☗2八車兵(あるいは、ネェロビアンコ/結着するほど白黒斑の決着模様)

 「神の一撃」。問答無用に何者をも屠れる猫神さま曰くのところの「大正義大将棋パゥワー」。水牛あいつ白駒あたし。「大将棋」の息が掛かったと言える、いわゆる「異世界転移者」は……おそらく日本で将棋に勤しんでいた面々、「七人」って言ってたっけ、は、互いを互いに「それ」でしか倒すことは出来ないってことだろう。それが猫さまがどこかで言っていた「チート」という奴なんだろう。そのことの理解が、やっとこの場に及んで成った。やっぱり実際に「場」に放り込まれて実際にやってみない限り、本当には分からないってことが学べた。学べたとてではあるものの。そしてちょっと気になったのは、


 「神撃」のことをジェスが、こちら側ではジェスだけが知っていたような素振りだったこと。人差し指だけであの牛男の拳撃を受け止めようとした。実際、「神撃」は触れるだけで相手を「光球」にしてしまえたんだけど、それを分かっていたような挙動だった。うぅん、何だろう。どういうことなんだろう? いやいや、何考えてんの。以前にも「転移者」との対局をこなして経験があったって、それだけじゃないの、多分。疑うことなんて何も無いよね。そもそも何を疑うんだって話だしね。今はそんな場合でも無いし。


「……ッ!!」


 気持ちを切り替え、ぐいと、目測十メートルくらい先の牛男に照準を合わせる。左掌を気持ち開いて前方へ伸ばす。右拳は腰の辺りまで肘を引いて構えの姿勢を取る。何となく、「やれそう」な雰囲気を醸しながら。実際に実生活で実社会にて拳を上げて、パンチとかを撃った経験なんて無いけど。でもこれは拳を、奴の身体のどこかに触れさせればいいだけの単純な作業だ。そして向こうからの攻撃は今は全て無効と見た。牛男の右手方向に回り込んでみて、その毛むくじゃらの手の甲の「五角形」の「紋章」の現状態も目で見て確認した。真っ黒。「黄金の輝き」は、駒形の底辺のほんの数ミリにだけ見られるほどだった。つまり一度放ってから再度放てるようになるまで、だいぶあるってことだ、と希望的に推察する。今は「溜め」の間? それが「時間」なのか他要素なのかは分からないけど、いまこの瞬間はこちらが一方的に「攻め手」を撃ち放てる局面と、そう見込んで踏み込むしかない。でも、


 牛男はこちらを振り向きざま、にやりとあの例の壮年粘着微笑を浮かばせてきた。これをどう見たらいい? ハッタリ、ブラフ、だと見たい。それともまだ奥の手という名の、がばがばなルールの穴とかあったりするの? それ余裕であったりするから厄介なんだよなぁぁ……右彼方方向に完全傍観者の体で佇むだけの黒猫に視線を飛ばすものの瞬速で逸らされた。うぅぅもぅ……


「なんと!! 『神の一手』、それは承知と思っていたが、おやおや、そうでもないのかねぇ……」


 これはどう取る。牛男のやけに芝居めいた仕草。両手広げて肩すくめなんて、露骨にもほどがあるけど。あたしが「神撃」をそこまで把握していなかったことに対する、単なるマウントか。実際知らなかったというか慌ただしく過ぎ去っていった経験は一度あるんだけど、それがうまいこと頭の中で結びついてはいなかった。でもそれが図らずも牛男の行動によって今この段階でようやく把握できた。だから今はそれを撃ち込めば対局終了なことは分かっているし、「承知」していないことなんてもう無いはず。てことは時間稼ぎ? 十秒か二十秒稼いだところで、急激に「神撃」のチャージがなるなんて……いや、先入観はやめよう。「そうゆうこと」って結構あったよね……これはあのはっちゃかめっちゃかなネコルニエル様がノリで創り出した世界だということを決して忘れてはいけない……


「……そしてキミは今、わたしが『丸腰』であると思っている。いや、完全なる確信があるわけでは無いものの、そこに賭けて一気にこの局面を終わらせようと考えている……」


 読めない、この牛男が。と言うかあたしの方の思考が結構的確に言い当てられちゃってる。いや、それはごくごく自然な思考の流れでしょうし、逆にそれ以外って無くない? それなのにそこでわざとらしくドヤって来るってことは「そうじゃない」とこちらに思わせようと敢えて言って来ている、だから本当に打つ手が無いんじゃ?


