五線譜の終わりまで愛して
菜乃花 月
五線譜の終わりまで愛して
【登場人物】
神楽坂 琉菜(かぐらざか るな):高校二年生。歌うことが好き
夜野 健人(やの けんと):高校二年生。フルートを吹くことが好き
ー本編ー
健人N:誰もいないと思っていた木曜日の音楽室
琉菜N:誰も来ないと思っていた放課後の音楽室
健人N:扉を開けると気持ちよさそうに歌う君が夕陽に照られていて
琉菜N:歌い終わると真っ直ぐ私を見つめる君と目が合って
健人N:数秒の沈黙の後、喋り出したのは君からだった
タイトルコール
健人:「五線譜の終わりまで愛して」
〜間〜
琉菜:「聴いてた?」
健人:「あ、えっと、聴いてました」
琉菜:「だよねぇ。めちゃくちゃ目合ったもんね」
健人:「ごめんなさい、別に盗み聞きするつもりとかはなかったんですけど」
琉菜:「別にいいよ。気付かなかった私も私だし!・・・もしかしてここ使う?使うなら帰るけど」
健人:「あー・・・いや、使わないです」
琉菜:「そう?」
健人:「はい」
琉菜:「あ、ここ使ってたことは内緒ね!」
健人:「え、先生に言ってないんですか!」
琉菜:「実は言ってない!だって絶対許してくれないもん。特に音楽のあやつは私が歌うたびに怒るからね!解せぬ!」
健人:「隠してるなら余計怒られるんじゃ・・・」
琉菜:「バレなきゃいいのよ!バレなきゃ!」
健人:「そうですかね・・・」
琉菜:「そうだよ!毎週この時間は私の楽しみなの!奪われてたまるもんか!」
健人:「神楽坂さんは毎週ここに来てるんですか?」
琉菜:「うん。ほら、木曜って吹部休みだから誰もいないんだよここ!だから一人で歌うにはちょうどいいんだ!」
健人:「そうなんですね」
琉菜:「・・・あれ?てかさっき私の苗字言った?」
健人:「あっ!えーっと・・・」
琉菜:「自己紹介とかしたっけ?」
健人:「その、担任の先生がよく神楽坂さんのこと話題に出すので一方的に知ってるというか・・・」
琉菜:「私何かしたかなぁ」
健人:「「よく私の授業で歌う子がいてね・・・」って」
琉菜:「・・・もしかして君の担任って」
健人:「神澤先生」
琉菜:「・・・」
健人:「・・・」
琉菜:「ねぇ!!」
健人:「は、はい?!」
琉菜:「ぜっっっったい神澤先生には言わないで!!お願い!!」
健人:「わ、わかりました!」
琉菜:「絶対だよ!!絶対だからね!!」
健人:「言いません!!言いませんから!!」
琉菜:「ありがとう!・・・はぁー神澤先生の名前出た瞬間、今年度最大ヒヤリだったよ。
ちなみにほかに私のことって言ってたりするの?」
健人:「えっと「このクラスは真面目だから助かるわ~。別クラスは誰かさんが歌うせいで授業が遅れるから困るのよね~。みんなも神楽坂 琉菜には気を付けてね」って言ってました」
琉菜:「ひどくない?えっ、ひどくない?!」
健人:「なので僕のクラスでは「神楽坂さん=授業中歌うやばい人」になってます」
琉菜:「ひどすぎない??え、てか私以外にも歌ってる人いるよ?椿ちゃんとかすぐ乗ってきてくれるもん!」
健人:「あー椿さんは点数取れてるから許すって」
琉菜:「はぁ?おいおい、それはもう差別じゃん!贔屓じゃん!私だって平均よりは取ってるし?なぁんにも悪いことしてないですけど?!私だけやばい人って言うのは違うと思います!!あ、言っとくけど私はどの授業でも歌ってるわけじゃなくて、神澤先生の授業だけだからね!」
健人:「歌ってるのは事実なんですね」
琉菜:「あ、いや、その、なんていうか、神澤先生の授業はいいリズムなんだよ。だから気付いたら歌っちゃうんだよね~」
健人:「・・・」
琉菜:「あ、今やばい人だって思ったでしょ」
健人:「思ってないです」
琉菜:「思ったよね。そういう顔してる!」
健人:「お、思ってないです」
琉菜:「今の言い方は絶対思ったでしょ!!」
健人:「思ってないです!!」
琉菜:「ほんとかぁ?」
健人:「ほんとですー!」
琉菜:「・・・まぁいいや。今日のところは許し・・・(時計を見て)あっやっば帰らなきゃ!」
~急いで帰る準備をする琉菜。鞄からイヤホンが落ちるのに気付かない~
健人:「あ、あのイヤホン」
琉菜:「(健人の話を聞かず)ごめんそこどいて!」
健人:「は、はい!」
琉菜:「じゃあね!
あっ!神澤先生には神楽坂はいい子だって言っておいて!!あぁでも音楽室使ってることは言わないで!!」
健人:「えぇっ!?は、はい!!」
琉菜:「んじゃあね!」
~音楽室を出て行く琉菜~
健人:「行っちゃった。・・・イヤホン落としたけどいいのかな。一応持っておこう」
~間~
~次の日の放課後。学校でイヤホンを探してる琉菜~
琉菜:「イヤホーン。イヤホン出ておいで~。私のイヤホーン。・・・ここにもないかぁ。絶対学校で落としたと思うんだよなぁ。あと探してないのは音楽室だけど今日は吹部が使ってるからどうしよ。・・・待つか!」
~音楽室。吹部の部活終わり~
健人:「お疲れ様~。・・・わかってるちゃんと鍵と電気確認するって。あ、明日ちょっと早いから遅刻するなよ!・・・僕はしないよ!ほら、早く帰れって。じゃあね!」
~同級生を見送った後、昨日琉菜が歌ってた場所に行く健人~
健人:「(小さく息を吐き呟く)・・・あの歌声を忘れないうちに」
~間~
~音楽室前~
琉菜:「よし、この時間ならもうみんな帰ったでしょ。下校時間も充電もギリギリなんだから音楽室にないと困るよ頼むよ・・・ん?誰かいる?」
~音楽室からフルートの音が聞こえてくる~
琉菜:「この音・・・フルート?」
~音楽室の扉を開けると一人でフルートを吹く健人が目に入り、しばらく聞き入る琉菜~
琉菜:「・・・すごい」
健人:「(演奏を終えて独り言)・・・ふぅ、やっぱりダメだな。下手くそだ・・・
(琉菜と目が合い)・・・えっ」
琉菜:「・・・どーも」
健人:「・・・聴いてました?」
琉菜:「うん、聴いてた」
健人:「うわぁ恥ずかしい!」
琉菜:「(健人の言葉を聞かず)すっごいよかった!!」
健人:「え?」
琉菜:「だからすっごいよかった!君の演奏!」
健人:「・・・全然よくないですよ」
琉菜:「そう?」
健人:「そうです」
琉菜:「私はいいと思うけどなぁ!なんか聴き入っちゃった」
健人:「(独り言)こんなんじゃダメなんです」
琉菜:「ん?なんか言った?」
健人:「何でもないです!」
琉菜:「そう。・・・あ!ねぇ!ここにイヤホンなかった?シマエナガのイヤホン!白いやつ!」
健人:「あぁ、(鞄からイヤホンを取り出し)これですよね」
琉菜:「そうこれ!よかったぁ!おかえり~私のシマエナガちゃん~!これ、どこにあった?」
健人:「昨日帰る時に落としてましたよ」
琉菜:「え!それならその時に言ってよ!」
健人:「言おうとしたらすごい勢いで帰っちゃったじゃないですか」
琉菜:「そうだっけ」
健人:「僕の話全然聞く気なかったですよ」
琉菜:「言われればそんな気がする。ごめん」
健人:「別にいいですよ」
琉菜:「ねぇこんな時間まで自主練してたの?」
健人:「それもありますけど・・・なんとなく、ここにいれば会える気がしたんです」
琉菜:「私を待ってたってこと?」
健人:「はい」
琉菜:「そんなことしなくてもクラスに届けてくれればよかったのに!私のクラス知ってるんでしょ?」
健人:「あのですね、男子が他のクラスの女子に会いに行くってハードル高いんですよ?分かります?」
琉菜:「私は気にしないよ?」
健人:「周りや僕が気にするんです!」
琉菜:「えーそういうもん?」
健人:「そういうもんですよ」
琉菜:「ふーん、そっかぁ。でも盗まれたとかじゃなくてよかった!ありがとうね。えっと・・・」
健人:「ん?」
琉菜:「名前なんて言うの」
健人:「あぁ、夜野健人です」
琉菜:「夜野くんか!ありがとう夜野くん!」
健人:「いえいえ、無事に渡せてよかったです」
琉菜:「ねぇこの後時間ある?お礼にご飯奢るよ!」
健人:「え、そんな別にいいですよ!」
琉菜:「奢らせてよ!」
健人:「僕はお礼のために待ってたわけないじゃないですから・・・」
琉菜:「奢らないと私が気が済まないの!お願い!」
健人:「いいですって!」
琉菜:「お願いお願いお願い!!奢らせて!!
健人:「えぇ・・・」
琉菜:「だめ?」
健人:「だめです!」
琉菜:「・・・どうしても?」
健人:「だめです」
琉菜:「じゃあ、明日「夜野くんにいじめられました~!」って神澤先生に言おうっと!」
健人:「なんでですか!」
琉菜:「言ってもいいの?!いじめられましたって言うからね!!!」
健人:「なんですかその脅し!!あーもうわかりましたよ」
琉菜:「やった!」
健人:「でも、奢らなくていいです」
琉菜:「は?それじゃあ私の気が済まな(いって言ってるじゃん)」
健人:「(かぶせて)奢らなくていいので、僕のお願い聞いてください」
琉菜:「お願い?なに?えっちなこと?」
健人:「ち、違います!」
琉菜:「えっちなことかぁ。いいよ。ここで脱げばいい?!」
健人:「だから違います!ってちょ、なんでカーディガン脱いでるんです?!」
琉菜:「だって男子高校生のお願いなんてそういうもんでしょ?」
健人:「偏見ですそんなことないです!少しは僕の話を聞いてください!あっ、当たり前のようにボタンを外していかないで!!」
琉菜:「いいの?自慢じゃないけど胸はあるよ?」
健人:「そんなこと言わなくていいから!ほら、ボタン締めて!カーディガンも着て!」
琉菜:「(手を止める)にひひっ」
健人:「なんで笑ってるの。早く着てよ」
