キッズビデオの母娘
レンタルビデオ屋に勤めていた頃、俺が体験した怖い話をひとつ。
都心から離れたベッドタウンの商店街にある、とあるレンタルビデオ屋のチェーン店で働いていた頃、色々な客が来ていた。
気さくな客、迷惑客、不思議な客、とんでもない客……と、この手の仕事にありがちな「よく覚えている客」は事欠かなかったが、その中でも従業員の間で話題になっていたのが、キッズビデオをよく借りる母娘だった。
毎週1回、深夜の閉店間際に来店してくる客で、こんな時間にも関わらず幼い少女を連れて来店する母親がいた。
暗く、思いつめた顔をして、娘も母親も一切の会話をせず、ただ黙ってDVDを借りにきていた。娘も母親も毎回、顔や手など、身体のどこかしらに生傷や青あざを作っていた。おまけに、毎回レンタルしていくDVDはアニメなどのキッズビデオと、アダルトビデオ、任侠ものやアクション映画というラインナップで、アニメ以外は恐らく「家内の男性」からの指示で借りてきていると思われた。
俺は夕方から深夜の遅番だったが、朝番の従業員にも周知らしく、時には夫と思しき、いかついヤンキーのような男が母娘の借りて来たDVDを返却しにきたという。
何度かトラブルがあり、返却期限を過ぎる事は日常茶飯事、ディスクが入ってなかったりボロボロになって見れなくなったりする事はしょっちゅうで、いい加減、ブラックリストに入れてしまうのはどうか?と真剣に取り沙汰されていた事もあった。
従業員の誰もが、この母娘は家庭内暴力にあっていて、恐らくは夫からの指示でDVDを借りてきていると考えていた。
そんな事が1年ほど続いた頃、ある日の出来事。
いつもなら深夜に借りに来るはずの母娘が、その日は夕方に来店した。相変わらず、親子には青あざや傷が出来ていたが、その顔はとても明るく、娘と楽しそうに会話しながらDVDを借りていった。
キッズビデオと流行りのドラマや、恋愛ものの映画など、見るからに借りる商品のラインナップが変わっていた。返却する際もきっちりと母娘で返却に訪れており、ヤンキーのような男は見かけなくなった。
俺たち従業員は、そんな母娘の姿を見て「ああ、おそらく旦那が別居したか離婚したんだろうな」と変に納得すると同時に、平穏が訪れたかのように思えて安堵した。
それから親子は夕方に足しげく店へと通っていたし、以前のようなトラブルも一切なくなり、ちゃんとした「良客」になっていったが、1ヵ月ほどが経ってからぱったりと来店しなくなった。
しかも、レンタルしていったDVDが一向に返却されず、1週間、2週間と時間だけが過ぎていく。催促の連絡をしても繋がらず、もう返却されないものだとして諦める事になった。
季節が流れ翌年の事、ある日、俺が出勤すると、事務所で店長が青ざめた顔でネットニュースの記事を読んでいた。
何が起こったのか俺が尋ねると、店長はこれを見てくれと記事を見せた。
ニュース記事で、殺人事件の記事が載っていた。日付は何か月か前で、夫を殺害したとして女性が逮捕されたという見出しだった。
記事の女性の名前を見て、俺は思わずうわっと声を上げた。逮捕された女性は、例の母親だった。
背筋が凍りながら、よくこんな記事見つけてきましたねと俺が店長に尋ねると、ゴシップ誌の記者が嗅ぎつけて来て取材を申し込まれたという。
個人情報を取り扱ってる手前、お伝えできませんと追い払ったそうだが、気になって自分で調べたところ、事件の詳細を知って愕然したそうだ。
だが、店長はさらに恐ろしい事実が書かれていると、記事を読み進めさせた。
その母親は、家庭内暴力に耐えかねて夫を殺害した。その後、夫の遺体をバラバラにし、冷蔵庫や冷凍庫に保管し、遺体をじっくりと自宅で処分していった。
1ヶ月をかけて、ゆっくりと。
逮捕されたのは遺体の処理が大詰めになった頃、失踪事件として捜査していた警察が、不審な動きを嗅ぎつけた事が切欠だったという。
すべての辻褄があった瞬間、人生で一番の恐怖を俺は味わった。
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