第29話 エロスの挑戦

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

男子生徒たちは、剣に魔法をまとわせてヘリックに襲い掛かってくる。

しかし、ヘリックが構えたこん棒によって受け取められてしまった。

「えっ?」

「弱いな。隙だらけだ」

次の瞬間、ヘリックが重い棍棒を振り回すと、生徒たちの剣はまるで木の枝のようにボキッと音をたてて折れていった。

「ひ、ひえっ」

武器を壊されて、生徒たちは悲鳴を上げて距離をとる。

「て、手ごわいぞ」

「遠くから魔法で攻撃するんだ!」

生徒たちは杖を引き抜いて、それぞれ得意な魔法を放つ。

「ファイアボール!」

「ウォーターパレット!」

「ウィンドカッター!」

彼らが放った魔法は、ヘリックにまともに命中する。

しかし、彼には傷一つつけられなかった。

「な、なぜ魔法が聞かないんだ。平民のくせに」

「残念だけど、俺に魔法は効かない」

ヘリックの体を、高濃度の土の魔力が包み込む。

「そ、それは土魔法!バカな」

「お前たちの負けだ」

ヘリックの圧倒的な魔力を感じ取り、動揺した隙をついて棍棒を一閃させる。

男子生徒たちは、全員棍棒の一撃で吹き飛ばされて闘技場から場外へと落ちていった。

「……それまで。ヘリックの勝利だ」

生徒たちが場外へ落ちていったのをみたアポロは、しぶしぶヘリックの手をあげる。

観戦していた他の生徒たちは、ヘリックのあまりの強さに戦慄するのだった。


ヘリックは棍棒を地面に突き立て、周囲を睥睨する。

「次は誰だ?俺に文句がある奴はかかってこい」

その姿を見て、生徒たちは震えあがった。

「お、おい。お前が行けよ」

「い、いや、俺は土の魔法と相性がわるいから……お前こそ行けよ。奴に貴族としての誇りを見せつけるんだろ」

「あいたたたた……実はさっきから腹が痛くて……」

次に控えていた男子生徒たちは、そういって互いに押し付け合ってヘリックと戦うのを避ける。

そんな彼らを、女子生徒たちは軽蔑の視線で見ていた。

「なによあれ。情けない」

「それでも貴族なの?馬小屋の下男だったあいつに尻込みするなんて」

そんな声が女子生徒から上がり、男子生徒たちは顔を真っ赤にする。

その時、彼女たちと一緒にバカにしていたエスメラルダが声を張り上げた。

「やっぱり、貴族とはいっても田舎者は口ばっかりで頼りにならないよね。ここはノーブルVの方々に、ヘリックをお仕置きしてもらいましょうよ」

それを聞いた女子生徒たちは、一斉に観戦していたイケメン男子生徒たちに視線を向けた。

「ち、ちょっと待ってくれ。僕たちは野蛮な戦闘なんて慣れていなくて……」

引きつった顔になるノーブルの面々を見て、ヘリックは、嬉しそうにニヤリと笑う。

「いいぜ。その挑戦受けた。上がってこい」

ヘリックに挑発され、ノーブルVは後に引けなくなるのだった。


「決闘は貴族の華だ。挑まれて尻込みするような奴は、僕の仲間にはいないよね」

アポロ王太子からもそう言われてしまい、其の場にいた三人のノーブルVであるアレス・マーズ、セイレーン・マーキュリー、エロス・ビーナスの三人は窮地に追い込まれる。

(お、おい。どうするよ)

(戦おうにも、奴には魔法は通じないし、剣で勝負しても勝てそうにないですしね)

(それに、こんな大勢の前で戦って、もし負けでもしたら、明日からの僕たちの立場は……まてよ)

そうつぶやいたエロスは、いいことを思いつく。

(みんな、僕に任せてよ)

(何かいい考えがあるのか?)

アレスのささやきに、エロスは頷く。

(うん。セイレーン。戦いが始まったらね……)

セイレーンの耳元で何かささやくと、彼はにんまりと笑って同意した。

(それていきましょう。たとえ負けたとしても、私たちの評判が落ちることはなく、むしろ同情を買うことができます)

相談がまとまって、エロスが前に出てきた。

「なら、まず僕が挑戦させてもらうよ」

「お前が?」

ヘリックは、ノーブルVの中で一番小柄で子供のようなエロスが出てきたので、意外に思う。

「ああ。勘違いした平民に、しつけをするのは貴族としての義務で誇りだからね」

そういって観客の女子生徒たちにウインクするエロスは、妙な自信を漂わせていた。


エウロスは自信たっぷりに闘技場に上がってくる。

そして杖を掲げて、魔法を使った。

「土鎧(アダマント)」

杖から発せられた黄色い光がエロスを包む。光が薄れると、彼の体に猫の葉ぐるみが装着されていた。

「ほう。見たことがない魔法だな」

「ふっ。土の神アトラスの血を引く僕たちの一族に伝わる土魔法さ。錬金術で鎧を生成する」

エロスは見せつけるように、拳を突き出す。シャキーンという音がして、拳から鋭い爪が突き出してきた。

「これが僕の武器だ。「猫爪(キャットクロ―)」と言う。どうだ、かっこいいだろう」

「はいはい。さっさと始めようぜ」

これ以上エロスの自慢を聞いているのがうっとうしくなり、ヘリックは棍棒を構えるのだった。

エロスが恰好をつけてファイティングポーズをとると、女子生徒たちから応援の声があがる。

「きゃー!可愛い」

ネコミミの着ぐるみを着て、精一杯強がってヘリック似相対する可愛い系男子に、女子たちは歓声を上げた。

「いくぞ!」

そう叫ぶと、エロスはまるで猫のような素早い動きでヘリックに襲い掛かっていった。


「くらえ。『猫パンチ』」

エロスが鋭い爪をきらめかせて殴りかかってくる所を、ヘリックは身をひるがえして交わし、カウンターで棍棒を振るう。

「ぐはっ」

うロスはまともに食らって、血反吐をはいて転がった。

「う、うーん。痛い!」

「きゃあああ。エロス様!」

エロスが傷ついて、女子生徒たちから悲鳴があがる。

「ひどい!この野蛮人!」

「あんなにかわいいのに容赦なく叩いて、この野蛮人」

見ていた女子生徒たちから非難があがるが、ヘリックは無視してエロスに対して棍棒を構えた。

「どうだ?まだやるつもりなのか?今の一撃で実力差はわかったはずだ」

そう告げるが、エロスはふらふらになりながらも立ち上がってきた。

「な、なんのこれしき」

「ほう。意外とタフだな」

「当然さ。僕も実は巨人族の血を引いているんだよね。僕の家の祖先は、オリンポスの神々に寝返った巨人アトラスなんだ」

血をペっと吐き出して、エロスは続ける。

「まあ、力を封じられて縮んじゃったけどね。でも、それでも君みたいな平民には負けたりしない。僕は貴族の誇りを示すために、絶対にあきらめない」

小さな体でやせ我慢をしながら立ち上がる彼の姿に、女子生徒たちの間に感動が広がっていく。

「がんばれ!」

「そんな野蛮人!やっつけちゃえ!」

傷つきながら立ち上がるエロスの痛々しい姿に、討議会場には、ヘリックが「悪役(ヒール)」で、エロスが強大な敵に立ち向かう「正義(ベビーフェイス)」だといった雰囲気が広まっていくのだった。


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