琉菜:「やっとタメ口で話してくれたね」
健人:「あっ。それはだって神楽坂さんが」
琉菜:「琉菜」
健人:「え」
琉菜:「琉菜でいいよ。神楽坂って言いづらいでしょ。その代わり、私も健人って呼んでいい?」
健人:「い、いいですけど」
琉菜:「あー!また敬語に戻った!神澤クラスってことは同級生でしょ!タメでいいじゃん」
健人:「こ、これは癖って言うかなんていうか。敬語の方が落ち着くんですよ・・・だから・・・」
琉菜:「ふーん」
~琉菜、無言でシャツのボタンを外し始める~
健人:「わ!わかった!わかった!タメで話すから笑顔でボタン外すのやめてくださ・・・やめて!!」
~慌てる健人を見て笑う琉菜~
~間~
~ファーストフード店~
琉菜:「何食べる?」
健人:「んーこのハンバーガーセットかな」
琉菜:「おっけ~。じゃあ私頼んでくるから席見つけといて」
健人:「わかった」
~少しの間~
琉菜:「ほい、ハンバーガーセット」
健人:「ありがとう。えっと580円だったよね、今払うから」
琉菜:「いいよ払わなくて」
健人:「え、でも」
琉菜:「お礼分だから」
健人:「それで納得できるわけないでしょ。ちゃんと払うから」
琉菜:「んー、じゃあ奢りたい気分だったから奢った。これでいいでしょ?」
健人:「なにもよくない」
琉菜:「じゃあどうやったら納得するわけ?」
健人:「ハンバーガー代払わせてくれればそれでいい」
琉菜:「意外と頑固だね」
健人:「だって僕は何もしてないし」
琉菜:「イヤホン持っててくれたじゃん」
健人:「それくらいで奢られるなんて理に合わないよ」
琉菜:「私の大切なものを持っててくれた。それだけでこのハンバーガー分の価値はある!」
健人:「そうかな・・・」
琉菜:「うん!あと、ハンバーガー代とは別にあんたの願いも聞くよ?」
健人:「いいの」
琉菜:「いいに決まってるじゃん!脱げって言われたら脱ぐよ」
健人:「だから脱がなくていいから!!僕、一言もそんなこと言ってないからね!」
琉菜:「そうだっけ?」
健人:「そうだよ!!」
琉菜:「じゃあ何してほしいの?」
健人:「え」
琉菜:「なんか私にできることある?」
健人:「・・・また歌を歌ってほしい」
琉菜:「え・・・それだけ?」
健人:「うん」
琉菜:「・・・じゃあ私からもお願いする」
健人:「え?」
琉菜:「健人のフルートと一緒に歌いたい」
健人:「・・・え?」
健人N:誰もいないだろうと思ったあの日の放課後
琉菜N:誰も来ないだろうと思ってた音楽室で私たちは出会った
健人N:夕陽に照らされて歌う彼女が頭から離れなくて
琉菜N:楽譜を真剣に見つめながらフルートを吹く君が心から離れなくて
健人N:だからもう一度聴きたいと思った
琉菜N:一緒に歌いたいと思った
健人N:気付けば、誰もいなかった木曜の音楽室は僕ら二人がいるのが当たり前で
琉菜N:下校時間ギリギリまで一緒に音を、心を重ねる。そんな毎週木曜日が楽しみだった
健人N:あの日からあっという間に一年が過ぎて、僕らは三年生になっていた
~間~
~木曜日の音楽室~
琉菜:「ねぇ!今のいい感じ!めっちゃ綺麗だった!」
健人:「ど、どうも」
琉菜:「なんか歌の映像が浮かぶからいいよね!・・・やっぱ私健人の音好きだなぁ」
健人:「あ、・・・ありがとう」
琉菜:「健人のフルートに合わせて歌うの楽しいもん!」
健人:「あ、ありがとうございます」
琉菜:「ねぇさっきから困りすぎ!」
健人:「その、だって楽しいけど、僕の力っていうよりは琉菜の歌の力っていうかなんていうか」
琉菜:「何言ってんの健人の音があるからこそだよ!健人の音はね、すごく優しいというか愛に溢れてる」
健人:「愛?」
琉菜:「うん。なんかね、最後の音まで大切にしてる感じ!」
健人:「・・・」
琉菜:「ほら、最近の曲ってイントロがなくて歌から始まるのが多いじゃん?」
健人:「そうだね」
琉菜:「それって、なんでだと思う?」
健人:「なんで・・・うーん、その方が聞く人が増えるからかな」
琉菜:「私もそう思う。きっと今って時間のロスや無駄をなくすことを求めるのが当たり前なんだよ。だから短い動画やイントロがない曲の方がバズるんだと思うの。
でも私さ、イントロとアウトロが好きなんだよね。正確にはイントロとかがしっかりある曲が好き。
イントロはこれからどんな歌が始まるんだろうってワクワクさせてくれるし、アウトロは歌詞にはない感情を表してるから好きなんだ。
だけど、友達はみんなイントロなんて飛ばして歌が終わったら次の曲にいく。まるでその部分は無駄って言ってるみたいに。それっておかしいと思うわけ」
健人:「・・・そうだね」
琉菜:「でしょ!友達は音楽を雑に扱ってるけど健人は違う。最初から最後まで大切にしてる。だから好き」
~琉菜の笑顔が夕陽に照らされる~
~少しの間~
健人:「僕さ」
琉菜:「ん?」
健人:「・・・音楽って人生みたいだと思うんだ」
琉菜:「人生?」
健人:「うん」
~楽譜を優しく眺める健人~
健人:「楽譜の最後って必ず縦の二本線があるんだよ、終止線って言うんだけど・・・(琉菜に楽譜を見せる)ほらこれ」
琉菜:「あ、ほんとだ」
健人:「どんなにたくさん練習したって、この線にたどり着けば曲は終わるんだよ。・・・まぁ、当たり前なんだけどね。
