五線譜の終わりまで愛して

菜乃花 月

五線譜の終わりまで愛して

「五線譜の終わりまで愛して」


【登場人物】

神楽坂 琉菜(かぐらざか るな):高校二年生。歌うことが好き

夜野 健人(やの けんと):高校二年生。フルートを吹くことが好き


ー本編ー


健人N:誰もいないと思っていた木曜日の音楽室


琉菜N:誰も来ないと思っていた放課後の音楽室


健人N:扉を開けると気持ちよさそうに歌う君が夕陽に照られていて


琉菜N:歌い終わると真っ直ぐ私を見つめる君と目が合って


健人N:数秒の沈黙の後、喋り出したのは君からだった


 タイトルコール

健人:「五線譜の終わりまで愛して」


〜間〜

琉菜:「聴いてた?」


健人:「あ、えっと、聴いてました」


琉菜:「だよねぇ。めちゃくちゃ目合ってるもん」


健人:「ごめんなさい、別に盗み聞きするつもりとかはなかったんですけど」


琉菜:「別にいいよ。気付かなかった私も私だし!・・・もしかしてここ使う?使うなら帰るけど」


健人:「あー・・・いや、使わないです」


琉菜:「そう?」


健人:「はい」


琉菜:「あ、ここ使ってたことは内緒ね!」


健人:「え、先生に言ってないんですか!」


琉菜:「言ってない!だって音楽のあやつは絶対許してくれないもん!なにせ私が歌うたびに怒るからね!解せぬ!」


健人:「隠してるなら余計怒られるんじゃ・・・」


琉菜:「バレなきゃいいのよ!バレなきゃ!」


健人:「はぁ・・・」


琉菜:「この時間は私の楽しみなの!奪われてたまるもんか!」


健人:「あの、神楽坂さんはいつもここに来てるんですか?」


琉菜:「うん、木曜だけだけどね。なんで?」


健人:「今日が初めてって感じじゃなかったので・・・」


琉菜:「なんやかんや一か月くらい経つかなぁ。ほら、木曜ってここ誰もいないんだよ。吹部が休みだからさ。だから一人で歌うにはちょうどいいんだ~」


健人:「(独り言)あー・・・だからか」


琉菜:「・・・あれ?てかさっき私の苗字言った?」


健人:「へ?!」


琉菜:「自己紹介とかしたっけ?」


健人:「あっ!えーーっと、その・・・担任の先生がよく神楽坂さんのこと話題に出すので一方的に知ってるというか・・・」


琉菜:「私何かしたっけ?」


健人:「「よく私の授業で歌う子がいてね」・・・って」


琉菜:「・・・もしかして君の担任って」


健人:「神澤先生」


琉菜:「・・・」


健人:「・・・」


琉菜:「ねぇ!!」


健人:「は、はい?!」


琉菜:「今日のこと、ぜっっっったい神澤先生には言わないで!!お願い!!」


健人:「わ、わかりました!」


琉菜:「絶対だよ!!絶対だからね!!」


健人:「言いません!!言いませんから!!」


琉菜:「約束だからね!!!」


健人:「はいぃ!!」


琉菜:「・・・はぁー神澤先生の名前出た瞬間、今年度最大ヒヤリだったよ」


健人:「僕もです・・・」


琉菜:「ちなみに、他に私のことって言ってたりするの?」


健人:「えっと「このクラスは真面目だから助かるわ~。別クラスは誰かさんが歌うせいで授業が遅れるから困るのよね~。みんなも神楽坂 琉菜には気を付けてね」って言ってました」


琉菜:「ひどくない?えっ、フルネーム名指しひどくない?!」


健人:「なので僕のクラスでは「神楽坂さん=授業中歌うやばい人」になってます」


琉菜:「それはやばいやつだわ。でも私以外にも歌ってる人いるよ?椿ちゃんとかすぐ乗ってきてくれるもん!」


健人:「あー、椿さんは点数取れてるから許すって」


琉菜:「はぁ?!それはもう贔屓じゃん!私だって平均よりは取ってるし?なぁんにも悪いことしてないけど?!私だけやばい人って言うのは違くない!?!

というか神澤先生、他クラスのこと喋りすぎだよね?!」


健人:「まぁほら、担任ですから多少は・・・ね」


琉菜:「生徒のことやばいって言うのは許せないなぁ!こっちは真面目に受けてるのに!

あ、言っとくけど私はどの授業でも歌ってるわけじゃないからね!」


健人:「そうなんですか?」


琉菜:「うん、神澤先生の授業だけだよ!」


健人:「・・・歌ってるのは事実なんですね」


琉菜:「あ、いや、その、なんていうか、神澤先生の授業はいいリズムなんだよ。だから気付いたら歌っちゃうんだ~」


健人:「・・・」


琉菜:「あ、今やばい人だって思ったでしょ」


健人:「思ってないです」


琉菜:「思ったよね。そういう顔してるもん!」


健人:「お、思ってないです」


琉菜:「ほんとかぁ?(顔をグッと健人に近づける)」


健人:「ちかっ!顔近いですっ!」


琉菜:「私の目を見て言ってみぃ」


健人:「おもっ、思ってないですからぁ・・・!」


琉菜:「(顔を元の距離に戻す)ふーん、まぁいいや。今日のところは許し・・・(時計を見て)あっ!やっば帰らなきゃ!」


~急いで帰る準備をする琉菜。鞄からイヤホンが落ちるのに気付かない~


健人:「あ、あのイヤホン」


琉菜:「(健人の話を聞かず)ごめんそこどいて!」


健人:「は、はい!」


琉菜:「あっ、神澤先生に神楽坂はとってもいい子だって言っておいて!!あぁでも音楽室使ってることは言わないで!!」


健人:「えぇっ!?は、はい!!」


琉菜:「んじゃあね!」


~音楽室を出て行く琉菜~


健人:「行っちゃった。元気な子だなぁ。

・・・イヤホンいいのかな」


~ふと音楽室を見回す~


健人:「音楽室ってこんなに静かだったんだ。

・・・素敵だったなぁ」


~間~


~次の日の放課後。学校でイヤホンを探してる琉菜~


琉菜:「イヤホーン。イヤホン出ておいで~。私のシマちゃーん。・・・ここにもないかぁ。絶対学校で落としたと思うんだけどどこだぁ?あと探してないのは音楽室だけど今日は吹部が使ってるから・・・どうしよ。・・・うん、待つか!」


