35.贅沢という経験
「これなんかどうかね?」
街の武具屋で。なんか華美な飾りのついた太刀を持って、エルズが言う。
「おお、エルズ様。お目の高い。それは刀身に帯魔金属を用いた刀でございましてな。値は張りますが、エルズ様にお似合いですぞ」
店の主人が出てきて、エルズに張り付くようにしてよく回る舌を蝶々と使う。
「いや、私が持つのではないんだ。この連れが使うのだよ」
エルズはそう言うと、俺にその太刀を渡した。
「これ、抜いてみていいか?」
俺は店の主人に聞いた。
「店の中庭に巻き藁も用意してありますぞ。試し切りも出来るようにと」
「使わせてもらうよ」
店の奥の扉を開けると、中庭があって。そこには巻き藁が立ててあった。
「……アルバド、刀なんて使えるの?」
ネレイドが聞いてくるが。
「さあ?」
俺はなんだか、頼りない答えを返しながら、刀を鞘から抜いた。
「ふんっ!!」
巻き藁に向かって、斬りつける。
おお!!
「……すげえ……。太刀使いのセンスが……段違いに」
アルズが驚く。
「無いね」
エルズが苦笑する。
俺が巻き藁に斬撃を放った刀は、見事に巻き藁に刺さったままで。
全然斬れてなかった。
* * *
結局。武具屋では、アルズがその太刀を買った。アルズには武器コレクターみたいなところがあるらしく、町長の屋敷のアルズの部屋には、武器がいっぱいあるそうな。
「結局。俺には、銛がいいみたいだよ」
「上手く使っているしね」
おれが、別に残念そうでもなくそう言うと。エルズも物事にこだわらないような表情で言った。
「つぎは、お茶にしよう」
エルズがそう言って。街を歩き始めた。
* * *
「シュシュルンの茶葉を使った、抹茶にございます。茶請けは、蒸し甘芋の乾物になります」
茶屋では畳張り、白壁の部屋に通されて。座布団の上に正座した、俺とネレイド、エルズとセニアン。アルズは胡坐をかいていたが。その前に、茶屋の主人が立てた茶が勧められた。
俺とネレイドは、礼儀が支配した空間でどう動いていいのか分からずに硬直していたが。
セニアンが、すいっと動いた。
大きな茶碗に手を添え、一口飲む。そして、飲み干す。
茶碗を畳の上に置き、飲み口を三度回して。ぺこりと礼をした。
「申しては何ですが。シュシュルンの茶葉、今年は不作ですか?」
「お分かりになられますか。天候不順が続きまして」
「渋みの質が違います」
「お止めになられますか?」
「いえ。続けてください」
「承知いたしました」
なんだか。研ぎ澄まされた怖いやり取りがなされているのだけは感じる。
たかがお茶の味が、何かを決める世界。
俺には想像がつかなかったけど、そんな世界もあるんだなって。
アルズは、茶をずるずる音を立てながら啜って、干し芋みたいなお茶請けをもぐもぐ食べて、お代わりを要求していたな。
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