 あああぁあ、「次の一手」がまとまらない。九分九厘、こちらから仕掛けていいはずと思うんだけれど。


「まるっきりの丸腰じゃあないんだなこれが……キミの『神一手』は、先ほどの『騎士くん』に受け止めてもらうこととしよう。先にやられたようにね……」


 それは一理あるけども。ジェスは今、向こうの「持ち駒」になっているんだった。「入駒エントラ」、それは念じて発声することで発動するとか言ってた。いま、牛男にジェスは囚われている。放つ時は普通の将棋の指し手をなぞるように【4八銀】とか念じて言えばいいってことも、それは体験していた。その時のことを参考に脳内でシミュレートしてみると、あたしの突進、右拳振りかぶっての「神撃」、それを遮るかのようにして現れる「ジェス」……


 うん、癪だけど、とても鮮明にその光景は浮かんじゃったよ。そして多分相手の現出の方が速いよね……そこに誤爆させられちゃったら、ジェスは取り戻せるけれど、あたしの打つ手が今度は無くなる。ん? 双方「神撃」が使えない状況になったらどうなっちゃうの? 引き分け? 持将棋?


 ……そんな甘い局面になるとは、とても思えなかった。だからそこから鑑みるに、あるんだやっぱり、「回復」の手だてが。だから牛男は喋り倒している。牽制して来ている。そして言わでもの「防御策」をばらして来た。そこは何でだろう。それ言わなかったら、あたしは十中八九突っ込んでいってたと思うけど。


 ということは。……うぅんどういうことだろう。高度すぎる「次の手」の読み合いで時間が湯水のように過ぎていっているだけの気がしてならない……味方の面々も、あたしの指示を待ってか警戒しつつも静観模様だけれど。


 やっぱり、あたしが場を切り開くしかない。よく考えないと。一手一手、相手の応手も考えながら。「対局」は自分だけで紡ぐもんじゃあない。相手がいて初めて生み出されるんだ。だから、考えろ。「牛男はあたしに神撃を撃たせたくない」? そのためにジェスを盾にするから無駄になると忠告までしてきてくれた。でも何でわざわざそれを言った? 無駄撃ちさせちゃえば、ひとまずは自分と同じ空手カラてにまで引きずり降ろせるのに。


 もちろん牛男が手駒として抱えていたジェスはあたしに戻る。ん? てことは……


 息を吸い込む。


「受け止められるか、やってもらおうじゃない。今、相対して分かったと思うけど、あたしはあたしの向きたい方向へ向いて動く。そう決めた。それが出来るかどうか……」


 いちかばちか、これはハッタリでも何でも無く、賭けだ。成ると、八割がた確信しているけど、百パーでは無い。記憶野を探る。初っ端に放り込まれた「盤面」、その時の血煙光景を思い出してみると、彼我ぴっちりと相対してはいなかったはず、多分。横向いてる「兵士」たちとか、いたよね。その後の「模擬戦」は定跡通りにやらなくちゃあいけない場だったからぴっちり対面していたと推測、その後の「五×五」はそもそも盤面が狭すぎるから別方向に向き直るなんて挙動は無駄だし必要も無かった、から誰もやっていなかった……と思う。思いたい。


 下手したら身体が真っ二つになって死ぬ。お願いネコル様、破天荒な貴女のままでいて……との果敢ない祈りと共に、あたしは「本来」なら進めないはずの「右斜め後方」へ向けて一歩、ひとマス、踏み出していく。ここ一発、渡らなきゃあいけない橋だ。いや、頼りなげに張られた細く揺れる一本ロープかも知れないけど。


 【18六白駒】。そう念じて、恐る恐る口にも出して。顔はほぼ全面、耳の後ろ辺りまで恐怖で引き攣れるのを感じたけれど、それ以上の身体への異常は起きなかった。いける……良かった、いける……んだ。ちょっと尋常じゃない顔つきになっていたのかも知れない。牛男の顔がこれまでに無いほどに強張ったのが見て取れた。


 ここを乗り越えられたのは大きい。そしてこの一手によって、「勝ち」までの布石がうまく敷き繋がったような気がした。七手詰め? 九手詰め? そこまではかっちりとは分からないけど、もう行くしかない。