~音楽室。吹部の部活終わり~


健人:「お疲れ様~。・・・わかってるちゃんと鍵と電気確認するって。あ、明日ちょっと早いから遅刻するなよ!・・・僕はしないよ!ほら、早く帰れって。じゃあね!」


~同級生を見送った後、昨日琉菜が歌ってた場所に行く健人~


健人:「(小さく息を吐き呟く)・・・あの歌声を忘れないうちに」


~間~


~音楽室前~


琉菜:「よし、この時間ならもうみんな帰ったでしょ。下校時間も充電もギリギリなんだから音楽室にないと困るよ頼むよ・・・ん?誰かいる?」


~音楽室からフルートの音が聞こえてくる~


琉菜:「この音・・・フルート?」


~音楽室の扉を開けると一人でフルートを吹く健人が目に入り、しばらく聞き入る琉菜~


琉菜:「・・・すごい」


健人:「(演奏を終えて独り言)・・・ふぅ、やっぱりダメだな。下手くそだ・・・。

(琉菜と目が合い)・・・えっ」


琉菜:「・・・どーも」


健人:「・・・聴いてました?」


琉菜:「うん、聴いてた」


健人:「うわぁ恥ずかしい!」


琉菜:「(健人の言葉を聞かず)すっごいよかった!!」


健人:「え?」


琉菜:「すっごいよかった!君の演奏!」


健人:「・・・全然よくないですよ」


琉菜:「そう?」


健人:「はい」


琉菜:「私はいいと思うけどなぁ。聴き入っちゃった」


健人:「(独り言)こんなんじゃダメなんです」


琉菜:「ん?なんか言った?」


健人:「何でもないです!」


琉菜:「そっか」


健人:「・・・今日も歌いに来たんですか?」


琉菜:「ううん今日は別件!イヤホン探しに来たの。昨日どっかで落としちゃったみたいで」


健人:「あぁ、(鞄からイヤホンを取り出し)これですよね」


琉菜:「そうこれ!よかったぁ!おかえり~私のシマエナガちゃん~!これ、どこにあった?」


健人:「ここで落としてましたよ」


琉菜:「いつ?」


健人:「昨日、帰る時に」


琉菜:「やっぱり?てか、それならそん時に言ってよ!」


健人:「言おうとしたらすごい勢いで帰っちゃったじゃないですか」


琉菜:「そうだっけ」


健人:「僕の話全然聞く気なかったですよ」


琉菜:「あっはは、言われればそんな気がする。ごめん」


健人:「別にいいですよ」


琉菜:「音楽室がダメだったらどうしようってマジで焦ってたからほんとありがと!

・・・ところでさ」


健人:「はい」


琉菜:「自主練してたの?」


健人:「まぁ・・・はい」


琉菜:「いっつもこんな時間までやってるの?」


健人:「やる時はやったりします」


琉菜:「へぇー、そうなんだ」


健人:「でも今日は・・・なんとなく、ここにいれば会える気がしたんです」


琉菜:「誰に?」


健人:「神楽坂さんに」


琉菜:「もしかして待っててくれたの?」


健人:「えと・・・はい」


琉菜:「ふふっ、優しいね。わざわざこんな時間まで待たなくてもクラスに届けるとかすればよかったのに。私のクラス知ってるんでしょ?」


健人:「それが・・・知らないんです」


琉菜:「え?」


健人:「神楽坂さんのことは知ってたんですが、何組かは知らないなってなりまして。なので・・・待ってました」


琉菜:「・・・」


健人:「・・・」


琉菜:「あっはは!そっかそうだよね!だって私達自己紹介もしてないもんね!そりゃあ知らないわ!」


健人:「すみません・・・」


琉菜:「なんで謝るの!