だいたいは一回演奏した曲ってもうやることないからさ。なんていうか・・・お客さんの前で演奏した時ってやり切ったと同時に、もうこのメンバーでこの曲を奏でることはないんだなって、寂しいなって感じるんだ。
楽器や楽譜や聴く人がいることで形になるのが音楽だから、一人では絶対完成しないんだよ。色んな人が関わってやっと音になって、時間をかけて練習したのが曲になる。でも、どんなに長い時間をかけたって終われば一瞬なのってさ」
琉菜:「うん」
健人:「人生みたいだなぁって」
琉菜:「ふふ、確かに」
健人:「だから・・・さいごまで愛していきたいって思うんだ。音楽も、人生も」
琉菜:「うん」
健人:「・・・ってすごいキザなこと言ったね僕!冷静になったら恥ずかしくなってきた!!」
琉菜:「かっこいいよ」
健人:「へ?」
琉菜:「健人、かっこいいよ」
健人:「か、かっこよくない・・・です・・・」
琉菜:「ちゃんと健人の愛は音に乗って伝わってきてるよ」
健人:「うぅ・・・嬉しいけど恥ずかしい・・・」
琉菜:「もっと言った方がいい?まだまだ言えるよ!」
健人:「やめて!!もう充分だから!!」
琉菜:「にひひ~!照屋さんめ~!」
健人:「琉菜は慣れてるかもしれないけど、僕は褒められるの慣れてないんだよ~!」
琉菜:「え?私褒められることないよ」
健人:「嘘だ」
琉菜:「ほんとほんと」
健人:「すごく歌上手いじゃん」
琉菜:「・・・全然だよ」
健人:「そんなことな(いと思うけど)」
琉菜:「(かぶせて)ほぉら、そろそろ帰る時間だよ!帰ろう!」
健人:「う、うん」
健人N:駅まで一緒に歩く。あの曲のイントロが好き、あの間奏が好き、あの音が好き。帰り道さえも音楽の話ばっかりで
琉菜N:やっぱり私は歌うことが
健人N 僕は演奏することが
琉菜N 好きなんだって実感する
~健人の部屋~
健人:「・・・明日は選抜発表か。高校最後の大会くらいは出たいな。・・・大丈夫、今ならきっとーーー」
~間~
~次の木曜日の音楽室~
琉菜:「やっほー健人!一週間ぶり~!今日は何から歌おうか」
健人:「・・・」
琉菜:「私さぁ、久しぶりにミスアプ歌いたいんだよね!昨日動画見てたら歌いたくて歌いたくてうずうずしてたんだ!」
健人:「・・・」
琉菜:「健人?」
健人:「・・・」
琉菜:「おーい健人ってば!!」
健人:「っな、なに?!」
琉菜:「ミスアプ歌いたいんだけどいいって聞いてるの!」
健人:「あ、うん・・・いいよ」
琉菜:「・・・なんかあった?」
健人:「ごめん。ちょっとぼーっとしてた」
琉菜:「大丈夫?疲れてるなら今日はやめる?私は別に来(週でもいいよ)」
健人:「(かぶせて)やる!やるよ!」
琉菜:「・・・ほんとに?」
健人:「うん!」
琉菜:「無理してない?大丈夫?」
健人:「大丈夫だよ!」
琉菜:「・・・」
健人:「ミスアプだよね!どの曲にする?僕が吹けるのは「恋のまま」だけどそれでいい?」
琉菜:「うん」
健人:「おっけ!じゃあ始めようか」
琉菜N:健人が息を吸う。フルートから音が流れる
違う。そうすぐに感じた
私も音に合わせて歌う。でも、噛み合わない
たった二人の音楽はどんどん崩れていく
たった四分が長く感じた
~演奏終わり~
健人:「・・・ふぅ。懐かしかった~久々に吹いたよ」
琉菜:「・・・」
健人:「・・・」
琉菜:「・・・ねぇ、健人」
健人:「・・・なに」
琉菜:「やっぱ無理してるよね」
健人:「へ?してないよ!」
琉菜:「(被せるように)嘘でしょ」
健人:「嘘じゃないよ」
琉菜:「じゃあ言い方を変えるね。・・・私と演奏してて楽しくなかったでしょ」
健人:「そんなことないよ!僕は楽しかった」
琉菜:「私は楽しくなかったよ」
健人:「っ」
琉菜:「なんか、健人の音と私の歌が噛み合ってなかった。音が優しくなかった。・・・健人も感じてるんじゃないの」
健人:「・・・」
琉菜:「何かあったの?」
健人:「・・・」
琉菜:「私でよければ話聞くよ?」
健人:「なにもないよ」
琉菜:「なにもないわけないじゃん。こんなに音が乱れてるのに」
健人:「なんにもないんだよ!!!」
琉菜:「っ!健人・・・?」
健人:「僕には何もない・・・。何もないんだよ」
琉菜:「どうしたの?」
健人:「・・・」
琉菜:「健人?」
健人:「・・・選ばれなかったんだ選抜」
琉菜:「え?」
健人:「吹部の大会のやつ。昨日選抜メンバー発表されたけど、僕はその中に入ってないんだ」
琉菜:「・・・」
健人:「これで記録更新。三年連続僕は選抜に選ばれなかった」
琉菜:「そんな、健人上手いじゃん」
健人:「僕は上手いわけじゃないんだよ。僕なんかより上はたくさんいるし、僕なんかより上手い人はいっぱいいる。ただの下手の横好きでやってる僕なんかより一生懸命努力して、才能がある人なんていっぱいいるんだよ」
琉菜:「・・・」
健人:「琉菜だって歌上手いんだからさ、僕なんかよりもっと上手な人とやった方が楽しいと思うんだ」
琉菜:「・・・は?」
健人:「だってこの世界、上には上がいるしレベルが高い人とやった方が自分のレベルも上がるから楽しいでしょ?さっき琉菜も言ってたじゃん、僕と歌ってて楽しくないって。そりゃあそうだよ、僕下手だもん。何年やっても上手くならないんだから」
