お見送りをした話

 これは私が勤めていた古本屋の話。今でも、不思議な話や怖い話をしてくれとせがまれるとこの話をしたくなる。


 以前、私はアルバイトで古本屋で働いていた事があった。よくある大手チェーン系列店ではなく、個人経営の古本屋だった。例に漏れず、古本だけではなくDVD、CD、ゲーム、おもちゃやプラモデルを扱うショップで、実質中古ショップだった。

 地元にある国道沿いの居抜き物件で、経営状態はお世辞にも良いとは言えなかったが、田舎でホビー系の仕事が出来るのはこの店ぐらいなもので、私は喜んでそこで仕事をしていた。


 仕事柄、買い取り依頼を担当する事が多く、色々な物が持ち込まれてくる事もあった。私は想像力豊かな方なので、持ち寄られた商品にどんなドラマがあるのか探るのも楽しいと思っていた。

 そんなある日のこと、一組の老夫婦が軽トラックの荷台一杯分の色んな商品を持ち寄ってきた。商品の殆どはオタク向け――というより明らかにオタクだなという代物ばかりで、アニメのDVDや漫画、フィギュアなど、相当な金で手に入れ、大事に保管されてきた貴重なコレクションだと分かった。

 プラモデルは相当な数があった。特にガンダムのプラモデルは多く、うちの在庫が充実するぞと店長はニヤニヤしていた。

 老夫婦の持ち物ではないな、と薄々気が付きながらスタッフ総出で買い取りの査定をし、最終的にはそこそこの金額を老夫婦に渡す事になった。

 金額を見て老夫婦はご満悦な様子だったので、私は恐る恐る事情を聴いてみる事にした。よくある「家族の持ち物を勝手に売る」とか「本人の同意なしに所有物を売る」という行為があるし、何か不自然な物を感じとったからだ。


 老夫婦は饒舌に語ってくれた。

 息子の1人が急病で、ある日突然ポックリと逝ってしまったらしい。他の兄弟と比較して学業も仕事もパッとせず、結婚もせず、オタク趣味に精を出して家の為にならなかった出来損ないの息子が、こうして死んでコレクションを金にして最初で最後の親孝行をしてくれたと。

 私としては「はぁ」と相槌を打つ事しか出来なかったが、内心では「聞かなきゃよかった」と思った。後ろで聞いていた他のスタッフも、故人の遺品を持ち寄られたと知って納得半分、老夫婦の態度に胸糞悪さ半分といった表情を浮かべていた。

 しかし、これだけの商品を仕入れればウチの店も客足が増えるだろうと思い、私も店長も含めて「手に取った他の人が大切にしてくれたら故人も本望だろう……」と思う事にしていた。


 その日から、店内で心霊現象が起こるようになった。

 主にそれは、店の中古プラモコーナーで起こった。何故かそのコーナーだけが蛍光灯の調子が悪くなり、夜になるとチカチカ点滅をはじめたりした。人がいるはずもないのに足音が聞こえたり、棚の商品が急にガタッと動きだしたりもした。

 しまいには閉店間際にそのコーナーの前でぼんやりとした人影が浮かんでいるのを何人かのスタッフが目撃してしまい、誰もが「やばいことが起きてる」と話題にした。

 こうなってくるとスタッフたちも恐怖でしかなく、口々にあの老夫婦が持ってきたコレクションのせいだと言い始めるようになった。しかし、商品はもう何個かすでに売れてしまっている。