改めて!二年七組、神楽坂琉菜です!」


健人:「えと、二年三組、夜野健人です」


琉菜:「夜野くんか!よろしくね!ねぇ、健人って呼んでいい?」


健人:「大丈夫です。神楽坂さんの呼びやすいように呼んでください」


琉菜:「もー!琉菜でいいよ。敬語もなしでいいって」


健人:「えっ、でも」


琉菜:「神楽坂って言いにくいでしょ。だから琉菜でいーよ」


健人:「わかりました、神楽坂さん」


琉菜:「るーなー!話聞いてた?」


健人:「えっと・・・慣れないっていうか」


琉菜:「同い年なのに?」


健人:「クラスのみんなもさん付けで呼んでるので・・・」


琉菜:「なるほどねぇ。でも、私のことは琉菜って呼ぶこと!いいね?」


健人:「神楽坂さんこそ僕の話聞いてました?!」


琉菜:「琉菜!!」


健人:「あっ、はい、琉菜って呼びます・・・頑張ります・・・」


琉菜:「よろしい!さて、自己紹介もしたし、これでいつでも私の教室に遊びに来れるね!」


健人:「あのですね、男子が他のクラスの女子に会いに行くってハードル高いんですよ?分かります?」


琉菜:「私は気にしないよ?」


健人:「周りや僕が気にするんです!」


琉菜:「じゃあ私が遊びに行けばいい?」


健人:「そういうことじゃないんです!!」


琉菜:「えー、なんでよう」


健人:「どっちにせよダメなんです!わかりましたか!」


琉菜:「そういうもん?」


健人:「そういうもんなんです!」


琉菜:「ふーん。

あっ、そうだ!この後、時間ある?ご飯食べに行かない?」


健人:「いいですけど」


琉菜:「おっしゃ。奢らせてよ!」


健人:「なんでですか?!」


琉菜:「え?イヤホンのお礼したいなって」


健人:「そんなのいいですよ」


琉菜:「奢らないと私が気が済まないの!お願い!」


健人:「大丈夫ですって!僕なにもしてませんから!」


琉菜:「お願いお願いお願い!!」


健人:「えぇ・・・」


琉菜:「だめ?」


健人:「ダメです!」


琉菜:「・・・どうしても?」


健人:「絶対にダメです」


琉菜:「・・・わかった。次、神澤先生に会ったら「夜野くんにいじめられました~」って言おうっと!」


健人:「はぁ!?」


琉菜:「いいの?!言っちゃうよ!!」


健人:「なんですかその脅し!!」


琉菜:「あんな事やこんな事までされましたって言うからね!!ある事ない事たくさん言ってやる!!」


健人:「あーもう!わかりました!わかりましたから!」


琉菜:「やった!」


健人:「ご飯には行きます。でも、奢らなくていいです」


琉菜:「だーかーらー!それだと私の気が済まな(いって言ってるじゃん)」


健人:「(かぶせて)奢らなくていいので、僕のお願い聞いてください」


琉菜:「お願い?」


健人:「はい」


琉菜:「なに?えっちなこと?」


健人:「ち、違います!」


琉菜:「えっちなことかぁ。いいよ。ここで脱げばいい?」


健人:「だから違います!・・・ってちょ、なんでカーディガン脱いでるんです?!」


琉菜:「だって男子高校生のお願いなんてそういうもんでしょ?」


健人:「偏見ですそんなことないです!少しは僕の話を聞いてください!あっ、当たり前のようにボタンを外していかないで!!」


琉菜:「自慢じゃないけど胸はあるよ?ほら」


健人:「見せなくていいから!ほら、ボタン締めて!カーディガンも着て!」


琉菜:「(手を止める)にひひっ」


健人:「なんで笑ってるの。早く着てよ」


琉菜:「やっとタメ口で話してくれたね」


健人:「あっ。それはだって琉菜が脱ぐから!」


琉菜:「お願い聞いてあげようと思っただけだけど?」


健人:「なんでそんな顔できるんですか」


琉菜:「あー!また敬語に戻った!」


健人:「こ、これは癖っていうかなんていうか!敬語の方が落ち着くんですよ・・・だから・・・」


琉菜:「ふーん」


~琉菜、無言でシャツのボタンを外し始める~


健人:「わ!わかった!わかった!タメで話すから笑顔でボタン外すのやめてくださ・・・やめて!!」


琉菜:「ふふっ」


~チャイムが鳴る~


琉菜:「わっ!学校出なきゃじゃん!ほら、早く帰る準備して!出るよ!」


健人:「ちょっと待ってフルートしまってない!」


琉菜:「早く早く!怒られるよ!」


健人:「わかってるよ!・・・よし、おっけい」


琉菜:「(健人の腕を掴み)ほら、行くよ!」


健人:「あっちょっと琉菜・・・!」


~駆け足で音楽室を出て行く二人~


~間~


~ファーストフード店~


琉菜:「はぁ~走ったからお腹空いた!」


健人:「ほんとだよ・・・!」


琉菜:「何食べる?」


健人:「んー、チーズバーガーセットかな」


琉菜:「おけ、チーバーね」


健人:「そんな略し方してる人初めて見たよ」


琉菜:「え?言わない?チーバー」


健人:「言わないし、聞いたこともない」


琉菜:「じゃあこっから流行らせてこ!目指せ流行語大賞!」


健人:「目指すとこが大きいね」


琉菜:「夢は大きい方が動きやすいでしょ!

サイドはポテトでいい?」


健人:「うん、大丈夫」


琉菜:「了解~。じゃあ私頼んでくるから席見つけといて」


健人:「わかった」


~少しの間~


琉菜:「ほい、チーバーセット」


健人:「ありがとう。えっと680円だったよね、今払うから」


琉菜:「いいよ、払わなくて」


健人:「え、でも」


琉菜:「お礼分だもん」


健人:「ちゃんと払うよ」


琉菜:「んー、間違って二人分買っちゃったからあげる。これでどう?」


健人:「確信犯じゃん」


琉菜:「バレたか」


健人:「バレバレだよ」


琉菜:「じゃあどうやったら納得するわけ?」


健人:「680円受け取ってくれればそれでいい」


琉菜:「意外と頑固だね」


健人:「だって僕は何もしてないし」


琉菜:「イヤホン持っててくれたでしょ」


健人:「それくらいで奢られるなんて理に合わないって」


琉菜:「私の大切なものを持っててくれた。それだけでこのハンバーガー分の価値はあるよ!」


健人:「そうかな・・・」


琉菜:「うん!あと、これとは別にあんたの願いも聞くよ?」


健人:「いいの」


琉菜:「もちろん!脱げって言われたら脱ぐよ」


健人:「だから脱がなくていいから!!僕、一言もそんなこと言ってないからね!」


琉菜:「そうだっけ?」


健人:「そうだよ!!」


琉菜:「じゃあ何してほしいの?」


健人:「え」


琉菜:「なんか私にできることある?」


健人:「・・・また歌を歌ってほしい」


琉菜:「え・・・?」


健人:「ダメかな」


琉菜:「いや・・・むしろそれでいいの?」


健人:「うん」


琉菜:「・・・じゃあ私からもお願いする」


健人:「?は、はい」


琉菜:「健人のフルートと一緒に歌いたいな」


健人:「・・・え?」


琉菜:「ダメ?」


健人N:誰もいないだろうと思ったあの日の放課後


琉菜N:誰も来ないだろうと思ってた音楽室で私たちは出会った


健人N:夕陽に照らされて歌う彼女が頭から離れなくて


琉菜N:楽譜を真剣に見つめながらフルートを吹く君が心から離れなくて


健人N:だからもう一度聴きたいと思ったんだ


琉菜N:一緒に歌いたいと思ったの


健人N:気付けば、誰もいなかった木曜の音楽室は僕ら二人がいるのが当たり前で


琉菜N:下校時間ギリギリまで一緒に音を、心を重ねる。そんな毎週木曜日が楽しみで


健人N:あの日からあっという間に一年が過ぎて、僕らは三年生になっていた


~間~


~木曜日の音楽室~


琉菜:「ねぇ!今のいい感じ!めっちゃ綺麗だった!」


健人:「ど、どうも」


琉菜:「歌いながら映像が浮かぶとめっちゃ楽しいよね!今日はグラウンドにいる感じして最高だった!・・・やっぱ私、健人の音好きだなぁ」


健人:「あ、・・・ありがとう」


琉菜:「健人のフルートと一緒に歌うの楽しすぎ!」


健人:「あ、ありがとうございます」


琉菜:「ねぇさっきから困りすぎ!パターンの少ないbotみたいだよ」


健人:「だって、楽しいけど僕の力っていうよりは琉菜の歌の力っていうかなんていうか」


琉菜:「何言ってんの健人の音があるからこそだよ!健人の音はね、すごく優しいというか愛に溢れてる」


健人:「愛?」


琉菜:「うん。なんかね、最後の音まで大切にしてる感じする」


健人:「・・・」


琉菜:「ほら、最近の曲ってイントロがなくて歌から始まるのが多いじゃん?」


健人:「そうだね」


琉菜:「それって、なんでだと思う?」


健人:「なんで・・・うーん、その方が聞く人が増えるからかな」


琉菜:「私もそう思う。きっと今って時間のロスや無駄をなくすことを求めるのが当たり前なんだよ。効率中毒って勝手に呼んでる」


健人:「効率中毒?」


琉菜:「なんというか、余白や手順を無視して結論や結果だけを気にするのって一種の毒だと思うの」


健人:「近道だけしたいみたいな感じってこと?」


琉菜:「そんな感じ」


健人:「それはわかる気がする」


琉菜:「人生なんて回り道あってなんぼじゃん?でも、みんな最短ルートだけ求めて動いて、無駄だと思うものは省いて、どんどん短縮して。

便利ではあるけど効率中毒になって生き急いでるなぁって思う。時間短縮が正義っていう毒が抜けなくなってる感じ。それってホントに正解なのかなぁって」


健人:「正解かどうかはわからないけど、ゆっくりできる時間がないってのもあるんじゃない?今ってやることいっぱいだから」


琉菜:「ね~。学校にバイト、大人はずっと仕事。みんな命と時間を削って生きてるよね。必死に生きてる現代だからこそ、ショート動画やイントロがない曲の方がバズると思うわけ。いかに短い時間で多くの情報を得たり楽しんだりするかみたいな感覚なんだろうけど、