琉菜:「・・・」
健人:「僕はさ、琉菜みたいに才能はないんだよ。僕なんかとやる時間なんてもったいないと思うんだ。だから」
琉菜:「さっきから黙って聞いてれば、僕なんか僕なんかって。何言ってるの」
健人:「なにって事実を言ってるだけだよ。僕は才能がないゴミなんだよ」
琉菜:「・・・じゃあ私はゴミと一年以上一緒にやってきたってこと?」
健人:「(自傷気味に)そうだね。そうなるね」
琉菜:「っ!」
~健人の頬を思いっきり叩く琉菜~
健人:「がっ・・・!」
琉菜:「バカじゃないの!!!」
健人:「・・・え?」
琉菜:「バカじゃないの!!ゴミとか言わないでよ!!僕なんかって言わないでよ!!今までの私たちの時間を否定しないでよ!!!」
健人:「・・・っ」
琉菜:「上には上がいる?一生懸命努力して、才能ある人なんていっぱいいる?そんなの当たり前でしょ!」
健人:「だ、だろ。だから僕なんかよりーー」
琉菜:「私は!!健人の演奏だから楽しいの!!健人の音だからいいの!!健人のフルートと一緒に歌いたいの!!!代わりはいくらでもいるかもしれないけど、私はあんたがいいの!!それが理由じゃダメなの?それだけじゃダメなの??ねぇ!!」
健人:「だ、だって、下手な僕とやるのは時間の無駄じゃん」
琉菜:「無駄だなんて一回も思ったことない!!」
健人:「・・・」
琉菜:「無駄だって思うなら、毎週ここに来てないよ」
健人:「・・・」
琉菜:「逆に聞くけどさ、健人は今まで楽しくなかったの?私と過ごした時間は全部無駄だったの?」
健人:「そんなわけない!琉菜の歌に合わせて演奏するのは楽しかったし、無駄なんて一度も」
琉菜:「じゃあそれでいいじゃん」
健人:「え・・・」
琉菜:「私たちプロでもなんでもないんだよ。楽しめればいいじゃん」
健人:「でも・・・」
琉菜:「でも?なにさ」
健人:「琉菜は歌が上手いじゃん」
琉菜:「全然だって言ってるでしょ」
健人:「そんなことないよ!きっと外に出ても通用するくらいの力を持ってる」
琉菜:「・・・」
健人:「だからそんな君と一緒に演奏するなら下手のままは・・・足を引っ張るのは嫌なんだよ」
琉菜:「・・・私だってまだまだだよ」
健人:「僕はそう思わない」
琉菜:「(かぶせて)落ちてるんだ」
健人:「・・・え?」
琉菜:「オーディション。全部落ちてるの。しかも一次審査で落ちてる」
健人:「えっ」
琉菜:「健人と一緒に歌うようになって、私も思ったんだよ。今の私なら一歩外に出ても馴染めるかもしれない、歌手とかなれるかもしれないって。でも現実は甘くなかった。どんなに最高の状態で歌っても合格なんてもらえなかった。何回落ちたかなぁ。もう数えるのもやめちゃった。それくらい落ちてる」
健人:「・・・」
琉菜:「才能ないんだって実感したし、歌う度、不合格って文字がよぎるようになった。でも、健人と歌う時はそんな不安なんてなくて、すっごく楽しく歌えたの。だから毎週木曜日は楽しみで大好きだった」
健人:「・・・」
琉菜:「私もさ、まだまだなんだよ。あんたと一緒」
健人:「・・・琉菜」
琉菜:「まだまだだけどさ、それでいいと思ってる」
健人:「そうかな」
琉菜:「そうだよ。選抜に選ばれない健人とオーディションに受からない私。私たちさ、一人なら全然なんだよ。上手い人の足元にも及ばない。でもさ、全然同士が集まれば多少はマシになると思うんだ。成長の可能性は無限大ー!的な?」
健人:「・・・うん」
琉菜:「それにね、私たちだからできる音があると思うんだよ」
健人:「僕たちだけの?」
琉菜:「そう。私たちだけの音」
健人:「・・・」
琉菜:「きっとさ、健人のフルートと歌うから私はあの歌い方になるんだよ。他の人と歌ったら少しは空気感が変わると思う。というか変わるんだよ。
私ね、冗談抜きで健人と一緒に歌ってる時が一番楽しいし好き。・・・健人はそう思ってないかもしれないけど」
健人:「僕だって琉菜と一緒だと楽しいし、落ち着く」
琉菜:「・・・よかった。私だけだったらどうしようって思った」
健人:「楽しくなかったら一年も一緒にやらないよ」
琉菜:「そうだね。じゃあこれからも一緒にしてくれる?」
健人:「僕なんかでいいの」
琉菜:「健人がいいんだよ」
健人:「・・・なんか告白みたい」
琉菜:「あっ確かに」
~笑い合う二人~
琉菜:「よし、もう一回歌おう!」
健人:「・・・うん!」
琉菜:「曲はもちろん」
健人:「「恋のまま」でしょ」
琉菜:「うん!それじゃあいくよ」
健人:「ちょっと待ってまだ僕準備できてない」
琉菜:「もー早くしてよ」
琉菜N:目を合わせ健人が息を吸う。さっきとは違う優しいフルートの音が音楽室に響く。もう、健人の音に迷いはなかった
健人N:僕の音に琉菜の歌声が合わさる。僕の音を聴きながら真っ直ぐだけど楽しそうに歌っているのが伝わる
琉菜N:一曲があっという間に終わった
健人:「・・・ふぅ」
~健人を見つめる琉菜~
~それに気付き困ったように笑う健人~
健人:「全然違ったね」
琉菜:「うん。さっきと違った。私たちの音だった」
健人:「そうだね。音と声がちゃんと合わさってた」
琉菜:「うん」
