第6話 サイクロプス
外殻部の鉱山エリアを抜け、中心部に近づいてていくにつれ、壇上の様子が変わっていく。
今までは土の壁だったのに、次第に木の壁に代わっていった。所々に鎧を来た冒険者たちの死体が転がっていて、彼らはみんな餓死したかのように干からびていた。
「なんだこいつら……」
その時。木でできた人形のようなモンスター『丸太坊』が、トゲがついた触手をムチのようにしならせて襲い掛かってくる。よく見ると、その体には何本もの剣や槍が突き刺さったままになっていた。
「なるほど……こいつらに剣にも剣も槍も効かないのか。突き刺しても柔らかい幹に絡めとられるだけで、しかも痛みを感じていないみたいだ」
ヘリックは、なぜ冒険者たちがこのダンジョンをクリアできなかったのを悟った。
丸太坊は集団で、ヘリックを触手で縛り上げようとしている。
「剣が効かないのなら、棍棒で無理やり砕くまでだ」
今まで鍛えに鍛えた強靭な体で跳ね返し、こん棒で打ち砕いていく。丸田坊はその体をくだかれ、逃げ出していった。
そして、ついに中心部にたどり着いたヘリックが見たものは、木の触手に囲まれている美しい女性だった。
「これが大地神ガイアか……」
ガイアは目を閉じて、眠っているようである。
棍棒を振り上げて拘束している触手を断ち切ろうとしたとき、突然無数の触手を持つ巨大な目玉のモンスターが現れた。
「なんだ?くっ……」
ヘリックの身体が鋼のような固い触手に縛り上げられてしまう。
巨大目玉は瞼を開けると、ヘリックをギロリと睨みつけた。
『ガイアの封印はとかせないよ……』
そんな声が頭の中に響いてくる。その声は、まるで子供のようなキンキン声だった。
「お前は誰だ」
『オリンポスの神々から、ティターン神族の封印を任されたサイクロプスだよ……』
目玉の巨大モンスターは、そう名乗った。
「オリンポスの神々に任されたって?なら何で邪魔をする。この場所のことを教えたのは、ゼウスだぞ」
『そんなの知らないよ。オリンポスの神々はよくそうやって人間をもてあそぶんだ。英雄気取りでこの試練に挑戦した人間たちが虚しく死んでいくところを見て、楽しんでいるんだろうよ』
サイクロプスの思念波には、笑いが含まれている。
「くそっ……ゼウスは俺をもてあそんでいたのか……」
ヘリックは怒りに任せて触手を引きちぎり、棍棒で撃ちかかっていく。しかし、棍棒は壁から無限に湧き出る触手に防がれた。
『無駄なあがきは辞めなよ。僕はいくらでも触手で防げるんだ。この球城自体が僕の身体なんだから。君は僕の腹の中にいるのも同然なんだ」
サイクロブスから余裕たっぷりの思念波が伝わってくる。
「あの目玉をなんとかできれば……」
大目玉は柔かそうで、棍棒のひと殴りで破裂させることができるが、触手に遮られて近づけない。
「くそっ。俺に離れた距離でも攻撃できる魔法が使えれば……」
そう思った時、昔の記憶が蘇った。
「食らえ!大土震!」
父親であるヘラクレスがこん棒を地面に突き立てると、地面を激しい振動が伝わっていき、離れたところにいたモンスターたちをまとめて打ち倒す姿が思い出される。
「やるしかないか……」
ヘリックはあの時のヘラクレスの筋肉の動き、呼吸、棍棒への力の伝え方を思い出しながら、技を放った。
「大土震!」
ヘリックの棍棒から振動が発生し、木の根をつたってサイクロプスに伝わっていく。
「な、なに?この振動は……ぐっ」
目玉が激しく振動し、角膜が崩れていき、毛細血管が壊されていく。
サイクロプスの目玉は、血で真っ赤に染まっていった。
「痛い!」
激痛に耐えられず、ヘリックを捕らえていた触手を離して目を覆う。
「今だ!」
その隙を逃さず、渾身の力をこめてサイクロプスの目玉に棍棒を振り下ろす。
「ギャァァァァ!」
サイクロプスは絶叫を上げながら、その目玉を破裂させて死んでいった。
へスぺレウスの町