私はイントロとアウトロが好きなんだよね。これぜんっぜん友達に共感されないんだけど。

正確にはイントロとかがしっかりある曲が好き」


健人:「わかるよ」


琉菜:「だよね!いいよね!初めてわかってもらえた!さっすが健人!」


健人:「これでも一応吹奏楽部だからね。音楽が好きじゃないと苦痛でしかないよ」


琉菜:「ははっ、確かに。納得だ。

イントロはこれからどんな歌が始まるんだろうってワクワクさせてくれるし、アウトロは歌詞にはない感情や景色を表してるから好きなんだ。


だけど、友達はみんなイントロなんて飛ばして歌が終わったら次の曲にいく。カラオケとか後奏カットするの当たり前だし。その方がチリツモで曲は多く歌えるんだけど、まるで歌詞がない部分は無駄って言ってるみたいでさ、ちょっと悲しいんだ」


健人:「・・・そうだね」


琉菜:「でしょ!効率中毒になってる友達は音楽を雑に扱ってるけど健人は違う。最初から最後まで全部を大切にしてる。だから好き」


~琉菜の笑顔が夕陽に照らされる~


~少しの間~


健人:「僕さ」


琉菜:「ん?」


健人:「・・・音楽って人生みたいだと思うんだ」


琉菜:「人生?」


健人:「うん」


~楽譜を優しく眺める健人~


健人:「楽譜の最後って必ず縦の二本線があるんだよ、終止線って言うんだけど・・・(琉菜に楽譜を見せる)ほらこれ」


琉菜:「あ、ほんとだ」


健人:「どんなにたくさん練習したって、この線にたどり着けば曲は終わるんだよ。・・・まぁ、当たり前なんだけどさ」


琉菜:「終わらないものなんてないもんね」


健人:「そう。終わりは必ずある。

吹部の場合、1回演奏した曲をもう1回同じメンバーでやるってことってあまりないんだよ」


琉菜:「へぇー、ずっと固定とかじゃないんだ」


健人:「音のバランスもあるから毎回変わるよ。全員が参加できるわけじゃないし」


琉菜:「人数多いもんねー。そりゃあ溢れるか」


健人:「うん、いつだって舞台に出れる人は限られてる」


琉菜:「大変な世界だ。健人も舞台でやったことあるんでしょ」


健人:「・・・何度かね」


琉菜:「どんな気持ちになるの?達成感?」


健人:「達成感はすごくあるよ。お客さんの前でやり切ったっていう満足感と同時に、もうこのメンバーでこの曲を奏でることはないんだなって、寂しいなって感じるんだ」


琉菜:「そうなんだ」


健人:「楽器や楽譜、聴く人がいることで形になるのが音楽だから、一人では絶対完成しないんだよ。色んな人が関わってやっと音になって、時間をかけて練習したのが曲になる。でも、どんなに長い時間をかけたって終われば一瞬なのってさ」


琉菜:「うん」


健人:「人生みたいだなぁって」


琉菜:「人生、ねぇ」


健人:「だから・・・さいごまで愛していきたいって思うんだ。音楽も、人生も」


琉菜:「うん」


健人:「・・・ってすごいキザなこと言ったね僕!冷静になったら恥ずかしくなってきた!!」


琉菜:「かっこいいよ」


健人:「へ?」


琉菜:「健人、かっこいいよ」


健人:「か、かっこよくない・・・です・・・」


琉菜:「ちゃんと健人の愛は音に乗って伝わってきてるよ」


健人:「うぅ・・・嬉しいけど恥ずかしい・・・」


琉菜:「もっと言った方がいい?まだまだ言えるよ!」


健人:「やめて!!もう充分だから!!」


琉菜:「にひひ~!照れ屋さんめ~!」


健人:「琉菜は慣れてるかもしれないけど、僕は褒められるの慣れてないんだよ~!」


琉菜:「え?私褒められることないよ」


健人:「嘘だ」


琉菜:「ほんとほんと」


健人:「すごく歌上手いじゃん」


琉菜:「・・・全然だよ」


健人:「そんなことな(いと思うけど)」


琉菜:「(かぶせて)ほぉら、そろそろ帰る時間だよ!帰ろう!」


健人:「う、うん」


琉菜:「早くしないと置いてくよ~」


健人:「ま、待ってよ!」


琉菜N:駅まで一緒に歩く。あの曲のイントロが好き、あの間奏が好き、あの音が好き。そんなことをたくさん話した


健人N:帰り道さえも音楽の話ばっかりで


琉菜N:やっぱり私は歌うことが


健人N:僕は演奏することが


琉菜N 好きなんだって実感する


~間~


~健人の部屋~


健人:「・・・明日は選抜発表か。高校最後の大会くらいは出たいな。・・・大丈夫、今ならきっとーーー」


~間~


~ある日の木曜日の音楽室~


琉菜:「やっほー健人!一週間ぶり~!今日は何から歌おうか」


健人:「・・・」


琉菜:「私さぁ、久しぶりにバンノス歌いたいんだよね!昨日動画見てたら歌いたくて歌いたくてうずうずしてたんだ!」


健人:「・・・」


琉菜:「健人?」


健人:「・・・」


琉菜:「おーい健人ってば!!」


健人:「っな、なに?!」


琉菜:「バンノス歌いたいんだけどどうですか!」


健人:「あ、うん・・・いいよ」


琉菜:「・・・なんかあった?」


健人:「ごめん。ちょっとぼーっとしてた」


琉菜:「大丈夫?疲れてるなら今日はやめる?私は別に来(週でもいいよ)」


健人:「(かぶせて)やる!やるよ!」


琉菜:「・・・いいの?」


健人:「うん!」


琉菜:「無理してない?」


健人:「大丈夫だよ!全然平気!」


琉菜:「・・・」


健人:「バンノスだよね!どの曲にする?僕が吹けるのは「恋のまま」だけどそれでいい?」


琉菜:「うん」


健人:「おっけ!じゃあいくよ」


琉菜:「うん」


琉菜N:健人が息を吸う。フルートから音が流れる。

違う。そうすぐに感じた。思わず健人を見る。私の視線に気づかず必死にフルートを吹く彼がそこにいた。いつもの健人の音じゃない。優しさがどこにもない。あるのは・・・焦りと荒さ


