第8話 水原爽③ -dedication-
【水原爽】
ピッ。
通信が切断された音に、少し気が抜ける。自分の息切れがひどい。女の子との二人乗り。そして、全力疾走。いかに、ひなたが女子高生の平均を下回る体重と体脂肪率だとしても、支援型サンプルには、荷が重かった。
ネックレスが収集するひなたの
どう考えても、
「……爽君、大丈夫?」
「ん。大丈夫――」
大丈夫じゃ無いのは、俺の理性の方だ。ひなたは心配してくれているんだろう。背中に、暖かい温度を感じて――自分の血流が、より激しく巡っているような気がする。
生物学的には男――。
そう思っていたのに。生理学的にも、ちゃんと俺は男だったらしい。
(……って、雑念に囚われている場合じゃないだろ?)
桑島との通信を切った後も、心配は尽きない。さすがは実験室の戦闘型サンプル。桑島の位置情報もマーカーしているが、移動のスピードが想像以上に早い。
赤信号で自転車を止めた際、スマートフォンでGPSで位置情報を再検索したが、廃材・羽島と距離を少しずつ縮めつつある。
(問題は自分たちが、どの段階で追いつけるか……だよな)
桑島は無理をしそうだ。それが、一番の心配だった。
場合によっては公共交通機関に乗り換えてもいい。スピード勝負のカーチェイスをするつもりは無い。【廃材・羽島】をどのタイミングで停止させるか。本音を言えば、そのまま
ただ俺の中で別の迷いがある。
このまま実験室と、どう関わるのか――。
ひなたは【実験室】という組織についての知識が皆無と言っても良い。
勿論、俺だっても全貌を把握しているワケじゃない。
ただ【あの人】を介して、予備知識はある。そして、【あの人】による『庇護』があるからこそ、これまで実験室の干渉を受けなかった。ただ、それだけに過ぎない。
遺伝子研究特化型サンプルでありながら監視を緩和されていたのは、俺がトレンドから外れた【支援型】だから。それだって、度重なるフェイク情報、異なる研究論文を織り交ぜ、情報操作を施し続けた結果なのだ。
(……すごいよな)
息をつく。【あの人】の存在感と影響力に大きく助けられていることを実感する。元研究者が
(だからこそ……)
ひなたがどう選択するか――じゃ無い。
俺がどう選択するか。
無垢で、幼いサンプルに決断を託す内容じゃない。
(……俺は逃げたんだよな)
でも、そんな生半可な覚悟で、ひなたを守れるはずがない。
あの日の二の舞――それだけは、絶対にイヤだって思ってしまう。
失いたくないモノ、手放したくないモノ、後悔、現状認識、分析精査を繰り返す。
でも、現状――あまりに、情報が少なすぎた。
■■■
『覚悟はある?』
あの人は悪戯めかした笑顔で囁くが、こういう時……その目は必ず笑っていない。
――ある。
俺は頷いた。
『爽君が彼女を探すってことは、言ってみたら実験室に向けて存在を明らかにすることとイコールだよ? つまり、 ココにいるよって、挙手するようなモノだね。覚悟って、そういうこ。重ねて聞くけど、爽君には覚悟があるの?』
無策では――無計画では――ただの感情じゃ、事態を打開できない。
それだけ俺が求めた少女の存在は大きい。そして、影響力は計り知れない。
『まぁ、爽君の決意は前から聞いていたし、今更ではあるんだけどね』
クスクス、あの人は微笑む。
『がんばれ、男の子』
あの人から剣呑な表情は消え、破顔した。
■■■
(’覚悟――)
その言葉を反芻する。情報が足りない。できるなら実験室とは距離を置きたい。ひなたには、普通の女の子として過ごさせたい。それが押し付けのエゴであるとしても。
ひなたを誰にも、触れさせない。
ふと、自然とそんな考えが過って、苦笑が漏れた。
結局の所、俺は、ひなたの手を絶対に離さない。誰にも触れさせない。
それが、俺の本音だった。
ぐっ。
ペダルを漕ぐ。
支援型だからって、言い訳をしている場合じゃない。
ますます離れていく、桑島のGPSマーカーを
俺は、急ぐ。
「爽君、無理しないでね?」
ずっと、聞きたかったこの声。
背中の温度。
会えなかった時間に比べたら、何だって言うんだ?
――覚悟。
そんなの、とうに決まっている。
俺は、自分に【ブースト】を付加し、さらにスピードを上げたんだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます