第2話飲み込んだはずなのに

「あかねー、まさちゃんが来たわよー」


母が一階から私を呼ぶ声がする。


まさちゃんと言うのは雅人の事で、私の幼なじみだ。

高校も同じだった私たちは、中学の時と変わらず、いつも雅人がこうやって家まで迎えに来てくれて、二人で一緒に登校している。

下校も、雅人の部活がない時は一緒だ。


そして今日もいつものように、雅人が来たから急がなければと、朝で重たい身体を奮い起こそうとした。

しかし、身体に全く力が入らない。


「あかね?聞いてるー?」


母が再び呼びかける。

私は咄嗟にそれに応答しようとした。

でも、何故か声も全く出ない。

腹に力を入れているのに、嘘みたいに声にならない。


「わ、わかった」


やっとの事で出せた声は、酷く掠れていて、きっと母には届いていない。


今日は体調でも悪いのだろうか。

制服に着替えるのにも、いつもの倍以上の時間がかかってしまった。

少し焦りながら鞄を肩にかけた私は、階段を下りて玄関に向かう。


「いってきっ、、、」


まただ。

出た声も掠れていて、最後まで言い切る前に途切れてしまった。


まあ多分、今日は体調が少し悪いんだ。

ただ、それだけ、、、、。


私は玄関ドアを開ける。

するといつも通り、雅人が待っていた。

しかしその途端、

急に周りの空気が薄くなる。

心臓が酷く濁った泥沼に沈んでいくかのように、重たくて、苦しくなる。

そしてズキンとした痛みが、胸中に響き渡った。

私は思わず、制服の胸ぐら辺りを片手でぎゅっと握る。


「おい、大丈夫か?」


雅人は咄嗟に、眉間に皺を寄せた怪訝そうな表情で、私の肩を掴んだ。


「うんん、大丈夫」


私は一歩後ろに後退りして、肩を掴む雅人の手から外れる。

そして、穏やかな笑顔を浮かべた。


「そうか、なら良かった」


雅人の顔の力が抜ける。

それを見て私は、ふっ、と安堵した。

しかし、笑顔でいる事が苦しくて、私は雅人から顔を少し逸らした。


大丈夫、きっと大丈夫。

うん、ただの体調不良。


それから私は、雅人の話を一方的に聞いて、軽く相槌を打ちながら学校へと向かった。

あの症状は、しばらくして治まったようだけれど、

自ら何かを話す事は、出来なかった。


家の最寄り駅から電車に乗り、隣駅で降りる。

そこからしばらく歩き、私たちは学校に到着した。


その時だった。


校門を抜けた瞬間、お腹がぎゅっと押され、息苦しくなる。

そして、


ズキン、ズキン、ズキン、、、


あの時に感じた痛みが、更に強まって、速度を増して、私に襲いかかる。

鼓膜に響き、頭蓋骨の内側が強く圧迫される。

そして、しばらくして瞼の裏に、ドロドロと濁ったものが浮かび上がってきた。

それはあの、


悠斗くんが女の子と手を繋いで歩く、後ろ姿だった。


なんで、、なんでよ。

私はもう、飲み込んだはずなのに、、、、。

やだ、、、そんなのやだ!

もうそんな、


辛い思いなんて、したくないのに、、、。


その時だった。

目の前の現実が、容赦なく私に襲いかかった。

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