音に合わせて歌う。でも、噛み合わない


たった二人の音楽はどんどん崩れていく


たった四分が長く感じた


~演奏終わり~


健人:「・・・ふぅ。久々に吹いたな」


琉菜:「・・・」


健人:「・・・」


琉菜:「・・・ねぇ、健人」


健人:「・・・なに」


琉菜:「やっぱ無理してるよね」


健人:「へ?してないよ!」


琉菜:「(被せるように)嘘でしょ」


健人:「嘘じゃないよ」


琉菜:「じゃあ言い方を変えるね。・・・私と演奏してて楽しくなかったでしょ」


健人:「そんなことないよ!僕は楽しかった」


琉菜:「私は楽しくなかったよ」


健人:「っ」


琉菜:「なんか、健人の音と私の歌が噛み合ってなかった。音が優しくなかった。独りよがりで焦ってた。・・・健人も感じてるんじゃないの」


健人:「・・・」


琉菜:「なんかあったんでしょ?」


健人:「・・・」


琉菜:「私でよければ話聞くよ?」


健人:「なにもないよ」


琉菜:「あんなに音が乱れてたのに、なにも(ないわけないじゃん)」


健人:「(かぶせて)なんにもないんだよ!!!」


琉菜:「っ!健人・・・?」


健人:「僕には何もない・・・。何もないんだよ」


琉菜:「どうしたの?」


健人:「・・・」


琉菜:「健人?」


健人:「・・・選ばれなかったんだ選抜」


琉菜:「え?」


健人:「吹部の大会のやつ。昨日メンバー発表されたけど、僕はその中に入ってない。一曲も」


琉菜:「・・・」


健人:「これで記録更新。三年連続僕は選抜に選ばれなかった」


琉菜:「そんな、健人上手いじゃん」


健人:「僕は上手いわけじゃないんだよ。僕なんかより上はたくさんいるし、僕なんかより上手い人はたくさんいる。ただの下手の横好きでやってる僕なんかより一生懸命努力して、才能がある人なんていっぱいいるんだよ」


琉菜:「・・・」


健人:「琉菜だって歌上手いんだからさ、僕なんかよりもっと上手な人とやった方が楽しいでしょ」


琉菜:「・・・は?」


健人:「だってこの世界、上には上がいるしレベルが高い人とやった方が自分のレベルも上がるから楽しいじゃん。

さっき琉菜も言ってたよね、僕と歌ってて楽しくないって。そりゃあそうだよ、僕下手だもん。何年やっても上手くならない下手くそなんだから」


琉菜:「・・・」


健人:「音を愛してる?それだけじゃダメなんだよ。どんなに愛してたって実力に繋がらないと意味なんてない。僕は琉菜みたいに才能ないんだよ。何もない僕なんかとやる時間なんてもったいない、だから」


琉菜:「さっきから黙って聞いてれば、僕なんか僕なんかって。何言ってるの」


健人:「なにって事実を言ってるだけだよ。僕は才能がないゴミなんだよ」


琉菜:「・・・じゃあ私はゴミと一年以上一緒にやってきたってこと?」


健人:「(自嘲気味に)そうだね。そうなるね」


琉菜:「っ!」


~健人の頬を思いっきり叩く琉菜~


健人:「がっ・・・!」


琉菜:「バカじゃないの!!!」


健人:「・・・え?」


琉菜:「バカじゃないの!!バッカじゃないの!!!健人がゴミ?ふざけんな!!

ゴミとか言わないでよ!!僕なんかって言わないでよ!!今までの私たちの時間を全否定しないでよ!!!」


健人:「・・・っ」


琉菜:「上には上がいる?一生懸命努力して、才能ある人なんていっぱいいる?そんなの当たり前でしょ!」


健人:「だ、だろ。だから僕なんかよりーー」


琉菜:「私は!!健人の演奏だから楽しいの!!健人の音だからいいの!!健人のフルートと一緒に歌いたいの!!!上手い人はいくらでもいるけど、私はあんたがいいの!!それだけじゃダメなの??ねぇ!!」


健人:「だ、だって、下手な僕とやるのは時間の無駄じゃん!」


琉菜:「そんなこと一回も思ったことない!!」


健人:「・・・」


琉菜:「無駄だって思うなら、毎週ここに来てないよ」


健人:「・・・」


琉菜:「逆に聞くけど、健人は今まで楽しくなかったの?私と過ごした時間は全部無駄だったの?音楽を愛してる音は全部嘘だったの?!」


健人:「そんなわけない!琉菜の歌と演奏するのは楽しかったし、いつだって真面目に」


琉菜:「じゃあそれでいいじゃん!」


健人:「え・・・」


琉菜:「私たちプロでもなんでもないんだよ。お金をもらってやってるわけじゃないんだよ。楽しめればいいじゃん」


健人:「でも・・・」


琉菜:「でも?なにさ」


健人:「琉菜は歌が上手いでしょ」


琉菜:「私も健人のフルート上手いって思ってる」


健人:「僕は大人数には負ける」


琉菜:「私だってそうだよ」


健人:「そんなことない。きっと外に出ても通用するくらいの力を持ってる」


琉菜:「・・・」


健人:「だからそんな君と一緒に演奏するなら下手のままは・・・足を引っ張るのは嫌なんだよ」


琉菜:「でも今健人がやろうとしてるのは逃げじゃん。自分の嫌な部分見ないようにしてるだけじゃん」


健人:「だって・・・」


琉菜:「私だってまだまだなんだよ。外でなんて通用する力も才能もないんだって」


健人:「僕はそう思わない」


琉菜:「・・・。これ見て(スマホを見せる)」


健人:「・・・なにこれ」


琉菜:「オーディション結果。見て、ぜーんぶ落ちてるの。しかも一次審査で落ちてる」


健人:「えっ」


琉菜:「私も思ったんだよ。今の私なら一歩外に出ても馴染めるかもしれない、歌手とかになれるかもしれないって。でも現実は甘くなかった。どんなに最高の状態で歌ってもその先に進むことなんてなかった。何回落ちたかなぁ。もう数えるのもやめちゃった。それくらい落ちてる」


健人:「・・・」


琉菜:「才能ないんだって実感したし、歌う度、自分は下手くそだってよぎるようになった。健人と一緒だね」


健人:「・・・」


琉菜:「前に進むどころか沈みまくってボロボロになった日もあった。けど、健人と歌う時は不安なんてなくて、すっごく楽しく歌えたの。だから毎週木曜日は楽しみで大好きだったし、歌い続けることができてる」


健人:「・・・」


琉菜:「もし、私の歌が上手く聞こえるならそれは間違いなくあんたのおかげ」


健人:「・・・琉菜」


琉菜:「まだまだだし下手くそだけど、それでいいと思ってる」


健人:「僕はそう思えないよ」


琉菜:「考えてみてよ。選抜に選ばれない健人とオーディションに受からない私。外から見たら上手い人の足元にも及ばない。でも、私たちは楽しくて一年以上ここにいる。でしょ?」


健人:「・・・うん」


琉菜:「てことは、上手さだけじゃないんだよ音楽って。上手さと楽しさは別」


健人:「・・・」


琉菜:「それにね、私たちだからできる音があると思うんだよ」


健人:「僕たちだから?」


琉菜:「そう。私たちだけの音」


健人:「・・・」


琉菜:「きっとね、健人のフルートと歌うから私はあの歌い方になるんだよ。他の人と歌ったら少しは空気感が変わると思う。というか変わるんだよ。全然違うの。それはあんたもわかるんじゃない?」