~少しの間~
琉菜:「ねぇ、納得してないでしょ」
健人:「えっ」
琉菜:「その反応は図星だな?」
健人:「えーと・・・うん」
琉菜:「やっぱり」
健人:「そう言う琉菜もでしょ」
琉菜:「・・・バレちゃったか」
健人:「バレバレだよ」
琉菜:「ふふっ、鋭いね」
健人:「一年間一緒にやってきたんだよ。わかるよ」
琉菜:「だね。
・・・ねぇ、せっかくなら試してみない。まだまだでダメダメな二人がどこまでいけるか」
健人:「え?どういうこと?」
琉菜:「大会」
健人:「・・・え?」
琉菜:「大会に出ようよ!なんかネットでよさげなの探してさ、やってみようよ!」
健人:「そんなの怖いよ」
琉菜:「私も怖いよ。・・・一人ならね」
健人:「え?」
琉菜:「二人で出れば悲しみも苦しみも半分こ。そうでしょ」
健人:「琉菜・・・」
琉菜:「さ、どうする?やる?やらない?」
健人:「・・・優勝なんてできないよ」
琉菜:「できないだろうね」
健人:「最下位の可能性だってあるんだよ」
琉菜:「充分にあるね」
健人:「それでも」
琉菜:「それでもいいと思ってる」
健人:「・・・琉菜」
琉菜:「あとは、健人次第だよ」
健人:「・・・正直自信はない」
琉菜:「うん」
健人:「今までの僕ならすぐに断ってたと思う」
琉菜:「うん」
健人:「でも、今は断ろうって思えないんだ」
琉菜:「・・・うん!」
健人:「僕一人じゃなくて琉菜と一緒ならやってみたい。大会出てみたい」
琉菜:「うんうん!そうこなくっちゃ!色んな人に私たちの音聴いてもらおう!」
健人:「うん!」
~間~
~時は流れ、大会当日~
健人:「うわぁ・・・人が多い。これだけで緊張する」
琉菜:「なにせこの近くでは一番人が集まる大会だからね」
健人:「もっと少人数からでよかったんじゃない?いきなりこれはきついって」
琉菜:「あんたもこれにしよう!って言ってたじゃん。今更文句言わないでよ」
健人:「だ、だってこんなに人が集まるとは思わなかったんだもん」
琉菜:「吹部の演奏会とかで人前とかで吹いてるんでしょ。それと変わらないって」
健人:「それとこれとは違うっていうか・・・。僕なんかがこんなとこにいていいのかな」
琉菜:「その「僕なんか」って言葉テンション下がるから禁止ね!」
健人:「えぇ~だって・・・」
琉菜:「自分を卑下するのは簡単だよ?自分の否定なんていくらでもできるんだから。私もしてきたし。でもね、あんたが否定したら私も否定されることになるの。それは嫌だ」
健人:「ごめん」
琉菜:「それに何度も言うけど、私は健人だからいいの。わかった?」
健人:「は、はい」
琉菜:「なにその微妙な反応。分かるまでどうして健人がいいのか語ってもいいんだよ。まずねー」
健人:「わかった!わかりました!それ以上は恥ずかしいから言わなくていいよ!」
琉菜:「ふふっ。はいはい。
そういえば、神澤先生この大会見に来るって言ってたよ」
健人:「え?!そうなの!?」
琉菜:「うん。・・・って聞いてなかったの?」
健人:「一言も言ってなかったよ」
琉菜:「そうなんだ。大会に出るんです~って言ったら「その日は空いてるから行こうかな」って言ってたよ。なんでか椿ちゃんと来るって言ってたな」
健人:「そ、そうなんだ」
琉菜:「「どこで練習してるの」って言われて冷や汗かいたけどね。多分バレてないはず」
健人:「は!?まだ言ってなかったの!!」
琉菜:「当たり前でしょ!言うわけないじゃん!」
健人:「えぇ・・・」
琉菜:「ちゃんと健人と二人で出るんですとは言ったよ?」
健人:「なんでそれは言うの?!・・・うぅ、一気に吐きそうになってきた」
琉菜:「えぇっちょ、大丈夫?ここで吐かないでよ」
健人:「・・・ちょっとトイレ行ってくる」
琉菜:「うん、わかった」
~健人を見送り、改めてステージの方を見る~
琉菜:「人、多いなぁ。・・・よし、最終チェックをしよう」
~イヤホンを取り出し大会で歌う曲を聞く琉菜~
~少しの間~
健人:「うぅ、少しだけ楽になった気がする。琉菜、ただいま」
健人N:僕に気付かないままイヤホンをして、目を閉じて小さく口ずさんでいる彼女を見て、初めて琉菜と出会った時を思い出す。誰もいないと思っていた音楽室で気持ちよさそうに歌っていた彼女を見て僕は動けなくなった。目を逸らすことができなかったんだ
~健人と目が合い、イヤホンを外す琉菜~
琉菜:「聴いてた?」
健人:「うん、聴いてた」
琉菜:「帰ってきてたなら声かけてほしかったんですけど?」
健人:「ただいまって言っても気付かなかったのはそっちでしょ」
琉菜:「ほんとに言った~?」
健人:「言いました~。・・・イヤホン」
琉菜:「へ?」
健人:「あの日、琉菜がイヤホン落とさなかったら僕らはこうしてここにいないよなって思って」
琉菜:「あー確かに。あの時はオーディションに応募したり、大会に出るなんて考えてもなかったな」
健人:「僕もだよ。誰かの歌に合わせて吹くなんて思ってなかった」
琉菜:「しかも一年以上ね」
健人:「ほんとに。
・・・さ、そろそろ出番だね。行こうか」
琉菜:「・・・」
健人:「琉菜?」
琉菜:「ねぇ、健人」
健人:「なに?」
琉菜:「・・・手、握ってくれない」
健人:「え、なんで」