「【15四白駒】【13六白駒】【10三白駒】【6七白駒】……!!」


 盤面を広く。見渡した上で満遍なく使う。いつも先生に言われていたことだ。今のあたしは自分が駒となって縦横無尽に疾駆しているわけなのだけれど。牛男やつがさっきやって来たのと同じ「ジグザグ軌道」で。稲妻のように。こちらを向いた標的の左脇を掠めるようにしてその背後へ回り込む。


「【10七白駒】ッ!!」


 軸が合った。瞬間、くるりと黒マントをたなびかせながら百八十度の方向転換。視界に入った、焦点が合った、茶色のけむくじゃらの、無防備な背中に。ここ一発、最速で突っ込む!! 発声と共に四マス分の物理距離をすっ飛ばすように、まさに宙を疾駆するように。残り三メートル、二メートル? 捉えたッ!!


 と確信したけど。でも、


「……いやいや、視認しなくてもそのような真っ直ぐな攻撃であれば防ぐことはわけないのだよ」


 すん、という音が鳴ったかどうかまでは風を切るほどの限界ぎりぎりの跳躍をカマしていたから分からなかったけど、そんな音が鳴りそうなほどにそれはすんと、牛男の背後には驚愕顔のジェスの姿が計ったかのようにコンマのズレなく現出していて。


「きゅ、【9七銀】ッ!?」


 思わず声に出してしまうけれど。その通りに牛男の前のマスに現れた人影に向かって、もう既に突き出し始めていたあたしの右拳は突進による体重移動も既にかかっちゃってるからこれはもう収めようも勿論なく、とてもすんなりと、銀髪をなびかせるイケメンのその流麗なイケメンに向かって、吸い込まれるように予定調和的に、黄金に輝く右ストレートとなって撃ち込まれていくのだけれど。うわああぁぁぁ……っ!!


「……」


 覚悟を悟った目をされて何なら哀しげな微笑まで浮かべられたけど、「触れた瞬間、光球となる」ことは分かってたよね。その通った鼻っ柱をへし曲げることは無く、ジェスの身体は輝きに包まれると、あたしの右手の甲に「入駒エントラ」していく。と同時にあたしは真後ろ方向へと必死で後退をカマすけど。やっぱりここは防がれた。牛男が言ってたところの、その通りに。でも自分の計算通りにコトが運んだというのに、飛び退る前に目に入った牛面には、ほんの少しの焦りが瞬間隠せないほどに出てた。でも、


「あんたの『大駒的な利き』は『斜め四方向』だけって、バレてるんだからッ!! 『前後左右』には一歩ずつしか進めないっ、そうでしょッ!?」


 そう腹からの大声を出しておく。これも布石。わざと的外れな事を言って、安心させといてあげるわ。それにこの「看破」はおそらく外してはない。だからこそ、より盤石になるはず。果たして。


「クククク……だとしたらどうだと? なるほどその『方向転換』の挙動は今思いついたにしてはなかなかの策だ、そしてそれを実行に移せる胆力も予想以上だぁ……だがそこから? そこからどうしようという? 互いに決め手を欠いたまま、ずるずると『回復』を待つのかい? だとしたらそいつは計算違いってやつだよ、先に『神一手』を放っていた私の方が先にチャージが終わる。そいつが理、ってぇ奴だぁ……」


 えらい饒舌。なるほどそれを狙ってたの。喋りで時間を稼ぎつつ、あたしに敢えて無駄だということを示して、それを覆せそうな局面……わざと背後を取らせて、実はそれも計算の内で、そしてあたしに「神撃」を無駄撃ちさせて、そしてアドバンテージを築こうとした、そういう読みだったってこと……


「……」


 であれば。


「何ィッ!?」


 えらい良いリアクション。あたしはこれでもかのにやり顔をカマしてやりながら、先ほどの右拳を後ろ方向へと引き絞る構えの姿勢を取って相対してやる。


 あたしの右拳は黄金色に輝いたまま。どう? 「詰めろ」を掛けたつもりが逆に「必死」を掛けられてたって感覚は? まあ味わわせてあげるつもりもないけどね。こっからは即詰みに討ち取るだけの簡単な作業。


 ……瞬で決着を、つけてやるんだから。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る