健人:「よく、わかるよ。吹部で吹くのと琉菜と吹くのは違うから・・・」


琉菜:「でしょ。私ね。冗談抜きで健人と一緒に歌ってる時が一番楽しいし好きだよ。・・・あんたはそう思ってないかもしれないけど」


健人:「僕だって君と一緒だと楽しいし、落ち着く」


琉菜:「ほんとに?」


健人:「ほんとだよ」


琉菜:「・・・よかった、私だけだと思った。さっき全部否定されたから」


健人:「ごめん」


琉菜:「いいよ。まだまだな私とこれからも一緒にやってくれる?」


健人:「僕なんかでいいの」


琉菜:「健人がいいんだよ」


健人:「・・・なんか告白みたい」


琉菜:「あっ確かに」


~笑い合う二人~


琉菜:「よし、もう一回歌おう!」


健人:「・・・うん」


琉菜:「曲はもちろん」


健人:「「恋のまま」でしょ」


琉菜:「うん!それじゃあいくよ」


健人:「ちょっと待ってまだ僕準備できてない」


琉菜:「もー早くして」


健人:「待ってよ。・・・よし、いいよ」


琉菜:「じゃあ、いくよ」


健人:「うん」


琉菜N:さっきとは違う優しいフルートの音が音楽室に響く。もう、健人の音に迷いはなかった。私の好きな健人の音だ


健人N:僕の音に琉菜の歌声が合わさる。真っ直ぐ楽しそうに歌っているのが伝わる。こんなにこの曲って優しかったんだ


琉菜N:一曲があっという間に終わった


健人:「・・・ふぅ」


~健人を見つめる琉菜。それに気付き困ったように笑う健人~


健人:「全然違ったね」


琉菜:「うん。さっきと違った。私たちの音だった」


健人:「そうだね。音と声がちゃんと合わさってた」


琉菜:「うん」


健人:「・・・」


~少しの間~


琉菜:「ねぇ、納得してないでしょ」


健人:「えっ」


琉菜:「その反応は図星だな?」


健人:「えーと・・・うん」


琉菜:「やっぱり」


健人:「そういう琉菜もでしょ」


琉菜:「・・・バレちゃったか」


健人:「バレバレだよ」


琉菜:「ふふっ、鋭いね」


健人:「一年以上やってきたんだよ。わかるよ」


琉菜:「だね。

・・・ねぇ、せっかくなら試してみない。まだまだでダメダメな2人が揃ったらどこまでいけるか」


健人:「どういうこと?」


琉菜:「大会」


健人:「・・・え?」


琉菜:「大会に出ようよ!なんかネットでよさげなの探してやってみよ!」


健人:「そんなの怖いよ」


琉菜:「私も怖いよ。・・・1人ならね」


健人:「え?」


琉菜:「2人で出れば悲しみも苦しみも半分こ。そうでしょ」


健人:「琉菜・・・」


琉菜:「さ、どうする?やる?やらない?」


健人:「・・・優勝なんてできないよ」


琉菜:「できないだろうね」


健人:「最下位の可能性だってあるんだよ」


琉菜:「充分にあるね」


健人:「それでも」


琉菜:「それでもいいと思ってる。最下位だとしてもあんたとやることに意味があるから」


健人:「・・・琉菜」


琉菜:「あとは、健人次第だよ」


健人:「・・・正直自信はない」


琉菜:「うん」


健人:「今までの僕ならすぐに断ってた」


琉菜:「うん」


健人:「でも、今は不思議と断るって気持ちがないんだ」


琉菜:「・・・うん!」


健人:「琉菜と一緒ならやってみたい。大会出てみたい」


琉菜:「うんうん!そうこなくっちゃ!」


健人:「あーでも、下手でもいいのかな」


琉菜:「そこで弱気にならないの!」


健人:「は、はいっ」


琉菜:「まずはどんな大会があるか調べなきゃね!せっかくならでっかい規模のやつにしよう!!」


健人:「えぇっ、小さいとこにしようよ!初めてなんだよ!」


琉菜:「(調べながら)ふーん色々あるんだねぇ」


健人:「ねぇ聞いてる?」


琉菜:「よぉし、じゃあ指差した大会にしよ」


健人:「なんで?!ちゃんと見てから・・・」


琉菜:「私たちが出る大会はぁ~!ここ!!」


~間~


~大会当日~


健人:「うわぁ・・・人が多い。これだけで緊張する」


琉菜:「なにせこの近くでは一番人が集まる大会だからね」


健人:「あそこでちゃんと大きい大会当てるのは琉菜って感じだよね」


琉菜:「だろ~!もっと褒めていいんだぜぇ!」


健人:「褒めてないよ」


琉菜:「てか、吹部で人前で吹いてるんでしょ。それと変わらないじゃん」


健人:「それとこれとは違うんだよ・・・。あぁ、僕なんかがこんなとこにいていいのかな」


琉菜:「その「僕なんか」って言葉テンション下がるから禁止ね!」


健人:「えぇ~だって・・・」


琉菜:「自分を卑下するのは簡単だよ?自分の否定なんていくらでもできるんだから。私もしてきたし。でもね、あんたが否定したら私も否定されることになるの。それは嫌」


健人:「ごめん」


琉菜:「それに何度も言うけど、私は健人だからいいの。わかった?」


健人:「は、はい」


琉菜:「なにその微妙な反応。分かるまでどうして健人がいいのか語ってもいいんだよ。まずねー」


健人:「わかった!わかりました!恥ずかしいから言わなくていいよ!」


琉菜:「ふふっ。はいはい。

そういえば、神澤先生この大会見に来るって言ってたよ」


健人:「へ?!そうなの!?」


琉菜:「うん。・・・って聞いてなかったの?」


健人:「一言も言ってなかったよ」


琉菜:「そうなんだ。大会に出るんです~って言ったら「その日は空いてるから行こうかな」って言ってたよ。なんでか椿ちゃんと来るって言ってたな」


健人:「そ、そうなんだ」


琉菜:「「どこで練習してるの」って言われて冷や汗かいたけどね。多分バレてないはず」


健人:「は!?まだ言ってなかったの!!」


琉菜:「当たり前でしょ!言うわけないじゃん!」


健人:「えぇ・・・」


琉菜:「ちゃんと健人と二人で出るんですとは言ったよ?」


健人:「なんでそれは言うの?!・・・うぅ、一気に吐きそうになってきた」


琉菜:「えぇっちょ、大丈夫?ここで吐かないでよ」


健人:「・・・ちょっとトイレ行ってくる」


琉菜:「うん、わかった」


~健人を見送り、改めてステージの方を見る~


琉菜:「人、多いなぁ。・・・よし、最終チェックをしよう」


~イヤホンを取り出し大会で歌う曲を聞く琉菜~


~少しの間~


健人:「うぅ、少しだけ楽になった気がする。琉菜、ただいま」


健人N:僕に気付かないままイヤホンをして、目を閉じて小さく口ずさんでいる彼女を見て、初めて琉菜と出会った時を思い出す。誰もいないと思っていた音楽室で気持ちよさそうに歌っていた彼女を見て僕は動けなくなった。目を逸らすことができなかったんだ


