東雲一

01_白

 僕は目覚めるとーー。


 何もない……ただ真っ白なだけの世界にいた。


 この先に何があるのだろう。


 この世界の奥に何があるのか確かめずにはいられなかった。


 きっとなにかはあるはずだ。


 最初は、そんな希望を抱き、とにかく奥へ奥へと歩いてみたけれど、かなりの距離を進んだところで自分の考えが浅はかであったことに気づく。


 進んでも、どこまでも広がる白い空間を除いては何も見えてこなかった。


 この世界になんのために連れてこれたのか。


 この世界で何を果たせばいいのか。


 一切不明のままだ。

 

 白い世界にそのことを教えてくれる人はいない。手がかり一つない。


 訳も分からず、この世界に連れてこられ、訳も分からずこの世界をさまよい続けている。


 自分以外のものが存在しない。自分とそれを取り巻く白い空間だけが存在している。


 当然、食べ物もない。普通なら、飢え死にしてしまうが、この世界で飢えるという概念がなかった。いくら動いても、お腹が空かないのだ。不思議と何かを食べたいという食欲がわかない。


 飢えるという概念だけでなく、痛みという概念すらなくなっていた。白い空間で転んだが、痛くはなかった。身体も、傷ができたり腫れ上がったりしなかった。


 この世界では、僕の知る常識が通用しない。


 白い世界では、痛みを感じないが、歩いていると、身体に疲れはたまっていくのを感じた。ある程度、歩いたら、疲れをとるため、横になり目を瞑って寝た。

  

 毎日、毎日、その単純な行動を繰り返した。もはや、この世界に来てからどれくらいの月日が経っているのか分からなくなっていた。時計もなければ、太陽もない。時間を把握する術はゼロに等しかった。


 眠っている時、僕は、時折、夢を見た。


 真っ白な世界に過ごしているからといって、真っ白な世界の夢を見るわけではない。


 白い世界に連れて来られる前、僕には、大切な人たちがいた。白い世界に来てから、恐ろしい程の年月が経ち、その人たちのことを忘れてしまいそうだけど、時々、夢に出てきた。


 親や友人、恋人。今思えば、そんな大切な人たちに何をしてあげられていたのだろうか。たくさん支えられてきたし、たくさん助けられてもきた。もっと感謝の言葉一つでも言っておけば良かったと今更後悔している。


 この世界に来た以上、もう彼らとは話すことは愚か会うことすらできないのかもしれない。


 さらに、ある時を境に、大切な人が出てくる夢さえ見なくなった。かわりに、奇妙な夢を見るようになる。それも毎日、同じような夢を見るようになっていた。


 薬を飲まされる夢だ。ベットの上で寝ている僕は、白いライトに照らされて、研究者と思われる人物に、カプセル状の薬を飲まされた。


 なんの薬なのか、分からない。でも、飲むと気分が落ち着いた。何だか身体が熱くなった。身体にどんな作用を及ぼすのかは分からなかった。どうせ夢なのだから、気にすることないのだが、夢をみている時は、現実のように感じるものだ。最初は薬を飲まされるたびに恐怖した。


 とはいえ、そんな夢を何度も見せられ、薬に対する恐怖心が薄れていった。最初の方は、研究者に薬を飲まされていたが、何度も飲まされるうちに、自ら薬を飲むようになった。それを見て、研究者と思われる夢の人物は、いつも不気味な笑みを浮かべていた。


 夢から覚めれば、またいつもの白い世界だ。もはや、どちらが夢で現実なのか区別がつかない。


 僕は、ついに何度も繰り返される白い世界に嫌気がさして最後の手段をとることにした。それはとても勇気のいることだった。


 僕は、両手を首にやり、思いっきり締めてみた。


 だが、うまく行かなかった。もしかしたら、ここで僕の息の音を止めれば、この白い世界から抜け出せるかもしれないと期待していたが、そう簡単には行かないようだ。


 白い世界は、痛みや飢えという概念がない。それらは死に関係する概念だ。そもそも、この世界には死という概念がなかったのだ。


 白い世界から脱出するには何をしたら良いか分からなくなった。


 いつの日か歩くことをやめた。なぜかって、歩いても無駄だと気づいたからだ。


 歩くことをやめた僕は、かわりにストレッチをした。


 ただひたすらに、とにかく足を伸ばし、とにかく腕を伸ばした。


 痛みがないから、どこまでも伸ばせる。永遠に伸ばせるのではないかと思えてしまう。


 ストレッチするたびに自分の身体が着実に伸びていった。一年もすれば、ぐにゃぐにゃのゴム人間へと変貌を遂げた。


 ゴム人間と化した今では、自分の身体を自由自在に変形させられるようになった。


 意外と、これが楽しかった。白い空間で何もやることがなかったが、ストレッチをして、確実に今までできなかったことができるようになるなのは快感だった。


 自分が人間ならざるものになっていることは気づいているが、もう人間であろうとそうでなかろうと大した問題はなかった。僕以外は、誰もいないのだから、白い目で見られることもない。


 この世界のいいところはと聞かれたら、人の目を気にせず、自分の好きなことが自由にできるところだろう。人の目を気にし、広いようで狭かった世界とは違い、ここは誰の目もない。どこまでも自由な世界なのだと感じた。


 ある日、白い世界で目覚めた時、いつもと違う変化があった。


 へそに大きな出来物ができている。


 なんだろうと触れてみる。


 変化はない。何がきっかけでへそに出来物ができたのだろうか。心当たりがない。


 放置しておけば、自然と治るだろう。この時は、その程度に考えていた。


 だけど、いつまで経ってもへそにできた出来物は、消えなかった。それどころか、時間が経つにつれて大きくなっていく。


 へそに少しできた出来物は、いつの間にか、自分の身長ほどに成長し、ついに僕は動くことが困難になっていった。


 へその出来物はまだまだ成長し足りないようだ。成長速度は落ちない。むしろ、はやくなっているようにさえ思える。


 どこまで大きくなっていくんだ……。


 僕は、謎の出来物の異常な成長速度に底知れない不安を抱いた。

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