いきなり、不気味な振動と音が響き渡る。
「い、いったい何事だ?」
土星城で採掘をしていた冒険者たちは、いきなり城全体が振動しはじめたので、慌ててダンジョンから脱出していった。彼らがいなくなると同時に、地上と土星城を結び付けていた封神樹の根が枯れていく。
「根が枯れていく……」
仰天して空を見上げたドワーフたちが見守るうちに、ついに樹の根がちぎれて断ち切られてしまった。
「封神樹が崩れる!」
「ま、まさか、大地の神が解放されたのか?」
「まずい!球城が落ちてくるぞ!逃げろ!」
たちまちへスぺレトルの町は、阿鼻叫喚の大騒ぎになる。
人々が安全な場所を求めて逃げまどう中、ついに最後の根が枯れてしまった。
巨大な球城が、何の柱もなくなり宙に放り出されてしまう。
「も、もうだめだ!」
「神様!」
絶望して地面に伏せる彼らの前に、球城の巨大な影が落ちかけた。
「………?」
しばらくして、震えながら地面に倒れ伏していた人々が、恐る恐る目を開ける。
「落ちてこないぞ……?」
「あれ?どうなったんだ?」
空を見上げた人々の目が、再び目いっぱい開かれる。
なんと、巨大な球城は自ら浮き上がり、街の上空が去っていくのだった。
「やった!助かった!」
町の住人たちは、抱きあって喜ぶ。
「体が軽くなった……」
「おお……これが太陽の光」
「なんてまぶしい……」
今まで日光を遮っていた巨大な珠城が無くなり、『ズシン』の魔法が解けて体が軽くなる。空からさんさんとふる太陽の光を浴びて、お祭り気分でさわぐ住人たち。
しかし、しばらくして一人のドワーフがつぶやく。
「でも……この町の経済を支えていたダンジョンが無くなってしまった。これからどうなるんだ……?」
彼の不安は、すぐに街の者たち全員が共有することになるのだった。
中央部
サイクロプスを倒すと同時に、大地の女神を縛っていた木の触手も崩れていく。
やがて触手は完全にボロボロになって消えていき、女神は解放された。
『勇敢なるものよ。私の封印を解いてくれて、ありがとうございました』
ヘリックの脳内に、優しげな女性の声が響く。女神は目を開けて、ヘリックに微笑みかけていた。
『これはお礼です』
ガイアが手を振ると、奥の通路へと通じる扉が開く。そこには金銀やダイヤモンドなどの宝が溢れていた。
しかし、ヘリックは黙って首を振る。
「礼には及ばない。それより、俺に『黄金のリンゴ』を授けてくれ」
それを聞いた女神ガイアは、優しげな顔に困惑の表情を浮かべた。
『なぜそのような物が欲しいのです?』
「俺は魔法が使えるようになりたい。大切な人を貴族たちから守りたいんだ」
ヘリックは、幼馴染を守るために、力が欲しいと訴えた。
しかし、ガイアは黙って首を振る。
『あまりお勧めはできません。黄金のリンゴで魔力を手に入れても、魔法が使えるようになるためには、神々と契約を交わさないといけないのです』
「なら、あんたが俺と契約してほしい」
そう迫ってくるヘリックに、ため息をついてダイアは諭した。
『神々と契約を結ぶということは、魂を神に売って力を分け与えられるということです。つまり、あなたが感じた喜びや悲しみ、怒りなどの感情や記憶を、神と共有することになるのです。一度そうなってしまうと、その人間の運命は神に握られたも同然。自由に生きることなど、できなくなるのです』
「なんだって……?そんなことはエスメラルダは言ってなかったけど?」
ヘリックが首をかしげると、ガイアはその訳を話し始めた。
『当然です。契約を結んだのは、今貴族とされている『魔力持ちの人間』の始祖。神々にとって都合の悪いことは、伝わっていないのでしょう』
ガイアはそういうと、なぜ人間に魔力持ちの貴族と魔力をもたない平民がいるのかを話し始めた。
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