生かし、生かされている。

干支丸 過負荷

第1話 理想と現実

みなさんは「いただきます」その言葉、どんな意味だと考えているだろうか。


私は普通の家庭に生まれ、普通に学校に行き、

普通にご飯を食べる。


当たり前にある食べ物に、何気なく言う

「いただきます。」

そんな言葉の意味さえその時の私は理解していなかったということを知ることになる。


私が言う普通も、普通では無いという人もいるだろう。私が置かれている状況は非常に運が良かったのだろう。


そんなことはどうでもいい。


私はこの春、とある農業高校へと入学した。


農業高校と言えばみんなは畑仕事を思い浮かべることだろう。だが実際、農業と一言で言えど様々な仕事が含まれる。


米や野菜を育てるのも農業。

牛や豚を育てる畜産も農業だ。


私は幼い頃から動物が好きだった。

その事もあり、動物園の飼育員になりたいと、夢を持ち、動物と触れ合いながら学べる、

畜産科へと入った。


私は夢や希望で溢れていた。


実習の日になり、新しく仕立てられた作業着を着衣し、クラスメイトと共に農場へと向かう。


農場に着くと、それまでの空気とは違い、

獣特有の匂いがした気がした。


私は初めて本物の牛や豚、鶏などの家畜を見た


皆さんは農場と聞くと、どんな光景を想像するだろう。僕は広い原っぱに牛が居たり、小屋の中で鶏が鳴いているのを想像していた。

だが、現実は違っていた。


牛はそれぞれ決められた場所に繋がれたり、

分娩が近いものは個室に移されたり、決められた時間に広場へと放たれる。


鶏はヒナの頃は育雛器いくすうきというもので飼育され、大きく成鶏になると、狭いゲージへと移されるのだ。


豚は母豚ぼとんやオスの種豚たねぶたは狭い部屋で管理され、子豚が産まれるとある程度は母豚と共に過ごすが、その後は別の部屋で肥育されていく。決して広いとは言えない部屋に入れられ、出荷までの約半年という命を全うするのだ。


こんな現実を見た私だが予想はしていた。

仕方の無いという一言でまとめてはいけないとは思うが仕方がないのだ。


ヴィーガンの人たちがデモをするのも分からんでもない。


だが私たち生産者も努力はしているのだ。

アニマルウェルフェアというものがあり、

「快適性に配慮した家畜の飼養管理」というものだ。要は生きている間できる限りストレスを

減らそうというものだ。


例えばスイスなどでは卵を産む鶏、卵用らんようの鶏のケージ飼育が廃止されているらしい。


だが日本はまだ遅れているようだ。


まぁこれも仕方ない。


そう、こうやって仕方ないと思うしかないのだ


よく考えて欲しい、海外ではものすごい広さで飼育できるのに対し、日本は小さいのだ。


それに牛の鼻についている輪っかが分かるだろうか、鼻かんと言うのだがあれを付けないのも

アニマルウェルフェアだとどこかで聞いた気がする。

だが、そんなことしてみろ、人の手では牛を

制御することなんて無理だ。


だからそう、仕方ないのだ。


こうやって聞くと悪いことしかないと思われがちだが、そうでも無い。


怪我や体調不良が見られれば獣医を呼び、治療をするし、設備に不備があればすぐに直す。

家畜の用途に合わせた飼料をしっかりと与えられる。



初めての実習に取りかかった、想像の何倍も

大変な作業だ。


まずは除糞じょふんだ。

牛が座っているマットの後方にある溝蓋みぞぶたに乗っている、大きな糞をはじめてみた時の驚きは今でも覚えている。

私たちは、まず牛を外の運動場へと連れ出し、糞を溝のとこにあるバーンクリーナーというベルトコンベアのようなものに落としていく。


そのあとは水を流し、通路やマットの汚れを落としていく、牛舎ぎゅうしゃの広さも相まって非常に大変だ。


その後、牧草をそれぞれのエサ箱へと入れていき、エサ箱から落ちた古い牧草や、ホコリなどを掃除していく。


そうして作業が終わったが、牛たちが牧草を食べているを見て

牛の魅力に気づいたような気がした私たちは疲れを忘れ、自分たちよりおおきなこの生物をかじりつくように見ていた。

私はもうその時には牛という生き物に惚れ込んでいた。


これが後に私が牛飼いへとなるきっかけになったのだ。


高校生活はまだ始まったばかり、これから

まだまだ魅力を発見できるということで私は

己の感情のたかぶりを感じていた。


これからどんなことをしていくのだろう


私は何も知らなかった時の期待を遥かに超える

期待を持ち、畜産という沼へハマっていく。














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