 ひとまず近い内にお祓いをする事にして、問題の商品――あの老夫婦が持ってきたプラモデルはバックヤードの端に引き上げることにした。


 プラモを一通りバックヤードへ持ってきた時に、スタッフの1人が問題はこれじゃないか?とある一つのキットを持ってきた。

 遅番中に「見て」しまったスタッフ曰く、人影がぼうっとそれを覗き込んでいるのを目撃したという。

 買い取ったプラモの中で、そのキットだけは所謂「お手付き」のプラモデルで、途中まで組み立てていたようだ。

 商品として売るのは厳しかったが、プレミアの付いた限定販売商品だったので「途中組み立て済み」という訳アリ札を付けて格安で販売していたガンプラだった。

 スタッフは「こいつを捨てましょうよ」と店長に直談判したが、店長は首を左右に振った。


 店長は「多分、こいつの持ち主は完成を見ずして亡くなって未練があるんだろう。こいつを完成させたら成仏するんじゃないか?ひとまず俺に作らせてくれ」と言い放った。

 その日以来、休憩室で店長のプラモデル作りがスタートした。

 店長はプラモの技術書を読み漁ったり、わざわざツールを買ってきたりで、何としてもこのガンプラを満足いく形で完成させようとしていた。

 これで収まってくれるなら……という願いを込めた除霊の儀式みたいなものだと私たちスタッフは思っていたが、店長はノリノリだったあたり、あの人は単にガンプラを作りたかっただけなのかもしれない。

 ガンプラを作っている最中でも、心霊現象は発生し続けたが、店長は「完成が不安なんだろうなぁ」と呑気に推察しつつも、こだわってガンプラを作り続けた。


 恐怖の1ヵ月が過ぎ、ついに店長はガンプラを完成させた。

 店長の凝り性が炸裂したのか、はたまたプラモを作るのが楽しくて仕方なかったのか、ガンプラはまるでプロのモデラーが作ったかと見間違う程に細かく徹底的に作り上げられていた。

 完成させた日に、店長は「じゃあ客寄せに使えそうだから飾るか」と言うと、非売品のタグと一緒に、店の出入り口にあるショーケースにそれを飾った。

 スタッフは私含めて全員で呆れ気味だったが、心霊現象の発生頻度もここ1ヵ月でどんどん減っていたのも事実で、皆も心のどこかで「成仏してくれ……」と祈っていたのが本音だ。


 その日の夜、私はその日の仕事を終えて、閉店の準備に追われていた。蛍の光を流し、店内を見回りし、お客様がいない事を確認すると店のシャッターを下ろした。

 あとはレジを締めて売り上げを纏める作業だったのだが、レジカウンターに戻る途中に同僚がショーケースの方向を見て固まっているのが見えた。

 私はまさかと思い、同じ方向を見ると、いつもよりハッキリとした人影――というか服装も顔もはっきりと見えている、身体の透けた男性がショーケースをじっくりと眺めているのが見えた。


 同僚と2人揃って、恐怖に震えていると、その男はこちらを見返してきた。

 だが、怖がらせるわけでも怒ったり悲しむわけでもなく、その男性はニヤっと笑った後、すぐに柔和な笑みを浮かべてスッと消えていったという。

 パニックになった同僚は急ぎ店長に対して緊急の電話をかけ「出た!はっきりと出ました!」と絶叫し、店長と店のすぐ近所に住む非番の同僚まで呼んで、何とかレジを締めて足早に店を後にした。


 不思議な事に、その後は心霊現象の類は治まり、店は平穏を取り戻した。

 後日、私は最後に見た状況をスタッフと共有した。それを聞いた店長は「満足いく出来で作って貰えて、完成品を拝めて成仏できたんだろうなぁ」と呑気に語った。

 こうして、私たちは日々の平穏な業務へと戻っていった。


 それから私は地元を離れて、正社員として他の企業で働く事になって店を辞めた。

 地元に帰るたびにその古本屋は逞しく営業していて(対抗するように近所に出店した某チェーンは撤退したのに!)、私も懐かしくなって、たまに寄って店長に挨拶しているが、あの日以来、経営は安定していて、むしろじわじわと右肩上がりだという。

 店長は「あの人なりの恩返しなのかもしれないねえ」と冗談めかして語っているが、あの男性が消える間際の笑みを見た私は、実際そうなのだろうと思っている。


 あの時に作ったガンプラは今でも店のショーケースに非売品として大切に飾られている。

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