彼女の裏切りが判明した日の夜、隣の部屋のお姉さんと浮気した。
雅鳳飛恋
第1話 写真
人は信じられないものを目の当たりにした時、いったいどのような反応をするのだろうか?
信じられないものには様々な場面があるので、驚き、怒り、悲しみ、喜び、希望、後悔など、状況や性格によってリアクションは異なるだろう。
「嘘だろ……」
思わずそう呟いてしまうほどの衝撃に二の句が継げず、身体から力が抜けていって座椅子の背凭れに体重を預けてしまう。開いた口が塞がらないとは正にこのことだ。
スマホの画面に改めて目を向けると、怒りと悲しみが同時に襲ってきて胸が張り裂けそうになる。
そもそも何故このような状況に陥っているのかと言うと――五分ほど前に友達からメッセージが届き、軽い調子でスマホを手に取ったのが原因である。
メッセージの送り主は俺と同じ大学に通う親友だ。彼とは互いになんでも話す仲なので、一番信用できる相手でもある。
その彼から送られてきたメッセージなのだから疑いようがなかった。
『教えるべきか迷ったんだが……見てしまったからにはお前に伝えるべきだと思った』
と前置きされたメッセージが届いた後に、『これを見てくれ』と一枚の写真が送られてきたのだ。
男同士だと写真を送り合うなど普段はあまりしないことなので、珍しいな、と思いつつも届いた写真に目を通す。
すると、そこに映っていたのは一組の男女がラブホに入っていく姿であった。
女性の腰に腕を回している男と、そんな男にしな
それだけなら人のプライベートを晒す親友に、「何撮ってんだよ……」と盗撮していることに苦言を呈すところだが、良く見ると女性の顔に見覚えがあった。
俺が彼女の顔を見間違えるわけがない。
何故なら、その女性は俺の彼女――
信じられない光景に、いや、まさか……人違いだろ? と似ているだけの他人であることを祈りながら目を皿のようにして確認した。写真を拡大して何度もだ。
しかし現実は非情であり、どこからどう見ても詩織そのものであった。
信じられない、ありえない、と本心が訴えているが、写真に映っている事実が否応なく真実を突きつけてくる。
その事実に頭の中が真っ白になり、生きた心地がしなくなった。
写真を確認してから五分ほど打ちひしがれて途方に暮れていた所為で、メッセージを既読スルーしていた。
なので、いい加減返信しないと、とローテーブルに放置しているスマホに手を伸ばす。
すると、右手がスマホに触れたタイミングで、ぽんっ、とメッセージが届いたことを知らせる通知音が鳴った。
送り主は再び親友だ。
メッセージの内容に目を通すと――
『
と書かれていた。
顔や体格だけではなく、髪型と服装が今日、大学で会った時と同じなので、声まで一致していたらもう確定ではないか……。
詩織はくりくりとした目と、箸が乗るような長い睫毛を備えており、あどけなさが残る童顔よりの愛らしい顔立ちをしている。
そして今日は、胸を越す長さの艶のある黒髪をゆるリッチウェーブにし、淡い水色の長袖のカットソーに、膝下丈の白いレーススカートと、薄いピンク色のパンプスを合わせた清楚なコーディネートだった。
フェミニンなのに甘い印象になり過ぎないので、同性からの好感度も悪くない仕上がりだ。
小ぶりなネックレスと、白のハンドバックが女性らしさを更に向上させていた。
大学で会った時は思わず見惚れてしまったくらいかわいくて美しかった。それこそテレビで良く見るような清純派アイドルにも引けを取らないくらい。
しかし、その彼女と全く同じ
こうなると、もはや疑いようがない――彼女は間違いなく浮気している。
「まじかよ……」
溜息交じりの呟きが無意識に口から零れ出た。
詩織の外見は清楚だし、大人しくて柔らかい性格なので男遊びをするようなタイプには全く見えない。実際、彼女は俺と付き合うまで男女の営みは未経験だった。交際経験すらなかったくらいだ。
普段から男遊びをしているような女子と付き合っていて浮気されたのなら、俺もここまで衝撃を受けたかったと思う。詩織だからこそショックが大きかった。
別に彼女とは喧嘩をしていたわけでも、倦怠期だったわけでも、不仲だったわけでもない。
時間があればデートをしていたし、身体を重ねて愛し合ってもいた。
彼女からの愛情を確かに感じていた。
推測でしかないが、彼女は俺に対して不満を
それくらい俺たちの関係は上手くいっていたし、仲睦まじかった。――今となっては、それも全て俺の勘違いだったのかもしれないが……。
「いや、でも、詩織の本意じゃなかったとしたら……?」
もしかしたら男に無理やり連れて行かれていたり、弱みを握られていたりする可能性もある。
詩織は大人しい性格だし、地方の出身だから都会に染まった軟派な男の押しには逆らえないのかもしれない。
もし嫌々連れ込まれているのなら助けなければ……!
『なんか楽しそうに話していたし、強引に連れ込まれている感じではなかったな。多分、自分の意思で男と一緒にいるんだと思う……』
もしもの可能性を考慮して意気込んだ矢先に、親友からメッセージが送られてきた。
その内容に目を通した俺は肩透かしを食らい、「ですよね……」と呟いてガックリと肩を落とす。
別に彼女が無理やり連れ込まれていれば良かったなんて本気で思っていたわけではない。詩織には悲しい思いをしてほしくはないから、純粋に助けなければと思っていた。――本音を言うと、現実から目を
だが、写真に写っている詩織は楽しげに笑っているし、男も紳士的な雰囲気があって悪い奴には見えない。どこからどう見ても二人は仲睦まじいカップルだ。
どうやら事実を受け入れるしかないらしい。現実逃避すらさせてもらえない。
彼女の裏切りに、鋭利なナイフで胸を刺されたような痛みが襲ってくる。――実際に刺されたことなんてないから想像でしかないけど……。
怒り、悲しみ、喪失感、後悔など、様々な感情が胸中を駆け巡り、とても平静ではいられない。
先程まで楽しく観ていたバラエティー番組の音が今は
とりあえず、いつまでも既読スルーしているわけにはいかないので、親友には「後で返事する」とだけメッセージを送ってスマホを手放す。
今はとにかく一人になりたい。誰とも話さず頭の中を整理したかった。
素っ気ない返事だが、ことがことだけに親友は俺の心情を察してそっとしておいてくれるはずだ――あいつはそういった気遣いができる良い男だから。
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