34.小金の使い方

「あ、あ、あ、アルバドっ!!」

「? どした? ネレイド」

「これ見て……」


 俺たちの借り部屋で。ネレイドが何かおっそろしいものでも見たかのような声を上げる。


「……金だな」

「金貨だよう。しかも十枚も」

「シャレにならん額だな。こんな額を包んで渡してくるとは……。あのエルズって奴。何か企んでるのかも」


 金子を包んでいた紙を破ったら、出た来たのが金貨十枚。銀貨だと思っていたのに。これはまずくないか?


   * * *


「やあ、やはり来たね」

「エルズ。何を企んでるんだ?」

「何も」

「何も企んでない額じゃない」


 俺は、昨日貰った名刺をさっそく使う羽目になった。事によっては金貨を返そうかと思って、エルズの家に来たんだ。


「小心者だね、アルバド君。君くらいの腕がある人ならば、そのくらいの小金。パッと使えると思っていたんだけどね」


 俺の訪問理由を聞くと。エルズは端麗な赤い顔を薄く笑わせてそう言った。


「わるいな。伊達に筋金入りの貧乏人じゃないんでね」

「わるいよ、それは。いい腕を持つものは、質の良い生活をして。世のためにもっと働かないと」

「おれは、魔法を使ったのは昨日が初めてなんだよ。腕のいいも悪いも、わかりやしないさ」

「まったく……。仕方ないね。自分がどれほどのものか、わかってない。おい、従事。アルズを呼んで来い。礼儀の磨き方を教える。外出するから、馬車の準備を」


 すすす……と出てきた物を言わぬ人影が、頷いて。奥に下がっていく。


「さて、アルバド君。ネレイドさんも。我が家の湯を使ってくれ。着物も、新しいものを出す。お金の使い方というものを教えるとしようじゃないか」


 その声に応じて、やはり物言わぬ人影が俺とネレイドを囲んで、手を取り。風呂の方に先導する。

 なんだか、凄く自然な扱い方をされたので。俺とネレイドは素直にそれに従ってしまった。


   * * *


「……ネレイド?!」

「う、うん……」


 銀髪に青い肌のネレイドは、髪を綺麗に切り揃えて結わえられて。青い肌に合う化粧を施されていた。その上に、略式とはいえ正装らしき格好をしていたので、まるで見違えた。


「アルバドだって、全然違うよ」


 俺も、髪を切られて顔剃りもされ、全身隅々まで丁寧に垢を落とされた上に香木を焚き染めた簡略正装をしていたので。鏡を見たら、これは俺か? と思うくらいの男ぶりだ、と。人ごとのように思ったんだが。


「さて、アルバド、ネレイド。俺が金の使い方を教えてやるぞ!!」


 あ。ウザいほうが来た。弟の方だ。


「アルズ……かよ」

「なんだ、アルバド」

「腕、直ったんだな」

「まあな。呪符をすごくいっぱい使ったけどな」

「揃ったか、三人とも」


 エルズが、そこで一人の女性を連れて部屋に入ってきた。

 綺麗な黒髪に薄青い肌。これが、エルズの奥さんかな?


「妻のセ二アムだ。今日は、妻に色々な作法を学ぶといい。私には出来ぬ細やかな諸作法を身に着けているからな」

「エルズの妻のセニアムと申します。此度は、皆様との同席を賜ったこと。光栄に思いますわ」


 凄く典雅な、礼をされて。

 俺は思わず鼻白んだ。あるいみ、怖い人種だ。

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