琉菜:「私だってこんな大勢の前で歌うの初めてだから緊張するの。それで・・・落ち着くために手を握ってほしい・・・」
健人:「・・・いいよ。(琉菜の手を握る)これでいい?」
琉菜:「うん。ありがとう。・・・手、細いね。でもちゃんと男の子の手だ」
健人:「そう、なのかな」
琉菜:「落ち着く」
健人:「・・・ねぇ琉菜」
琉菜:「なに?」
健人:「・・・君が気持ちよく歌えるように僕なりに頑張るよ」
琉菜:「うん。頼りにしてる」
健人N:僕らの番号が呼ばれ、僕たちはステージに立つ。いつもなら仲間がいて、多くの楽器が並んで狭く感じるステージには僕ら二人しかいない。でも、不思議と怖くはなかった
琉菜N:多くのお客さんの拍手に思わず後ずさりたくなりそうなのをグッと堪える。隣を見ると健人と目が合った。そうだ私は一人じゃない、隣には健人がいる。そう思ったら肩の力が抜けたのが自分でもわかった
健人N:フルートを口に当て、琉菜の方を見る。緊張はもうしてないようだった
琉菜N:健人が息を吸うとフルートの音色がこの会場に響く。いつもとは違う反響の仕方、音の感じ方、そして不安なんてない彼の音色が私の気持ちを昂らせる
健人N:琉菜の歌声が僕の歌声に合わさる。芯のある彼女の歌声が曲をどんどん深めていく。僕も指がどんどん動いていく
琉菜N:やっぱり健人の音好きだな
健人N:やっぱり琉菜の歌はすごいな
琉菜N:すごく楽しい。曲の画が見える
健人N:僕たちはきっと同じ画を見ている。そう感じるくらい演奏と歌が重なり合う
琉菜N:気付けば曲がもう終わる。私が最後の歌詞を歌うと健人のフルートだけになる
健人N:五線譜の終わりが見えてきた。あぁ、終わっちゃう。終わってしまう。やっぱりこの瞬間は少し寂しい
琉菜N:最後の音が響く
健人N:少しの静寂の後、たくさんの拍手の中で僕たちの出番は終わった
~ステージを降りて目を合わせるとハイタッチをして笑い合う二人~
~長めの間~
~卒業式の日、桜の木の下で話す二人~
琉菜:「卒業おめでとう健人」
健人:「琉菜もおめでとう」
琉菜:「ありがとう。はーあ、今日でJKも卒業かー!寂しいなー!」
健人:「別によくない?」
琉菜:「わかってないなぁ健人くんは!JKブランドって大切なのよ?JK失ったら一気におばさん扱いよ?制服着てる女子は無敵なんだから」
健人:「そんなことないと思うけどなぁ・・・」
琉菜:「はー、これだからJKブランドのすごさをわかってない男子はダメなんだぁ!」
健人:「・・・ごめんなさい?」
琉菜:「悪いと思ってないでしょ!・・・てか部活メンバーに挨拶とかあるんじゃないの?ここにいていいの?」
健人:「うん、軽く済ませてきたからいいんだ」
琉菜:「ふーん。「先輩卒業しないでくださいーー!!」って泣いてる後輩とかいなかったの?」
健人:「別の同級生は言われてたけど、僕は言われなかったよ」
琉菜:「悲しい?」
健人:「別に」
琉菜:「・・・そーいうもん?」
健人:「そーいうもんだよ」
~音楽室を見上げる二人~
琉菜:「音楽室か・・・。いっぱい通ったなぁ」
健人:「そうだね。まさか部活以外でも行く日が増えるとは思わなかった」
琉菜:「・・・そういやあの日、なんで音楽室に来たの?」
健人:「あの日って?」
琉菜:「ほら、いっちばん最初に会った日。だって吹部休みの日じゃん」
健人:「・・・言ってなかったっけ?」
琉菜:「うん聞いてない。あっもしかして私みたいに忘れ物したとか?!」
健人:「違うよ。自主練したかったんだ」
琉菜:「あーなるほど」
健人:「あの時から僕は下手くそだから周りに置いていかれないようにしなきゃって感じてたから練習しようと思って」
琉菜:「だから音楽室に来たわけね。そしたら私が歌ってたと」
健人:「誰もいないと思ってたからびっくりしたよ」
琉菜:「私も歌い終わったら知らない男子と目が合ってびっくりした」
健人:「そりゃあそうだよね。・・・でも、あの時音楽室に行ってよかった」
琉菜:「私もそう思う。あそこから全部始まったんだもん」
健人:「・・・結果、どうだろうね」
琉菜:「どうかなぁ」
健人:「・・・」
琉菜:「あの時は過去最高だったよ。私はそう思ってる。だから大丈夫だよ」
健人:「・・・そうだね」
琉菜:「・・・」
健人:「・・・」
~なんとなく会話が途切れ桜の木を見つめる二人~
~そこに琉菜の携帯の通知音が鳴る~
琉菜:「ん、メールだ」
健人:「誰から?」
琉菜:「っ!大会からだよ」
健人:「ほんと?」
琉菜:「うん」
健人:「・・・ドキドキする」
琉菜:「・・・開くよ」
健人:「・・・うん」
琉菜:「(メールを開く)・・・っ」
健人:「どう、だった?」
琉菜:「・・・」
健人:「(琉菜の言葉を待つ)」
琉菜:「・・・い」
健人:「え?」
琉菜:「・・・36組中14位」
健人:「っ!」
琉菜:「・・・」
健人:「・・・」
琉菜:「はーあっ!悔しいな!!すっごく悔しい!!」
健人:「・・・うん」
琉菜:「いけると思ったのになぁ!!やっぱりそう上手くはいかないね!!」
健人:「・・・ごめん。僕がもっと上手ければ」
琉菜:「そんなの関係ない」
健人:「だって、だって君は完璧だった。それなら原因は僕だよ」
琉菜:「私の力だって足りてないんだよ」
