのような問いを静かに紡ぎ出すけれど。んニャヒィィッ、と文字通り飛び上がるそのサマを見て、やはりこの者が黒幕なのやも知れぬ……との疑念が濃度の高い黒雲のように脳裏に広がっていく。


「はにゃにゃ~知らないのですにゃ本当に!! ここここいつらが勝手こいて色々な『法則』を生み出しているのですにゃよぉぉん……」


 猫神さまのマジでびびりきっている声色は、それはちょっと信用に足る言の葉であることを告げているようで。まあ五十パーセントってとこかな。


「『法則を生み出す』。それって話はんぶんに聞いてた『大正義大将棋パゥワー』ってのがひょっとしてガチってこと?」


 現代将棋は本当に「神」が構築したとしか思えないほどの整然と精密で、そして底抜けに深い。厳然とした秩序があって、それに反すること……例えば「二手指し」「二歩」なんかは認められていない。


 そのような秩序だったものを模して創られたのがこの「世界」……そこに面白はんぶんで「大将棋」の力を与えられて「異世界転移」をさせられた者……それが混沌を生み出した。うん、当たり前帰結ぅ……そしてそう考えていくと発端はこの黒猫ちゃんでしかないんだよなぁ……


〈確かに我々は『勝手こいた』かも知れんがッ、いきなりワケの分からない世界に落とし込まれて殺されかけたりもしたらば、やれる限りのことをやって生き延びようとする、それはおかしなことかねッ!?〉


 牛男がいきなりプレート平面からその顔だけを立体的に飛び出させてくるやいなや、饒舌にそう喋り出してきたのだけれど。あ、喋れるんだ、うん、ほんと色々出来るもんだねぇ……そして何か詭弁じみた壮年のねちっこさを感じさせる物言いに、ちょっと嫌悪と牽制の意を込めつつ、座ったままの姿勢であたしは右拳を振りかぶってみる。ちゃぁんと許可を得てから発言をして頂戴ねぇぇ……と、


 刹那、だった……


「……ッ!!」


 右手の甲にむずがゆさを感じた。と思うや、例の「黄金の光」が緩やかながら溢れ出る水流のように迸り始めたのだったけれど。目に差し込む鮮やかな光の流れ。んん?


〈ガッ……もう回復した、だとぉッ!? も、ものの三分も経ってないぞ……何故だ、今度こそ本当に何故だぁッ!? 確かに数分前に私はあの『神の一手』を喰らった!! そうでなければここに封じ込まれてなどいないからなッ!!〉


 牛男が興奮してまくし立ててくるのが鬱陶しかったので、金色の放射線を放つ右人差し指を伸ばしてその鼻づらにゆっくりと近づけていく。エヒィィこの状態で喰らったらどうなるか分からんのであってぇぇ待って待って、とかこっちもマジびびりを呈してくるんだけど、こいつの言う通り、先ほど炸裂したのは確か。そこから「クールタイム」みたいのがあるのだろうってことは牛男の言動とか立ち回り方から推し量れたと思うからいいとして。まあでも「チャージ時間:三分」ってそこまでの速さでも無いとも思うけど。そんなに驚くところ?

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