~健人と目が合い、イヤホンを外す琉菜~


琉菜:「聴いてた?」


健人:「うん、聴いてた」


琉菜:「帰ってきてたなら声かけてほしかったんですけど?」


健人:「ただいまって言っても気付かなかったのはそっちでしょ」


琉菜:「ほんとに言った~?」


健人:「言いました~。・・・イヤホン」


琉菜:「へ?」


健人:「あの日、琉菜がイヤホン落とさなかったら僕らはこうしてここにいないよなって思って」


琉菜:「あー確かに。あの時はオーディションに応募したり、大会に出るなんて考えてもなかったな」


健人:「僕もだよ。誰かの歌に合わせて吹くなんて思ってなかった」


琉菜:「しかも一年以上ね」


健人:「ほんとに。・・・楽しかったなぁ」


琉菜:「おっ」


健人:「なに」


琉菜:「嬉しいこと言ってくれるじゃん。緊張ほぐれてきた?」


健人:「そうかも。・・・さ、そろそろ出番だね。行こうか」


琉菜:「・・・」


健人:「琉菜?」


琉菜:「ねぇ、健人」


健人:「なに?」


琉菜:「・・・手、握ってくれない」


健人:「え、なんで」


琉菜:「私だってこんな大勢の前で歌うの初めてだから緊張するの。だから・・・」


健人:「・・・(琉菜の手を握る)これでいい?」


琉菜:「うん。ありがとう。・・・手、細いね。でもちゃんと男の子の手だ」


健人:「そう、なのかな」


琉菜:「落ち着く」


健人:「・・・ねぇ琉菜」


琉菜:「なに?」


健人:「・・・君が気持ちよく歌えるように僕なりに頑張るよ」


琉菜:「うん。頼りにしてる」


健人N:僕らの番号が呼ばれ、僕たちはステージに立つ。いつもなら仲間がいて、多くの楽器が並んで狭く感じるステージには僕ら2人しかいない。でも、不思議と怖くはなかった