健人:「そんなこと」
琉菜:「でも楽しかった!!」
健人:「え?」
琉菜:「だってね、私の中ではあの日の演奏は完璧と言っていいくらいよかった。一番気持ちよく歌えたのは大会の日だったもん。景色がね見えたの!ステージにいたはずなのに曲の世界に入り込めたようなそんな感覚になったんだよ。それってすごいことじゃない?」
健人:「でも、一番にはなれなかった」
琉菜:「・・・うん」
健人:「完璧だと思えたのに」
琉菜:「うん」
健人:「やっぱり僕なんかより、別の人とだったらもっと上にいけたかもしれな」
琉菜:「あーもうっ!!どんどん下がることしか言わない悪い口はこの口ですかー!!(健人の両頬を引っ張る)」
健人:「い、いだいっ」
琉菜:「私たちは過去最大で最高な音楽を生み出せた。でも力が及ばなかった!!!それでいいじゃん!!というかそれが事実でしょ!!!他になにか言いたいことある??!」
健人:「(琉菜の手を振りほどき)だからだよ!!」
琉菜:「え?」
健人:「一番だったから!!君の歌声が今までで、大会の中で一番輝いてたから!!!同じ景色が見えたから!だから悔しいんだ!!っ悔しいんだよ」
琉菜:「・・・うん」
健人:「悔しい・・・悔しいよ・・・。誰よりも素敵だった。誰よりも心が籠ってた。それを隣で聴けて良かったと思うくらいよかったんだ。一緒に吹いてて気持ちよかったんだ。なのに、なのにっ!」
琉菜:「健人」
健人:「僕のせいで・・」
琉菜:「・・・よかった!」
健人:「・・・は?」
琉菜:「いや、私の歌声が健人に届いてたんだなって思うと嬉しくて。認めて貰えたのが嬉しくてね」
健人:「・・・」
琉菜:「あそこで歌った意味があったんだなって嬉しくなっちゃった。正直、あんなに大きな会場でたくさんの人がいるのに誰にも届いてなかったらどうしようって思ったんだ。どんなオーディションでも不合格って言われるような私だよ?可能性としてはありえるじゃん?」
健人:「僕には君の歌はずっと届いてるよ」
琉菜:「その言葉が聞けただけであの大会に出た意味があるよ」
~頭を撫でる琉菜~
琉菜:「ありがとうね」
健人:「・・・ごめん」
琉菜:「謝らないでよ」
健人:「ぐすっ、ごめんっ」
琉菜:「もー泣かないでよ」
健人:「だって、だって・・・!」
琉菜:「あーあっ!負けちゃったな!!悔しい!!!・・・悔しいなっ!!!!」
健人:「うん」
琉菜:「悔しいな・・・っ」
健人:「うん・・・」
琉菜:「すっごく悔しい!!私たちならいけるって思ったのになぁ!!もっと上だと思ったのになぁ!!悔しいなぁ!!!」
健人:「うんっ、僕も悔しい!!」
琉菜:「はーあっやっぱり私たちまだまだだ!!」
健人:「そうだねっ」
琉菜:「でも、なんかやる気出てきた!絶対次は負けない!!もっと上を目指してやる!!」
健人:「・・・うんっ」
琉菜:「絶対、ぜーーーーったい負けないんだからぁ!!見てろぉ!!」
健人:「見てろおぉ!!」
~顔を見合わせ笑い合う~
琉菜:「ふふっ変な顔」
健人:「そっちこそ」
琉菜:「うるさいよ。はぁーあ、これで本当にJK終わりだ。・・・楽しかったな」
健人:「うん」
琉菜:「思い出は色々あるけど、健人と過ごした時間は本当に楽しかった」
健人:「僕もだよ」
琉菜:「ほんとに?」
健人:「嘘だったらこんなに泣いてない」
琉菜:「それもそうだ。高校で最高の友達に出会えてよかっ、た?」
健人:「なんで疑問形なの」
琉菜:「いや、なんというか・・・友達はしっくりこないなと思って。でも親友も違うというか。私たちの関係ってなんだろうね」
健人:「・・・戦友かな」
琉菜:「戦う友と書いて戦友?」
健人:「そう、苦しいことも楽しいことも音楽を通して越えていく戦友」
琉菜:「まさか健人とかそんな言葉が出るなんて思わなかったな」
健人:「違う・・・かな?」
琉菜:「ううん、確かに私たちにぴったりな言葉だね」
健人:「でしょ」
琉菜:「うん」
健人:「・・・ずっと言いたかったんだけどさ」
琉菜:「ん?なに?」
健人:「ありがとう」
琉菜:「へ?」
健人:「僕のフルートと一緒に歌ってくれてありがとう。琉菜と過ごさなければ僕の音はどこにも活かされなかった」
琉菜:「こちらこそありがとう。曲を通して色んな景色を見せてくれて。おかげで楽しかった!五線譜の終わりまで愛してる人と巡り会えてよかった」
健人:「・・・僕が自信を持てるのはそれくらいだから」
琉菜:「もっと他の事にも自信持っていいのに」
健人:「僕はまだまだだよ」
琉菜:「そっか」
~少しの間~
琉菜:「ねぇ戦友!」
健人:「な、なに」
琉菜:「大学は違うけどこれからもあんたと思い出作ってもいいかな?」
健人:「いいかなじゃないでしょ」
琉菜:「え?」
健人:「作っていくんでしょ」
琉菜:「・・・へへ、うん!」
~二人笑い合う~
琉菜N:二人揃ってもやっぱりダメダメで
健人N:まだまだな僕たちだけど、心は不思議とスッキリしてて
琉菜N:卒業した私たちを迎えるように晴れた空に桜が舞った
終わり
五線譜の終わりまで愛して 菜乃花 月 @nanohana18
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