琉菜N:多くのお客さんの拍手が私に刺さる。思わず後ずさりたくなりそうなのをグッと堪えて隣を見ると健人と目が合った。

そうだ私は一人じゃない。


健人N:隣には琉菜がいる。


琉菜N:隣には健人がいる。


健人N:フルートを口に当て、琉菜の方を見る。緊張はもうしてないようだった


琉菜:「いくよ」


健人:「うん」


琉菜N:健人が息を吸うとフルートの音色がこの会場に響く。いつもとは違う反響の仕方、音の感じ方、そして不安なんてない彼の音色が私の気持ちを昂らせる


健人N:琉菜の歌声が僕の歌声に合わさる。芯のある彼女の歌声が曲をどんどん深めていく。僕も指がどんどん動いていく


琉菜N:やっぱり健人の音好きだな


健人N:やっぱり琉菜の歌はすごいな


琉菜N:すごく楽しい。曲の画が見える


健人N:僕たちはきっと同じ画を見ている。そう感じるくらい演奏と歌が重なり合う


琉菜N:気付けば曲がもう終わる。私が最後の歌詞を歌うと健人のフルートだけになる


健人N:五線譜の終わりが見えてきた。あぁ、終わっちゃう。終わってしまう。やっぱりこの瞬間は少し寂しい


琉菜N:最後の音が響く


健人N:少しの静寂の後、たくさんの拍手の中で僕たちの出番は終わった


~ステージを降りて目を合わせるとハイタッチをして笑い合う二人~


~長めの間~


~卒業式の日、桜の木の下で話す二人~


琉菜:「卒業おめでとう健人」


健人:「ありがとう。琉菜もおめでとう」


琉菜:「ありがと。はーあ、今日でJKも卒業かー!寂しいなー!」


健人:「別によくない?」


琉菜:「わかってないなぁ健人くんは!JKブランドって大切なのよ?JK失ったら一気におばさん扱いよ?制服着てる女子は無敵なんだから」


健人:「そんなことないと思うけどなぁ・・・」


琉菜:「はー、これだからJKブランドのすごさをわかってない男子はダメなんだぁ!」


健人:「・・・ごめんなさい?」


琉菜:「悪いと思ってないなぁ!・・・てか部活メンバーに挨拶とかあるんじゃないの?ここにいていいの?」


健人:「うん、軽く済ませてきたからいいんだ」


琉菜:「ふーん。「先輩卒業しないでくださいーー!!」って泣いてる後輩とかいなかった?」


健人:「同級生は言われてたけど、僕は言われなかったよ」


琉菜:「悲しい?」


健人:「別に」


琉菜:「・・・そーいうもん?」


健人:「そーいうもんだよ」


琉菜:「へぇー」


~音楽室を見上げる二人~


琉菜:「音楽室か・・・。いっぱい通ったなぁ」


健人:「だね。気付けば週7だった」


琉菜:「うわぁ、すご。もう第二の実家じゃん。間違ってこの後、帰らないでよ」


健人:「ちゃんと家に帰るって。学校にも迷惑かかるし」


琉菜:「真面目かよ。・・・そういやあの日、なんで音楽室に来たの?」


健人:「あの日って?」


琉菜:「ほら、いっちばん最初に会った日。木曜って吹部休みの日じゃん」


健人:「・・・言ってなかったっけ?」


琉菜:「うん、聞いてない。あっ、もしかして私みたいに忘れ物したとか?!」


健人:「違うよ。自主練したかったんだ」


琉菜:「真面目だねぇ~」


健人:「そんなんじゃない。周りに置いていかれないようにしなきゃってどこか焦ってたんだ。あの時から周りとの差は感じていたから」


琉菜:「それで音楽室に行ったら私が歌ってたと」


健人:「誰もいないと思ってたから驚いたよ」


琉菜:「私も歌い終わったら知らない男子と目が合ってびっくりした。あんなこと初めてだったもん」


健人:「吹部以外音楽室なんて使わないからね。先生に無許可はどうかと思うけど」


琉菜:「あんただって今日まで言わないでいてくれたじゃん」


健人:「それは・・・もう言ってるもんだと思ってたから」


琉菜:「ふふーん、言ってないでぇす」


健人:「まったく・・・。

あの日、音楽室に行ってよかったよ」


琉菜:「私もそう思う。あそこから全部始まったんだもん」


健人:「・・・結果、どうだろうね」


琉菜:「どうかなぁ」


健人:「・・・」


琉菜:「あの時は過去最高だったよ。私はそう思ってる。だから大丈夫だって」


健人:「・・・そうだね」


琉菜:「・・・」


健人:「・・・」


~なんとなく会話が途切れ桜の木を見つめる二人~


~そこに琉菜の携帯の通知音が鳴る~


琉菜:「ん、メールだ」


健人:「誰から?」


琉菜:「っ!大会からだよ」


健人:「ほんと?」


琉菜:「うん」


健人:「・・・ドキドキする」


琉菜:「・・・開くよ」


健人:「・・・うん」


琉菜:「(メールを開く)・・・っ」


健人:「どう、だった?」


琉菜:「・・・」


健人:「(琉菜の言葉を待つ)」


琉菜:「・・・い」


健人:「え?」


琉菜:「・・・36組中14位」


健人:「っ!」


琉菜:「・・・」


健人:「・・・」


琉菜:「はーあっ!悔しいな!!すっごく悔しい!!」


健人:「・・・うん」


琉菜:「いけると思ったのになぁ!!14位って!!やっぱりそう上手くはいかないね!!」


健人:「・・・ごめん。僕がもっと上手ければ」


琉菜:「そんなの関係ない」


健人:「だって、だって君は完璧だった。それなら原因は僕だよ」


琉菜:「健人の音も完璧だったと思うけど?」


健人:「そんなこと」


琉菜:「あるよ!だってね、一番気持ちよく歌えたのは大会の日だったもん。今までも気持ちよかったんだけど、あの時は景色がはっきり見えたの!それってすごいことじゃない?」


健人:「でも、一番にはなれなかった」


琉菜:「・・・そうだね」


健人:「完璧だと思えたのに」


琉菜:「うん」


健人:「やっぱり僕なんかより、別の人とだったらもっと上にいけたかもしれな」


琉菜:「あーもうっ!!どんどん下がることしか言わない悪い口はこの口ですかー!!(健人の両頬を引っ張る)」


健人:「い、いだいっ」


琉菜:「私たちは過去最大で最高な音楽を生み出せた。でも力が及ばなかった!!!上には上がいる!!それでいいじゃん!!というかそれが事実でしょ!!!他になにか言いたいことある??!」


健人:「(琉菜の手を振りほどき)だからだよ!!」


琉菜:「え?」


健人:「一番だったから!!君の歌声が今までで、大会の中で一番輝いてたから!!だから悔しいんだ!!っ悔しいんだよ」


琉菜:「・・・うん」


健人:「悔しい・・・悔しいよ・・・。誰よりも素敵だった。誰よりも心が籠ってた。それを隣で聴けて幸せだと思うくらいよかったんだ。一緒に吹いてて気持ちよかったんだ。一年半の僕らの音が届けられたって思った。なのに、なのにっ!」


琉菜:「健人」


健人:「僕のせいで・・」


琉菜:「・・・よかった!」


健人:「・・・は?」


琉菜:「えへへっ、私の歌を認めてもらえたんだなぁって。あそこで歌った意味があったんだなって嬉しくなっちゃった」


健人:「・・・」


琉菜:「正直、あんな大きな会場でたくさんの人がいるのに、誰にも届いてなかったらどうしようって思ってたの。どんなオーディションでも一次審査で終わるような私だよ?可能性としてはありえるじゃん?」


健人:「一年半ずっと、琉菜の歌は僕に届いてるよ」


琉菜:「その言葉だけであの大会に出た意味があるってもんよ!」


~頭を撫でる琉菜~


琉菜:「ありがとうね」


健人:「・・・ごめん」


琉菜:「なんでさ」


健人:「ぐすっ、ごめんっ」


琉菜:「もー、泣かないで」


健人:「だって、だって・・・!」


琉菜:「あーあっ!負けた負けた!!全然だったなぁ!!悔しい!!!・・・悔しいなっ!!!!」


健人:「うん」


琉菜:「悔しいな・・・っ」


健人:「うん・・・」


琉菜:「すっごく悔しい!!私たちならいけるって思ったのになぁ!!もっと上だと思ったのになぁ!!悔しいなぁ!!!」


健人:「うんっ、僕も悔しい!!」


琉菜:「私たちの音ならいけると思ったのになぁっ!

はーあっ、やっぱり私たちまだまだだ!!」


健人:「そうだねっ。足元にも及ばないんだって実感した!」


琉菜:「でも、なんかやる気出てきた!絶対次は負けない!!もっと上を目指してやる!!」


健人:「・・・うん!」


琉菜:「私たちはまだまだ成長してやんだからなーーー!!!こっちは可能性無限大だぞーーーー!!!」


健人:「絶対、ぜーーーーったい負けないからなぁ!!!!」


2人:「見てろおぉ!!」


~顔を見合わせ笑い合う~


琉菜:「ふふっ、変な顔」


健人:「そっちこそ」


琉菜:「うるさいよ。はぁーあ、これで本当にJK終わりだ。・・・楽しかったな」


健人:「うん」


琉菜:「思い出は色々あるけど、健人と過ごした時間は本当に楽しかった」


健人:「僕もだよ」


琉菜:「ほんとに?」


健人:「嘘だったらこんなに泣いてない」


琉菜:「それもそっか。高校で最高の友達に出会えてよかったなー。・・・友達だよね?」


健人:「そんな真剣に確認しないでよ」


琉菜:「いや、なんというか・・・友達はしっくりこないなと思って。でも親友も違うというか。わかってこのニュアンスの違いを!・・・私たちの関係ってなんだろ」


健人:「・・・戦友かな」


琉菜:「戦う友?」


健人:「そう、苦しいことも楽しいことも音楽を通して越えていく戦友」


琉菜:「背中預ける感じだ」


健人:「そうそう」


琉菜:「にへへっ、嬉しい事言ってくれるじゃあん」


健人:「・・・ずっと言いたかったんだけどさ」


琉菜:「ん?」


健人:「ありがとう」


琉菜:「へ?」


健人:「僕のフルートと一緒に歌ってくれてありがとう。琉菜と出会わなければ僕の音はどこにも活かされなかったから」


琉菜:「こちらこそありがとう。曲を通して色んな景色を見せてくれて。おかげで楽しかった!五線譜の終わりまで愛してる人と巡り会えてよかったよ」


健人:「・・・僕が自信を持てるのはそれくらいだから」


琉菜:「もっと他の事にも自信持っていいのに」


健人:「僕はまだまだだよ」


琉菜:「ふふ、そうだね」


~少しの間~


琉菜:「ねぇ戦友!」


健人:「な、なに」


琉菜:「大学は違うけど、これからもあんたと思い出作ってもいいかな?」


健人:「いいかなじゃないでしょ」


琉菜:「え?」


健人:「見るんでしょ」


琉菜:「・・・にへへ、うん!」


~二人笑い合う~


琉菜N:二人揃ってもやっぱりダメダメで


健人N:まだまだな僕たちだけど、心は不思議とスッキリしてて


琉菜N:卒業した私たちを迎えるように晴れた空に桜が舞った


~終わり~




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五線譜の終わりまで愛して 菜乃花 月 @nanohana18

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